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最近疑問に思ったのですが
小学校ではだいたい正論とか正義感とか、道徳とか、
どうして理想論の話ばっかりするんでしょう。

未来に向かって夢を見ても、どこかで必ず壊れるし
友情だって永遠に続かないし、
戦争への感情だって各国や宗教でも異なるし、
綺麗になんて生きられませんよ。

いくら子供の頃楽しく過ごして夢を見ても、
待っているのは冷たい現実だけです。

だったら、これからの現実をどう生きるか、という「生き方」の授業が必要なのではと思うのですが。
どうせ崩れるものや、形だけで何も残らないものを学ぶよりも、
シビアな現実を学び、裏切られようが傷つこうが、ああそういうもんだ、と身体に染みつけながら大人になった方が、幻滅する瞬間の辛さも迎えることもありませんし。
動物だって、子供に生き残り方を教えるじゃないですか。
どうして人間はそういうことを学校や家庭で教えないんでしょう。
崩れる前提であることが確定している幻想なんて持つだけ無駄ですよ。
情操教育を施しても、感情なんて最終的には傷つくためにあるものでは。

夢見てもいいとは思いますが、それはその夢に向かって頑張って、それを実現できるかという目的で教育するのなら可能では、と思います。
もちろん現実はシビアであることを前提に、です。

「道徳」ではなく「現実を生きる」授業があった方がいいのでは、というのはあくまで私の考えですが、皆様はどうお考えですか?
ちょっとお聞きしたくなったので、質問させていただきました。

A 回答 (5件)

教育現場において“競争”と“努力(根性)”を教えなくなっているどころか、


タブー視されているならば、
『なぜ学校では“競争”という現実を教えないのか!
人生の負け組にならない為に“努力”する事を教えないんだ!』、
さらには『だからニートや引き籠もりが増えるんだよ!』云々と、
質問者さんの様に多くの人々が憂いているでしょう。
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現実は現実社会で学べます。

そんなものは学校でやる必要はないのです。

明治時代などは農家の子供などは学校に行かずに親の家業を手伝って現実を学んでいました。逆に理論や自分の目の届かない範囲のことを学ぶ機会がありませんでした。
では、何のために学校があるのか?というと、理論や今の自分の視野の外を知るということを学ぶのです。それが学校の存在意義です。

現実などというものを教えるくらいなら授業数を減らした方がましです。机に座って勉強する時点で机上の学問に過ぎず現実ではありません。その分の時間で現実を体験すべきでしょう。

・・・ということで学校の存在意義がそもそも現実でないことを学ぶためにあるので、現実を教えるなどと言う愚かなことは行いません。


学校で現実という授業は、会社でプライベートという時間を設けるくらい愚かです。(「そんな時間があったら家に帰してやれよ」と言われておしまい)
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まずは理想が無くては何のために生きるのですか?


確かに現実は厳しいです。がやはり理想や夢があってこそ現実に立ち向かうことが出来るわけでしょう。それを与えないで親が子供に要求を続ける結果が引きこもりや家庭内暴力等でしょう。
もう一点現実を生きる事を教科書で読んで教えるのはそもそもおかしな話です。現実を教えていないわけではなく、すでに現実は教えられています。その証拠に小学校でもテストなりの順番は付けられます。通信簿だってあります。だめな人にはそれなりの評価です。またまたいじめだってあります。学校には必ずしも自分にある人間ばかりではありません。そしてだからといってそれを取り替えることも出来ません。そもそも学校は小学校に限らず社会の縮小であるものです。最初から大人と同じものを要求するのが間違いです。段階的に社会とはこういうものなんだ、他人と暮らすことはこういうことなんだということを学ぶのが目的です。勉強する事だけが目的ではありません。(ですから何でも平等にと訴える親御さんはどうかと思いますが・・。)そしてそれは文章をよんで覚えるものではなく実際の体験として学んでいるのです。
それを自覚できているかどうかは別でしょうけどどちらかといえば学校云々より家庭教育でのもんだいでしょう。参考までに。
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はじめまして。


質問に質問を返すようで申し訳ないのですが、質問者さんは小学校で具体的にどうやって「現実」を教えるべきとお考えなのでしょうか。
おっしゃっている主旨は理解できるのですが、ロジックの根本が矛盾しているように思えます。私は、現実は現実の中でしか知ることはできないと思います。先生に教わったり教科書で読んだりするものが「現実」ではないと思うのですが…。自分の「生き方」も誰かから教わったり教科書で探したりするものではないと思います。
子どもには、理想を教えることも道徳を教えることも大切です。それは、現実の中ではそれを学ぶことができない環境にいる子どもたちがいるからだと思います。理想と現実が違うということも、道徳や人情が全てではないことも、大人は誰でも知っています。それは、大人になるプロセスで誰もが必ず体験することだからでしょう。
もちろん、親として家庭でそれを教えることができる可能性はあるかもしれません。私は親として子どもに「現実」を教えてやれるほどの技量はありません。いろんな体験をさせて、自分で現実を知り、自分で生き方を見つけられるよう、できる限りその機会を与えてやれたらいいと思っています。
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現実を知るには、まず理想論から始まる必要があります。



理想的には○○だ。
しかし現実には△△の理由で××になってしまう。
まぁしょうがない、だけど理想はあくまで○○だ。

現実偏重で理想を知らないと進歩が無いです。
小学生のうちは理想に重点を置いていいと思います。現実を教えるには早いように思えます。
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