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神経症を患っているものです。「雑念恐怖」「不安障害」などがあり、勉強不能の状態です。ですが向上心があるので大学に通いたく、心療内科に約2年通院しているのですが…一向に良くなる気配も無く…。。。
出来る限りのことは調べてしてきました。

催眠療法なども試したのですが保険も利かず非常に高価であることなどから…森田療法をやろうと思いました。

私自身、勉強を体で拒否してしまっているのですごく辛いです;;
前はどうして意識せず勉強が出来たのか不思議でなりません><
最初は自分で森田療法をやろうと思ったのですが…完ぺき主義で「あるがまま」がどうしても体得できず…。入院する運びとなりました。

担当医とも話をし、慈恵医科大学を勧められ、紹介状を書いていただきました。

入院森田経験者の方お話をお聞かせ下さい。
生活の発見会は宗教であることが分かったので勧誘はお控え下さい;
長文・乱文失礼しました。

A 回答 (2件)

今61歳になった者です、28歳の時に神経症の中の離人症と言うものがひどくなって、鈴木知順先生の所に2ヶ月間入院した経験があります。

その入院期間に学んだ事が大変に有効に作用して、その4年後に完治をした者です。その経験から貴方に書いてみます。

診療所で学んだ事は、スリッパで歩く時には音をさせないようにして歩く事、靴の底を平らに減るようにして歩く事、と言うものです。他には炊事の時の茶碗洗いには洗剤が残っていないように良くすすぐ事と言ったものでしょうか。

又講和の時に聞いた話ですが、悟りを開くという事等の沢山の事例を読んで頂きました、又道に至るという事、幸せに安楽に生きるという事の実践者が書いた本なども読んで頂きました。又剣道の修行者が免許皆伝となるまでの本などもありました。

又二つの事が心に残っています、一つは「ノイロゼになった一年は、十年坐禅をした事と同じ」もう一つは「ノイローゼは悟りを開かないと治らない」と言う事です。今言った事はその当時は何も感じなかったです。ただ先生は言いました。今は分からなくても良いから聞いておくようにと言う事でした。

悟りやら、道に至るやら、手足のない人でも幸せに安心して生きている、こんな話と自分の離人症は何処で繋がっているのか、まったく理解出来ませんでした。余りの症状のきつい事から、もう治りと言う事を放棄していたように思っています。治る事はないと思っていました。私の入院した理由は「症状が治りたい」と言うものでは有りませんでした。

苦しくても仕方が無いから、只生活が出来れば良い、と言うものでした。妻と子供一人を養ってゆくという事でした。もう治るという事を諦めていました、生活のために先生の言われたとおりに暮らしていました。処がその4年後の事自分の自我意識が、自分の無意識の意識と出会うという体験が有りました。その日が完治の日でした、


それから、今まで神経症になった事も、治った事も悟りを開いた事も、全てを忘れていました。自分の近くの人が神経症になったという事を聞いて、思い出しました。それからインターネットで神経症の今日の事を学んでいます。

神経症が完治した経験から言うとするならば、神経症はどこも悪くないという事です。自分自身がおかしいと言っているだけです。それは悪くない所を治そうとしているという事に当たります。それは自分で症状を作って自分で苦しんでいるだけです。その事が分かるのには大変な時間と努力が必要となります。ただの思い込みを解くだけですが。

森田療法の正しい受け方と言うのが有ります。それは「症状」を改善するために森田療法をやるのではないと肝に銘じておくことです。この事を誤ってしまったなら「;;;;;;;治すホームぺージ」を開いている人と同じになってしまいす。この人は「症状を無くするために森田療法に三度入院しています」それでも治りませんでした。

症状を改善しようとする事が症状を起こしています。この事を良く理解したうえで無いと、森田療法はかえって症状の悪化を招くかも知れません。あくまでも症状の改善ではなくて、神経症の完治を学んでください。

神経症を直すという事は最終的には症状の消滅、或いは改善と言う事になりますが、そのための近道は、症状を不問とする処に在ります。症状が有って辛い、症状を無くしたい、症状の改善に努力する。この努力が症状を生み出す原動力になっています。従って症状の改善と言うアプローチは間違った改善方法と言う事になります。

神経症が治ったという事を説明してみますので、自分で確かめて見て下さい。
貴方には不安が無くなっています。貴方には未だ症状らしいものは残っています、ですが症状は意識には上ってきません。貴方は症状を忘れています。症状はあって当たり前と言う事が分かるために、症状の事を意識しなくて済んでいます。是が神経症の治った姿です。是は症状を追い出す態度が消えた事を意味していす。

症状を受け入れた事を意味しています。症状を受け入れた事によって症状が意識には上ってきません。神経症の治りと言うものは症状の改善を求めなくなるという事で完成します。心得違いをしないように受けるようにして下さい。
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この回答へのお礼

大変長文な私へのメッセージをありがとうございました。
私も「治そうとするのではなく」「あるがままに受け入れる」ことが大事なのだと本に書いてありました。私は他力本願的な面があり、また努力家(自分で言うのもなんですが…)なので努力して治そう治そうと意識が先行してしまいます。

でもそれじゃあいけない…。
約2~3ヶ月の入院になるのですね。
私も未熟ながら悟りを開けるように…あるがままの自分を受け入れて無意識のうちに症状を受け入れられるようになりたいです。

すごく難しく険しい道なのだと私も思います。
治った瞬間はきっと回答者様にとってはスッキリして天にも昇る気持ちだったのでしょうね。治そう治そうとするのではなく受け入れて行くことが大事なのだと思いました。

きっと大変で辛い闘病生活になるやもしれません。
私は負けません。

お礼日時:2009/03/20 23:55

かなり昔ですが、浜松医科大学病院に入院していた時、


森田療法を受けていた人と、同じ病棟で生活していました。
浜松医科大学病院の森田療法ですが、まず一週間は、トイレ
を除いて、個室だけで生活する。誰とも会話できず。食事も
個室でとる。もちろん風呂も入れず。
一週間を過ぎたら、あらゆる活動をさせる。部屋の掃除、
畑での作業、花壇の草むしり。絶対活動には参加しなければ
ならない。夜、森田療法の本の読み会。
だいたい、どの人でも三か月ぐらいで退院していきました。
参考になれば。
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この回答へのお礼

ご回答どうもありがとうございました。
色々な過程があるのは文献で読んだのですが、自立に向かって、色々なことをするのですね。医師と自分を信じて頑張ってきます。

お礼日時:2009/03/20 23:57

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