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日本の文化の受け止め方 外国人の男女で差異があるのでは・・・?
最近私は、教えてgooのアンケートカテゴリーにおいて、「女性の歌手なのに、男性の気持ちに立って歌うのはどう思われますか?」と題する質問を閲覧・プリントアウトしました。
この質問において、質問者である中国人女性は、“女性の歌手なのに、男性の気持ちに立って歌うことに対して抵抗感があるというか、ちょっと慣れません。私は女性なので、女性の歌手に女性の気持ちに立って歌ってほしいのですが・・・”と書き込んでいる反面、アメリカ人男性歌手であるジェロさんは、日本の演歌、しかも「海雪」、「氷雨」など、日本語一人称「私」を用いて、日本人女性の立場で歌う曲を抵抗感なく歌いこなしています。
日本の文化の受け止め方には、外国人の男女で差異があるのではないかと考えたくなりそうですが、果たして差異があると考えなければならないでしょうか?
皆さんからの様々な回答をお待ちしています。
浜崎あゆみや鬼束ちひろがデビューしたての頃、NHKのクローズアップ現代で、歌詞の中で自分のことを「私」ではなく「僕」と呼ぶのが流行っているということを言っていました。
当時、普通の高校生くらいの女の子達でも自らのことを「ぼく」「僕」と呼んでいるのにチョッと違和感を感じたことがあります。
歌にすると「私」「私達」より、「僕」「僕達」の方が響きがいいのかも知れませんね。
最近は聞きなれてしまってますけれど…。
回答が質問と違っていたら無視してください。
この回答へのお礼
回答ありがとうございました。
男女で差異? それも外国人に限って? 日本文化? ご質問の意味がよくわからないのですが、とりあえず私なりの意見を書きます。
まず、演歌に関しては、違う性に成りきって歌うことがよくありますよね。ジェロさんや五木ひろしさんのように、女心を男性歌手が歌うことが多いし、八代亜紀さんの「舟唄」のように男心を女性歌手が歌うこともよくあります。
また、フォークソングやシンガーソングライター系の曲では、女性歌手が「僕」という立場で、よく歌いますし、男性が女性に成りきって歌うことも、やはりありますね。ロックでもそうで、イギリスやアメリカの有名な英語のロック・ソングにも、日本語のロック・ソングにも、例はたくさんあります。ジャズやブルースもしかり。
中国でも、特に上海などでは、20世紀初頭にジャズがものすごく流行りましたし、京劇もありますから、「違う性の立場で歌う」という光景に慣れている中国人も大勢いると思うんです。たまたま質問をした女性が個人的に慣れない、というだけだったのではないでしょうか。
ちなみに、アメリカ人の中にも演歌が苦手な人と好きな人がいるし、むしろ、日本同様、アメリカでも若い人のあいだでは、演歌はあまり受け入れられていないし、むしろ知らない人が多いです。ジェロさんのお話をテレビなどで聞くにつけても、とりたてて、「アメリカ人だから」演歌に親しみをもったわけではなく、たまたま育った背景(祖母が演歌好きだった)や個人的な好みから、「人として」自然と演歌が好きになったのではないでしょうか。
この回答へのお礼
回答ありがとうございました。
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