学歴の違い
例えば桜蔭や開成には現役で東大に合格する人が大勢います。
一方、居酒屋のバイト先には国学院や神奈川大学や2浪で駒澤の人々に会いました。この違いの要素はなんだと思われますか。遺伝的なものは関係するのでしょうか。
NO.3さんの回答の訂正
論理的思考能力差が現れるのは文章問題です。今の子供たちは計算は得意でも文章問題は解けない傾向にあります。子供たちが幾何学の証明問題にとまどうのは直感的に理解で きている図形の性質をわざわざ言語化しなければいけないからですが、そもそもの原因はそこではないです。
算数で伸びていく子どもと低迷しだす子どもの分岐点は小五から
http://www.benesse.co.jp/s/ck/upbringing/018/
数学以外でも論理的思考はいくらでも身につきますし役に立ちます。国語の大学入試問題の多くが論理的文章の読解力を問うものだということからも分かります。科学書や哲学書、思想論をお勧めします。
論理的思考とは何か?
http://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~michita/works/2003 …
親が勉強を見るのはあまりお勧めできません。新任教師が授業をする時ですら自分たちの時代との学習内容の差に驚くほどです。親の世代とではあまりにも違いすぎます。
ちなみに学歴の違いは本人の「有効な」努力の差です。
>この違いの何だと思われますか?
とても良い質問です。 ここが理解出来たら、全ての人にチャンスが巡って来るからです。
結論を言います。 遺伝ではありません。 個人の努力の差です。
(1) 大きな差を齎(もたら)すのは数学である
分岐点は多分中2辺りだと思います。 決定的な差を生む要素は父親だと考えています。 この時、自分で数学の問題を解く訓練をし、その技術を身につけたか、そうでなかったのか。 小学校の算数は考えなくても瞬時に出来る」ものが殆どです。
ところが中2くらいになると図形の問題などが入って来る。 自力で考えて解く。 ここで、チョット考えて、放棄するか、自分で考えるのか。 ここが大きな差です。
(2)数学が論理的な思考を生み出す源である。
数学の問題を解くにははっきりしたプロセスがあります。 先ず、与えられている条件を洗い出して整理・統合します。 そして、この条件を発展させて、正しい答えを導く。
簡単に解けないので、何回も何回も同じプロセスを辿ります。 時には、同じ問題を何日も考えている。 そして、ある時答えが閃く。 それは道を歩いている時だったり、通学の電車の中だったり。
この数学を解く時のプロセスを論理的思考と言います。
(3)この論理的な思考が人生の難問を次々と解決する
これは残念ながら、数学の問題を解くことでしか身につきません。 ですから、中学で数学とさようならをした人は、いくら自分では頭が良いと思っても、深く考えることが出来ません。 何をやっても、すぐに投げ出すようになります。
そして、大人になるのです。 論理的な思考の出来る人も、そうでない人も同じように大きくなります。 外見はふたりとも立派。 でも中味は天と地ほどに違います。 何事にもじっくり考えて、辛抱強く対処出来る人とすぐに考えることを放棄する人とでは、初めから結果が違います。
(4)結論/致命的な差は中学時代で決まる
この決定的な差は中学時代。 決め手はお父さんです。 お父さんが子供を傍で見ていて、アドバイスして、自力で数学の問題が出来るように励ませるか、おうでないか。 これだけ。
遺伝が全く関係ないといえば大嘘です。
人間全て平等なのは理想だけ、双子の研究からも遺伝は大きな要素に違いありません。
ただ、環境と遺伝は切り離せないのです。
両親に死に別れ、大激動の人生ならともかく、普通の親子関係の家庭で育てば知的な親はやはり知的な環境を作りますし、子供も敏感に親の影響を良きにつけ悪しきにつけ受けるものです。
ま、建造物の土台と上物のような関係でしょうか。
高層ビルにはより堅牢な地盤が必要ですが、上物がしっかり建築されていると地震に遭って地盤が流動化しても建物の中の人が助かるようなものです。
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示













