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第一次世界大戦から第二次大戦にかけてにおける各国の国際関係の特徴

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  • 質問者:464923
  • 投稿日時:2009/01/22 18:42
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第一次世界大戦から第二次大戦にかけてにおける各国の国際関係の特徴とはどのようなものでしょうか?
一つの転機として、世界恐慌が挙げられると思います。その際アメリカのニューディール政策、イギリスのブロック経済、日本やドイツ、イタリアのようなファシズムなどが挙げられると思いますが、さらに具体的に特徴について述べるとしたらどのようなことが言えるでしょうか?

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回答(3件)

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  • 回答者:Auskunft
  • 回答日時:2009/01/24 20:58

大戦を重視するならヨーロッパ(ドイツ)とその他を分けたほうがわかりやすいと思います。

 日本はヨーロッパとは友好的でしたが、日中関係、日米関係は悪化。日本の拡張は内部の事情により、外国政策や経済政策とまったく関係のないところでおこなわれ、結果的に外交問題に発展する形です。そのまま孤立、国連機能停止の道を作り、日中戦争へ。ドイツと組んでの対米戦を選びます。

 アメリカは拡張はしていたもののモンロー主義の影響が残りヨーロッパには不干渉主義。しかし中国に権益を求め、南洋諸島のナワバリも日本とかぶりました。日本とアメリカは仮想敵国になります。経済は20年代に繁栄。自動車時代が訪れ、戦時中の軍事力を支えます。戦争の疲弊などで脱落したイギリスに変わり天下を取りますが、世界恐慌の引き金になります。

 ソ連はイデオロギー問題からシベリア出兵を食らうも承認され、中立。革命後も安定せず、30年代後半までは積極的な拡張をしません。中国には不干渉の姿勢も、政治体制や宗旨の違いから日本との関係は最悪です。


ヨーロッパでは、ポイントは賠償金です。
アメリカ(一次大戦の債権国)←英仏(戦勝国)←ドイツ(敗戦国)ということで、ドイツにしわ寄せが行っていました。恐慌の際のブロック経済もドイツに打撃を与えたといわれています。とくにフランスは圧力もかけていました。ナチスがその復興期に台頭しますが外交は強硬的です。

 英仏は1935年のドイツの再軍備や賠償金支払い義務の破棄に何もせず、翌36年のラインラントに進駐にも弱腰。これが後のドイツの外交的併合をよんだといわれます。

 同年スペイン内戦が勃発。背後には、左vs右の、ソ連vs独伊の構図です。
 米英仏などはソ連側に義勇軍を送るという形でしたので、大戦の関係が見えます。
 イタリアはファシズム政権にかかわらずドイツとはオーストリアの権益をめぐり中はよくありませんでしたが、この頃に接近します。1937年、日本と独伊は防共協定(対ソ連)を結びます。

 その後、英仏の宥和政策は失敗に終わります。
 ドイツは外交でオーストリア、チェコを併合。
 ソ連はスペイン内戦の裏で、30年代の後半からフィンランドやルーマニア(モルダビア)、イランなど、精力を拡大します。
 1939年8月、ドイツは犬猿の仲と目されていたソ連と不可侵条約(秘密協定を含む)を結ぶと、翌月には共同してポーランドを攻撃、分割。これに英仏が参戦してヨーロッパの大戦が始まります。

 戦時中はソ連がバルト三国などに領土拡大。アメリカは基本的にはおとなしくしていました。
 1940年にフランスが脱落寸前になると、イタリアが参戦。地中海やアフリカも戦場になります。フランスには傀儡のビシー政権がたてられます。日本と独伊は三国同盟(≒対英米)を結びます。
 日本とソ連は1941年に中立条約を結びます。1941年にはドイツがソ連を攻撃。日本がアメリカを攻撃し、すべての大国が戦争に突入。

 日本は米英と、ドイツは米英ソと、米英は日独と、ソ連はドイツと戦争をしていました。

 1943年にイタリアが脱落、このときから連合国に。
 1945年にドイツが脱落し、ソ連も日本に宣戦を布告、終戦となります。

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第一次大戦後、平和維持機関として国際連盟が発足すると共に、ヨーロッパではヴェルサイユ体制、太平洋(とくに日本)に関してはワシントン体制が敷かれ、バランスオブパワーによる軍事拡張競争を解消し、軍縮への試みが進み、協調外交がなされました。しかし、戦争が総力戦化し、軍事だけでなく、経済での戦いとなっていることを当時は重要視されなかったので、経済に関する国際機関(現在だとIMF、WHOなど)が設立されず、世界恐慌が各国の行方を左右することになりました。各国は自国の市場を確保するため保護貿易の究極型である植民地と自国のブロック経済を展開しました。しかし、イギリス、フランスなどの植民地帝国でなければ可能ではなく、日本やドイツなど植民地に乏しい国にとって、海外の市場が消滅することは危機でした。その結果、ドイツはファシズムにはしり、イギリスの宥和政策やソ連のポーランド侵出の目論見を利用し、領土の増大をはかりましたが、結局戦争になりました。また日本もアメリカに警戒され、ABCD包囲陣を敷かれ、やむを得ず戦争に訴えることになりました。

詳細に書くと字数が足りなくなるのでこのくらいで。

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  • 回答者:roooa
  • 回答日時:2009/01/22 20:55

以下、論点外していたら申し訳ありません。

現在もアメリカの経済危機がある訳でして、それに対し(グリーン?)ニューディール政策や「大きな政府」をオバマは持ち出していますが、アメリカ国民の歴史観ですと1929年からの恐慌は当時のニューディール政策の効果として克服できたのではなく、第2次世界大戦の勃発により克服できたとする考え方が一般的です。
つまりアメリカ人の感覚として、ニューディールを持ち出せば、戦争を起こすよ、との合図として当然の如くとらえられています。
また多くの経済分析によっても、もはや解決は戦争によるしかないとの見解が大勢を占めてきていますね。

1/20のオバマの就任演説を聴いた限りでは、オバマはむしろ逆の方向へと道を示したと考えられ、国民を鼓舞して経済危機の解決、つまり戦争を勃発する方向の演説ではありませんでした。
一部アメリカ人は拍子抜けかもしれません。

1929年以後、上手い具合にナチス帝国主義や大日本帝国が戦争を起こし、それに対応する形でアメリカは戦争で経済復興しましたが、今回戦争勃発できる地域は数箇所ありますが、世界大戦規模の戦争が発生させにくい悩みもあるのではないでしょうか。大国は核を持ち、本気の戦争がしにくい。
オバマはアフガニスタンと言ってはいますが、アフガニスタン以外にも中東、それに連なる極東と、それに細かな反米諸国等。
どこにどこがくっついて、大国はどれに組するのか。

アメリカ人には人気が低落してしまったブッシュ大統領も、もう1期大統領職を継続できれば今回の経済危機は乗り越えられたと思いますよ。得意の方法によって。

まあですが我々日本人は、食べる物もなくエネルギーもなくとも平和で行きましょうや。

これは皮肉でもなんでもなく、本心からの言葉ですが、現段階でのオバマの気持ちもこの方向でしょうね。それに加えて「なんとか努力してみよか」の心意気は感じます。
落ちぶれても経済大国1番と2番。今後も同盟関係ですわ。


それと、詳しい事は他の人が書くでしょう。お邪魔しました。

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