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神無月

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  • 質問者:valky
  • 投稿日時:2009/01/06 16:35
  • 困り度:暇なときに回答をください

神無月には日本中の神が出雲に集まるといいますが、なぜ伊勢ではないのか。また伊勢に集まるとされていた時期があるのなら、それはいつ頃かわかる方はいらっしゃいますか

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No.7ベストアンサー20pt

  • 回答者:Budori-Neri
  • 回答日時:2009/01/18 03:23

日本書紀に
「夫れ汝が治す顕露の事は是吾孫治すべし
 汝は以て神事を治すべし」
とあります。

かつては、全世界を大国主神が統治していましたが、
この宣言により
この世(人間界)は天孫が統治し
あの世(神事、幽界)を大己貴神(大国主神)が統治する
こととなりました。

神界の王は大国主ですから
大国主の鎮まる出雲に神々が集まるとされます。

天孫族側の記録である日本書紀に書かれていることですから
伊勢に神が集まるということは
最初からなかったと思われます。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
統治するものが、まず違うのですね。
もう一度いろいろと調べてみようと思います。

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  • 回答者:psss
  • 回答日時:2009/01/13 03:11

 平たく言うと、神話時代(古事記や日本書紀などで語られる部分)では、出雲は重要な土地ですが、伊勢はほとんど言及されていません。
 おそらくは伊勢は歴史時代に入って天皇制の元が確立して以降に重要視されたもので、今時の言い方をすれば、ぶっちゃけ後付けの設定なのでしょう。
 神無月の言い伝えは、神話時代のより古い言い伝えから成立したもので、伊勢とはそもそも関連はない、と言えるのではないでしょうか。

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この回答へのお礼

そうですね。元は神無月の言い伝えと伊勢の関係はないと言えるかもしれません。
ただ、歴史時代になり、皇祖神である天照のもとに他の国の神が集まってくるんだという考え方が生まれてもおかしくないのでは、と思ったので・・・
ご回答ありがとうございました。

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No.5ベストアンサー10pt

  • 回答者:nktn0108
  • 回答日時:2009/01/11 21:47

まず伊勢の国に太陽神教が多い理由から
式年遷宮が始まったのが持統天皇の時代です
伊勢神宮はそれ以前からあったということです

その時の都はどこにあるかというとおもに大和の国にあります。
そこから東側で一番近く海のあったところそれが伊勢です。
そのころは箱根程度までしか領土ではなかった?
程よく都に近かった。
などで伊勢神宮が造られたのでしょう

神無月については
昔は「ある」という意味で無という字を使っていたと聞いたことがあります。氏神様の御蔭様で豊作になった。だから盛大に氏神様に感謝しようというのが基本的に秋祭りの起源です。
そこから考えるとこの時期に氏神様がいないのは矛盾になります。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
「ある」という意味で無という字を使っていたのですか?
なかなか一筋縄ではいかないですね。

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  • 回答者:IXTYS
  • 回答日時:2009/01/09 17:46

>日本中の神が出雲に集まると言いますが、

これは実に示唆に富む行事であり、歴史認識なのだと思います。 

出雲日御碕(いずもひのみさき)は、出雲大社から目と鼻の先にある岬で、朝鮮半島に一番近いところです。 日本の古代史に輝く柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)は、船で朝鮮半島に逃げ帰ろうとして捕らえられ、この岬で入水自殺したと伝えられています。 

663年、白村江(はくすきのえ)の戦いで、唐、新羅連合軍に敗北し、滅亡した百済王朝です。 彼らの一族が半島を東に逃げ、出雲に漂着。 ここから東に進んで最終的に奈良盆地に落ち着く。 《ナラ》はハングルで《国》。 百済(クダラ)はクンナラという言葉が変化したと考えられています。 因みにクンナラは《偉大なる国家》の意味で、この民族には《天孫民族伝説》があります。  

大和朝廷による統一国家がここ出雲からスタートしたと考えると、この《神有月》という考え方は良く理解出来ます。 それほどに出雲と朝鮮半島は近く、ここには帰化人の子孫と言われる苗字の人が、今でも多く住んでおられます。 

錦織(にしこり)、陶山(すえやま)といった苗字は、絹織物や陶磁器を作る技術者として日本に帰化して人たちと考えられています。 

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
出雲は朝鮮半島と近いのですね。まず出雲の歴史を知るところからスタートしたほうがよさそうですね。

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  • 回答者:krya1998
  • 回答日時:2009/01/08 15:13

 天照を外宮から内宮にうつしたり、何かと歴史というかいきさつのあるお伊勢様のようですね。
 天津と国津。神話と歴史の考察が必要とされるテーマだと存じます。

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この回答へのお礼

貴重なご意見ありがとうございます。神話と歴史の考察、そうですね。古代などは特に神話と歴史の考察が必要かもしれませんね。

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  • 回答者:krya1998
  • 回答日時:2009/01/08 08:02

 出雲に集まる神さまは、氏の長たちかもしれませんね。
 どんな筋、どんな出自の氏とその長かがわかると面白いのですが、大国主というと、何かこっちが本当みたいな感じがしてきて、朝廷に申し訳なくおもうのですが。
 そんな想像をしているのですが。
 お伊勢さまは確かに格式があり、朝廷の神社なのですね。
 その歴史からも回答が繋がると存じますが。

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この回答へのお礼

そうですね。伊勢は確かに格式がありますが、仰るとおりあくまで朝廷の神社だという感じで、出雲大社の方が本当というか身近かな、というイメージもあります。
ご回答ありがとうございました。

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  • 回答者:zorro
  • 回答日時:2009/01/06 16:41

伊勢神宮は神道の世界です。

http://www.echizenya.co.jp/mini/colum/kannaduki. …

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
添付していただいたものを見る限り、大国主系と天照大御神計ではこんな違いがあるのですね。

  
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