中国史の中で、なぜ三国志だけがこんなにメジャーになったのか。
現在、日本で小説・漫画・ゲーム・アニメ等で広く展開される三国志とは、
明清時代の歴史小説「三国志演義」が元になっています。
その内容とは史実に対し、妖術などのフィクションを織り交ぜて面白おかしく
アレンジした戦記物です。
中国史における群雄割拠時代と言えば、春秋戦国・五代十国時代等があります。
また歴史物語と言えば、「封神演義」「水滸伝」等があります。
中国に数多くある、戦乱の時代と歴史物語ですが、その中で三国志だけが極端に
メジャーになってしまった理由はなんでしょうか?
やはり、コーエーのゲームの影響でしょうか?
回答(7件)
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No.7ベストアンサー20pt
三国志だけが極端にメジャーになったわけではありません。
現在は三国志の方が優勢ですが、以前は西遊記の方がずっとメジャーでした。
現在の10代は西遊記を知っているかどうかさえ分かりませんが、70年代はほぼ西遊記一辺倒でした。
ドラマでは堺正章が孫悟空を演じる西遊記シリーズやドリフターズが演ずるパロディーもありました。
80年代には有名なドラゴンボールも登場しています。
日本人に馴染みの深い三国志の作家といえば吉川氏ですが、これは第二次大戦中の頃のもので
ファンは多く作りましたが、やはり活字媒体では列島を巻き込むほど影響は強烈ではありません。
現在の三国志のブームは若者中心であり吉川氏では語ることができません。
やはり現代流に唱えればゲームとアニメとなるわけでして、コーエーの影響は無視できません。
また、横山光輝のマンガははずすことができません。この2つがブームの双璧です。
吉川氏はシブサワコウや横山光輝に影響を与えた側ということになりましょう。
(シブサワコウは年齢的に横山光輝に影響を受けたかもしれません)
次になぜ三国の時代なのかを考察してみますが、これは乱世の国盗りゲームだからといえます。
日本でも戦国時代の群雄割拠は別格の扱いです。人を魅了するものがあるのでしょう。
水滸伝は最終的に宋王朝を支えるという点でロマンが収縮していきます。
国盗りという観点では項羽と劉邦、五代十国などがありますが、
漢民族の忠義という点で中国でもっとも人気が高かったという点が
吉川→横山の流れに影響を与えて現代に至っているといえます。
No.6ベストアンサー10pt
直接的な原因はやっぱり吉川英治三国志でしょうね。コテコテの中華料理を日本人の口に合うようにアレンジした手腕はさすがです。それに、非常に読みやすい。小学校高学年でも読めるような文章です。ライトノベルのような読みやすさを保ちつつ、文学好きの大人の鑑賞力にも耐えうる作品であったことから、幅広い世代に、そして何世代にも渡って読み継がれてきたのが大きかったでしょう。
封神演義は歴史物語とはいえフィクションの部分が余りに多く、しかも展開はマンガチックです。若い人にはウケても、大人は耐えられません。また水滸伝の主人公たちは基本的に「アウトロー」です。日本人は本質的に「反逆の英雄」を好みません。清水の次郎長とか日本にも人気のアウトローヒーローはいることはいますが、しかし例えば清水の次郎長がどんな人でどんな話かって聞かれるとあまり答えられる人はいません。しかし、多くの日本人なら忠臣蔵のストーリーをよく知っていますし、忠臣蔵はほぼ毎年年末にどこかのテレビ局がドラマ化します。清水の次郎長なんてほとんどドラマ化されないですよね。
吉川三国志でも、主人公の劉備は漢王朝の忠臣でお家再興を願うまさに忠臣蔵的ヒーローです。また(小説の中では)自分からしゃしゃり出ることなくそれゆえに不遇をかこってしまったりします。本物の劉備はもっと中国人らしくしたたかだったと思いますが、そこを徹底的に日本人的ヒーローにしたのが成功の原因でしょうね。
ちなみに、忠臣蔵は外国人にはウケないそうです。
想像ですが、三国時代の三国はどれも漢民族の国です。
そして、それぞれが中華帝国の復興を掲げていますよね。
一方、春秋戦国では、まだ漢民族の概念が定着していません。
五代十国は、北方民族が中国に入って、漢民族が南に押しやられている時代です。漢民族としては、面白くないですね。
そして、両方とも国が多すぎますよね。物語にし難い気がします。
やはり、2つか3つぐらいがちょうど良いのではないでしょうか?
個人的な考えですので、参考程度に。
三国時代が人気である理由としては以下のようなことが挙げられると思います。
○他の群雄割拠の時代に比べ、理解しやすい
質問者様が仰るように、中国史には群雄割拠の時代が多く存在する。
しかしそれらの時代は国の数が多いため関係が複雑であり、また短命な王朝も多く非常に理解しにくい時代である。
それに比べ、三国時代は三国という数が複雑すぎず、かといって二強対決のように単純すぎもしない、物語として捉える上で最も面白い状況を作り出している。
○三国志演義の悲劇性
日本人は悲劇を好む傾向がある。
三国時代を生きた英雄達はほとんどが悲劇的な最期を迎える。
また、最終的には魏・呉・蜀の全てが滅ぶというところが日本人の好みに合っていた。
ちなみに、戦後の三国志ブームの火付け役は吉川三国志ですが、これは三国志演義から日本人の感覚に合わないものを排除した言わば「日本人向けの三国志演義」です。
水滸伝にはこれに当たるものがなく、宋江や李逵の行動には日本人から見ると理解の範疇を超えた行動が多々見られます。
吉川水滸伝が未完のまま終わったことで、戦後の三国志・水滸伝の人気の優劣が決まったと感じます。
話として面白いのが
http://ja.wikipedia.org/wiki/四大奇書
以上の四書になります。
で、歴史を背景にしたものとしては、三国志と水滸伝となり、毛沢東なんかは水滸伝ファンだったらしい。
http://www.frelax.com/cgilocal/getitem.cgi?db=bo …
おいらが読んだ水滸伝BY毛沢東
んで、なんで水滸伝が日本では三国志ほどメジャーになれないか?
やっぱり吉川英治だろうな。
天保水滸伝とか、江戸時代までは水滸伝の方がメジャーだったみたいだし。
いえいえ、コーエーのゲームになったのも人気があればこそ。
日本初の完全翻訳された海外小説(元禄時代)が三国志であり、大衆に好まれた事がきっかけ(それ以前からも貴族や武家の間では有名だった)で、
その後吉川英治の新聞小説(1948年)が未だに続く三国志人気のもとになったようです。
その後も時代小説として様々な小説家が取り組み、横山光輝の手によって描かれた漫画(1971~1986)も大ヒット、さらにテレビの人形劇(1982~1984)としても大ヒットして、その後にコーエーのゲーム(1985)が出て来る訳です。
水滸伝や封神演義よりも人気があるのは、作品自体の面白さや内容が勧善懲悪にアレンジされた事もあるでしょうけれど、「たまたま最初に伝わった」という部分もあるでしょうね。
私なりの考えですが、、
コーエーのゲームの影響は少なくないと思います。
それもありますが、
日本人には「判官びいき」という気質があって、主人公が悲運のうちに尻すぼみな感じになっていくストーリーが好まれます。
源平の源義経、楠正成などの話が人気があるのと同じです。
さらには、忠義を尽くすというものが盛り込まれている話も好まれます。
忠臣蔵などはその最たるものです。
日本人の気質に合ったこの両方が盛り込まれている上に、ゲームでさらに盛り上がった為に不動の人気を獲得したのだと思います。
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