インフォームドコンセントは、医師の免責のためですか?
インフォームドコンセントは、『医師が患者に治療内容について説明し、同意を得る』ことと理解しています。
ここで、その治療方法にリスクがある場合で、実際にそのリスクが発生したとします。
このとき、すでに同意を得たのだからという理由で、その医療行為は免責されるのでしょうか?
ご回答よろしくお願いします。
回答(6件)
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医療裁判経験者です。
インフォームドコンセントは、実際の裁判では、効力はありません。
たとえば、事故などで緊急に手術が必要な場合、説明や了解がないからと法治する方が、有利だと思いますか?
最善をつくしたかどうか、不法行為がなかったかどうかが問題であり、説明したかどうか、リスクに対する了解をとっていたかどうかは、結論的には重要な争点ではありません。
もし、裁判で免責されるほど重要なことであれば、患者側は、何も同意できなくなってしまいます。じっくり調べている余裕などないのですから。また、筆跡が違っていても平気な現状では、無理があります。
私も、家族に対して医師は何の説明もなく、同意もしていませんが、患者が死亡していて、書類にのこされていないで、本人に口頭で説明したといわれれば、証拠はありません。
が、全体の状況からみると、そのようなことには、大きな意味はありません。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。
患者は疾患を治して欲しいのであって、医師に全てお任せできるのであればそのほうが楽ですし、知ったところでできることは限られるし、究極的には大部分を医師に委ねなければいけないですしね。
とはいえ、ここで気付いたのが、「医師が自分にとって有利な情報のみを患者に伝えることもあり得る」ということですね。
数年前の「白い巨塔」というドラマを思い出しました。あのドラマでは医師の出世競争と医療訴訟を軸に、医師の倫理観も描かれていたと思います。この質問に関していろいろ申しましたが、私自身、基本的には病院の先生を信頼していますし、治して欲しい・治したい・治った、という単純な関係が一番望ましいと考えています。
まず全くリスクの無い治療方法と言うのは有りません。
生体に何らかの影響を及ぼすのが治療ですので、必ずリスクは伴います。
さて、同意を得た治療方法を行ってリスク(合併症)が発生したとした場合ですが、その治療の適応・手技が医療水準に則って(病院の機能によって差はありますが)しかもその科の専門医師の多く(およそ70%以上)が行う方法によって行われた医療行為で有れば免責されるでしょう。逆に医療水準に達しなかった場合は免責されません。
問題は、リスク(合併症)が発生した場合の「結果回避義務」つまり、如何に被害を最小限に止める為の処置を適切・適時に行ったかが問題にされます。此が適切に行われれば被害は回復され、適切でなければ被害は回復されず、拡大することも有ります。
以前医療裁判で、患者側は医師の不法行為を以て訴えました。
この場合、医師の不法行為を証明するのは患者側で、とても困難で、多くは患者側が敗訴していました。
しかし現在ではインフォームドコンセントの不十分を根拠に訴える、早く言えば「そんなことは聞いていない」事で、勝訴をする割合が増えています。
なお、インフォームドコンセントの発祥の地アメリカでは、インフォームドコンセントが裁判対策に使われているのは紛れもない事実です。
日本でも多少その傾向が出てきつつ有ります。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。
当然と言えば当然ですが、その時点の医療水準において妥当な選択・処置であったことが、重要なんですね。
単純に考えれば、患者は疾患を治したくて、医師は治してあげたい、しかしそこには不確実性があり、誰がそれを背負うのか、ということだと自分の中で問題を整理できました。
少なくとも述べられている、「治療法に含まれるリスク」は患者持ちでしょう。言葉の問題かも知れませんが「治療法に含まれるリスク」が医者・病院持ちならおかしいですよね。「過失」が無ければ医者や病院に責任が発生しません。
「免責」と言っても「過失」を免責する必要は全く有りませんし同意には含まれません(医療に限らず一般論では?)。ただ、「過失」に刑事罰を科すかは議論の有るところです。刑事罰は「犯罪」や「重大な過失」に適応するものですから、医者が前向きな姿勢で行った行為を犯罪のごとく扱うかは疑問です。また、刑事罰を与える国が少ないのも事実ですし、日本でも警察や裁判官に与えられています。
貴方のご指摘で一番同意するのは、「過失」を証明することが患者にとって難しく、患者が納得せざるを得ない「結果・治療に含まれるリスク」なのか、医者の「過失」によって生じた「過誤」なのかが専門性・閉鎖性の中で非常に分かりづらいと言うことでしょうか。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。
>「治療法に含まれるリスク」が医者・病院持ちならおかしいですよね
なぜおかしいのでしょうか。
法律については確実なところはよくわかりませんが、たとえ前向きな姿勢であっても結果的に患者に重大な損害を与えたのであれば犯罪なのではないかと思います。
たしか民法に「危険負担の問題」というのがあったと思うので少し勉強してみます。実際に立証可能かどうかは別として、刑法的には、構成要件に行為者の過失がどう関連するかというところでしょうか。
「免責」の意味をどうとるかで答えは変わってきます。
広辞苑によると、「負うべき責任を問わずに許すこと。」
大辞林では 「責任を問われるのを免れること」と微妙に違います。
広辞苑での定義は、いわば過失があっても責任を問わないと意味です。
いくらインフォームドコンセントとがあったにせよ、過失があったときは
責任がいくらでも問えます。広辞苑の定義でいえば免責されません。
ただ、大辞林の定義にそえば、過失がなくても完全にリスクを0にする責任
までは医師にあるわけでないことをあらかじめ確認するという意味では免責
されると思います。
具体的に言うと、進行胃癌の手術に関して言えば日本を代表するような有名
病院でも手術関連死は0.5%以上はあります。
医師は全力でこういうリスクを下げる責任はありますが、現代の医療水準で
最高の事をしてもリスクはゼロになりません。過失がないところまで責任を
負うことはないのです。無過失の責任など問われたら医師のなり手はありま
せん。
こういうリスクの話をはっきりすると冷たい医者だと言われがちですが、牧歌
的な時代はとっくに終わりました。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。
一方で、医療費の削減や、高齢者増加による患者増や、小児科や産婦人科の医師の減少、医師の偏在など、医師・病院側もたいへんですね。
やはり、訴訟リスクを低減するという意味でも、インフォームドコンセントのしくみは有効なんでしょうね。
No.2ベストアンサー10pt
どんな医師がやろうとも合併症は一定の確率で必ず起こるものなのです。
起こった人には申し訳ないですが、そこにはそもそも医師の責任はありません。
9割当たる宝くじを売っていた(=医師の説明)。
9割当たるなら、と思って貴方は購入した(=同意)。
たまたま外れた(=実際リスクが発生した)。
「外れたんだからお金を返せ!」はおかしいですよね?
宝くじ屋さんに責任はありますか?
医師の能力が明らかに不適当であれば(=9割当たるという触れ込みが嘘であれば)、
責任は追及できると思いますよ。
この回答への補足
質問者です。
回答へのお礼のところで、「法的にも」と書いてしまいましたが、回答者の皆さんのおっしゃるように、同意書には法的効力はなく、あくまでも裁判の際の証拠の一つという位置づけのようですね。
参考URL
http://www31.atwiki.jp/rokurokubi/pages/62.html
失礼しました。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。
>医師の能力が明らかに不適当であれば(=9割当たるという触れ込みが嘘であれば)、
ただ、これを患者側が立証するのは非常に難しそうですね。
最終的に患者は医師が全力を尽くしてくれると信頼し身を委ねるしかないし、そこにさらに法的にも医師の優位が保証されているというのは、患者の立場って弱いんだなと思わざるをえません。
No.1ベストアンサー20pt
まず医療に、免責云々というのは合わないと考えます。
インフォームドコンセントはもともとアメリカから入ってきたものですが、向こうは医療も自費で契約社会かつ訴訟社会ですから説明したかどうかが何かあったときに言った言わないがないようにするためと思われます。第一、向こうでの医療訴訟は日本みたいなことではまず起こりません。(子供が無事に生まれないのは産科医の責任だとか、内視鏡なのに途中で開腹にしたなど)どちらかといえば、美容関係などが多いようです。
医療にはリスクが付き物です。人間ですからね。治すのも人間。
そのための知識はあっても絶対ではありません。
例えが悪いですが、骨董屋さんが同じものを目利きしても値段や真贋がまったく同じでないのと同じです。
医療の同意書には法的な効力はありませんが、説明をしたかどうかは裁判になったときの心証が違うと思います。
ちなみにリスクが発生しても医師の責任を問うのは至難の業です。
死なそうとして、治療をしているわけではないので。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。
お返事が遅くなりましたが、自分の中での違和感や皆さんからのご回答をようやく消化できてきた気がします。
「医師は最善を尽くすものであるという前提のもと、医療の不確実性によるリスクをほぼ一方的に患者が背負うという状況」に対して、自分は違和感を感じているのだと思います。
ここにさらに「患者の承諾」という要素が加わることで、さらに医師の立場が強く、患者の立場が弱くなっていると思います。直接に法的な効力はないとはいえ、念書や同意書に記名捺印させられればなおさらです。
そもそも、リスクを知ったからといって患者側が対処できることはほとんどなく、全面的に医師に頼るしかありません。悪意のある医師は論外ですが、技能に問題のある医師もいるでしょうし、治療が失敗することもあるでしょう。そのリスクの大部分を患者が背負わされていると感じるのです。
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