オーソン・ウェルズの『火星人襲来』というのがありますね。これがキッカケとなって最終的には現実の大惨事を引き起こしてしまったのだとか。

それから『全身小説家』というのがありました。故 井上光晴氏ですが、やれやれといった感じで苦笑しながら距離を置いて見ていた仲間もいる一方、とくに井上氏が老若関係なくクドキまくったという多くの女性たちに恨みを買うわけでもなく、彼女たちどうし、また井上氏の奥さま共々、とても仲良く和気あいあいで彼を偲ぶことはあっても、決して恨んだり憎むようなことは言わないそうです。

柳美里氏の作品が問題となって起きた裁判事件などに関して見聞していても、私が作家の道に進もうとしていた若い頃を思い出したりします。

ところで、世のなかには、嘘や詐欺も文学活動であるとして、高く評価する価値観の人もいるのだと知りました。
確かに、嘘や詐欺、こういったことの根底には人間心理というものが深く関わっているもののようであり、文学の源流と見做すことも可能であると考えられます。

そこで単刀直入に お尋ねします。
嘘や詐欺と文学を分けるものって、なんだと お考えになりますでしょうか?
                                

A 回答 (3件)

こんにちは。



「そこで単刀直入に お尋ねします。」と前文の例えとの関係がどのようにリンクするのか、愚鈍なわたくしにはよくわかりません。
ですので、的を射ない点はどうかお許し下さいますよう。

>オーソン・ウェルズの『火星人襲来』というのがありますね。これがキッカケとなって最終的には現実の大惨事を引き起こしてしまったのだとか。

これは小説の内容がラジオというメディアによって放送されたことにより、リスナーが「フィクションをリアルのものと誤解、錯覚」して、結果として現実世界に大パニックをもたらした、という事例でしょうか。

>それから『全身小説家』というのがありました。故 井上光晴氏ですが
>決して恨んだり憎むようなことは言わないそうです。

「虚偽」の経歴など「嘘つきみっちゃん」と揶揄された一面がある一方で、瀬戸内寂聴など女性達との公私にわたる関係は決して「虚飾に満ちた愛ばかりではなかった」ということのたとえなのでしょうか。

>柳美里氏の作品が問題となって起きた裁判事件などに関して見聞していても、

こちらは三島『宴のあと』同様、「プライバシーの権利、公共の知る権利、表現の自由、といった憲法上の諸権利」に文学がはたしてどこまで抵触し得るざるものか、という事例ではないでしょうか。

>ところで、世のなかには、嘘や詐欺も文学活動であるとして、高く評価する価値観の人もいるのだと知りました。

この一文は、上述の3つの事例における「フィクションをリアルと誤解、錯覚」「嘘つきとあだ名されつつ女性に愛された摩訶不思議」「文学上の登場人物と実在モデルとの因果関係」のファクターをふまえて、質問者様が「それでも上述の3つのベースとなった文学や結果派生した文学活動などを高く評価する価値観の人々が広く世間には存在すると見知っている」とおっしゃりたかったのでしょうか。

>そこで単刀直入に お尋ねします。
>嘘や詐欺と文学を分けるものって、なんだと お考えになりますでしょうか?

これが本質問における主命題でしょうか。
上述の3つの事例と「嘘や詐欺と文学を分けるもの」とはあまり結び付かないように思われます。
質問者様のおっしゃりたいことが理解できていないようであれば、お手数ですが再度ご教授をお願い申し上げます。

で、「嘘や詐欺と文学を分けるもの」だけに特化して考えますと。

「嘘や詐欺、こういったことの根底には人間心理というものが深く関わっているもののようであり、文学の源流と見做すことも可能」というお考えは「嘘や詐欺といった人間の心理や感情が文学上のモチーフになり得る」と言い換えることが充分可能だと思います。

仮に「嘘」を「作為的なたわいもない作り話」、「詐欺」を『百万ドルを取り返せ!』ジェフリー・アーチャー」の小説の根幹をなす最たるモチーフとみなすならば、決して「嘘」「詐欺」は文学を分けるもの、とは言い切れなくなります。
世の中に広くクライム・ノベルは親しまれているのではないでしょうか。

またNo.2様がご回答なさっているような他文学や文献からの無断転用を故意に隠ぺいしていた場合、著作権侵害として「嘘」「詐欺」とみなすならば、れっきとした犯罪行為にあたります。

それとも、あくまで回答者にとって「嘘や詐欺と文学を分ける「=高く評価する」主観的、個人的な基準値は何か、と問うていらっしゃるのでしょうか?

ついでですが、ぶっきらぼうに言わせていただくと、補足が入ったようですよ。
詳しいことはわたくしは何も存じ上げません。
たまたま目に入りましたので、補足というものが通達されない可能性も考慮した上での要らぬオバチャンのお節介に過ぎません。
御気に障ったのなら深くお詫び申し上げます。

この回答への補足

最初、ちょっと戸惑いましたが、再度 拝読させていただいて、「ぶっきらぼうに」ということですから、あぁ、確か、ご一緒していたのでしたね?補足、、、と仰るのは、何か お知らせくださったのだなと思い当たりましたが
私のほうは あれ以来、まったく覗いてもおりませんで、さぞや勝手ほうだい言い散らしているだろう状態は、いまに始まったことでなし、想像に難くないですが、先方自身には、私としてはサラサラ興味 関心が ございませんので、基本、ほうっております。
60代にも なっている人を相手に注意を促すというのも、そう何度も やれるほど親切な者ではありませんし、いかにも 時間が もったいないですから。

No.2さまに御覧いただくつもりで失念していたスレ↓ですが、もし よろしければ御参考までに どうぞ。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3742065.html

あらためて、御投稿いただき、ありがとうございました。
                         

補足日時:2009/05/06 01:13
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この回答へのお礼

>上述の3つの事例と「嘘や詐欺と文学を分けるもの」とはあまり結び付かないように思われます。
質問者様のおっしゃりたいことが理解できていないようであれば、お手数ですが再度ご教授をお願い申し上げます。

直接的な例として挙げたというよりは、いろんな「文学」の形態があるというていどのことですね。ですから「ところで」と切り換えておりますでしょう?
ご興味がおありでしたら、No.2さまへの補足等ご覧になってくださいますように。

>ついでですが、ぶっきらぼうに言わせていただくと、補足が入ったようですよ。
詳しいことはわたくしは何も存じ上げません。

補足は確かに通達されないみたいですね。
「お節介」をワザワザしようという場合には、「ぶっきらぼう」では、なかなか通じないのではないでしょうか?
私も詳しいことは存じません。
>御気に障ったのなら
と仰るご真意も分かりませんが?

ともかくも、御回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/05 20:04

小説の好きな一読者です。



まず、投稿内容への疑問点を。

>これがキッカケとなって最終的には現実の大惨事を引き起こしてしまった

『火星人来襲』は確かラジオ番組で迫真の展開を真に受けた聴取者の一部がパニックになって問い合わせが殺到した、程度の知識しかありません。「現実の大惨事」とは具体的に何だったのでしょうか。

>世のなかには、嘘や詐欺も文学活動であるとして、高く評価する価値観の人もいる

不勉強で知りませんでした。どういう方が高く評価しているのでしょう。その典拠をご教示ください。

>そこで単刀直入に お尋ねします。
嘘や詐欺と文学を分けるものって、なんだと お考えになりますでしょうか?

文学が文学であるためには文学「作品」として意識されて創作される必要があると思います。つまり何らかの作者の思いを「虚構」という枠組みの中で展開し、登場人物がいればその言動や感情の動きに読者が「感情移入」し何らかの「感動」を得る。これが図式的ですが創作活動の一般的構図ではないかと思います。
つまり「虚構」を媒介にして読者を騙すわけですが、騙された読者が得るものは「感動」ということになります。創作された「虚構」が薄っぺらであれば「感動」を生まないし、むしろ「金返せ」ということになるでしょう。
一方、「嘘」は多くの場合「辻褄合わせ」による「一時的な保身」(子供の嘘はこれが多いですね)であり、「嘘」によってそこから「金銭的利益」を得るのが目的の場合は「詐欺」となります。

したがって端的にいえば、「文学」と「嘘・詐欺」の違いは創作の「動機」ということになるのでしょうか。

最近『最後のパレード』なる書が巷を騒がせているようです。とあるテーマパークでの感動的な話を綴ったという触れ込みが、実はネットやらあちこちからの盗用だと判明して出版社が回収するのしないのという事態になっているとか。

不思議に思うのは例えば某密林というネットショップでの読者のコメント欄には、「嘘だったのか」「感動して損した」といった罵詈が多く書き込まれていることです。その書を読んで(当方は未読ですが)感動をしたならそれでいいではないかと素朴に思います。感動した話が「盗用」であっても感動したのが自分であれば事改めて「批難」する程のものか、と感じます。「批難」している人は「実話だと思って感動したのにそれが盗用だと分かって騙された(=詐欺?)」と感じたのでしょうか。
この『パレード』を読んで素直に感動した人にはこの作品は「文学」であり(ま、お涙頂戴でしょうから高級とは言いかねるものの)、自分の感動が盗作を読まされたから「汚れた」(実は「感動」と「盗用」の間には関係はありません。あるとすれば読んでいるときに「盗用」を見抜けなかった己の「鑑識眼の無さ」を突き付けられたことへの怒りの矛先が「盗用という一種の詐欺」へ向けられただけ)あるいは「汚された」と思った人は「嘘や詐欺」であった、ということになるのではしょうか。

ということで言葉を変えれば、文学は高級な「嘘」「詐欺」であり、その「嘘」「詐欺」によって読者は一時の感動を覚え(ある人は一生にわたる影響を得)ることになり、低級な文学(ま、扇情目的のものも多々ありますから)は「詐欺」同然(=「金返せ」)ということになります。

この回答への補足

>「現実の大惨事」とは具体的に何だったのでしょうか。
>文学が文学であるためには文学「作品」として意識されて創作される必要があると
>つまり何らかの作者の思いを「虚構」という枠組みの中で展開

「ドラマであることを知らされていないラジオのリスナーは、それを信じて考えられない行動をとるのであった。実際にグローヴァーズ・ミルズでは、猟銃を持った市民たちが火星人から町を守るためにグループが結成され、火星人と間違えられた風車が発砲されてしまうという事件が巻き起こってしまったのだ。
1938年といえば、世界大恐慌(1929~1933年)の混乱から立ち直りかけたものの、ナチのファシズムが台頭し始め、アメリカ人は常に恐慌の記憶とナチスの侵略という恐怖心を持ち合わせていた頃であったから、このとんでもないラジオドラマ寸劇にまんまと乗せられてしまったというわけだ。」
http://www.uniadex.co.jp/nextalk/side/si2004_04. …
「1938年10月30日にハロウィン特別番組として、アメリカのCBSネットワークにおけるマーキュリー劇場という番組で放送された。
宇宙人が地球(アメリカ)に攻めてきたという内容で、現場からの報告など、実際のニュース放送のような形で放送されため、多くの市民が現実に起きている出来事と勘違いし、パニックを引き起こした、とされている。
侵略がフィクションである旨を告げる「お断り」が何度もあったと言われるが、そのうちの1度は放送開始直後、残り2度は終了間際であった。
そのため、この生放送は多くの聴取者を恐怖させ、実際の火星人侵略が進行中であると信じさせた。
また、マーキュリー劇場は聴取率が非常に低い不人気番組だった(『宇宙戦争』前週の聴取率は3.6%)が、当時アメリカ国民の3人に1人以上が聴取していた国民的人気を誇る裏番組に不人気歌手が登場し、多くの人が局を変えた瞬間、たまたま火星人によるニュージャージー州襲撃のくだりが放送されたことも、パニックに拍車を掛けた原因の一つであるといわれている。
その作品をプロデュースしたのは、オーソン・ウェルズであった。
オーソン・ウェルズの翻案は、おそらく歴史上最も成功したラジオドラマ作品であろう。それは、Radio Projectの最初の研究課題のひとつとなった。
また、同時期のヨーロッパでは、ナチス・ドイツと欧米列強が緊張関係にあり、アメリカ国民もヨーロッパの戦争に巻き込まれるかもしれないという懸念が膨らみつつあった。このため、火星人による襲撃をドイツ軍による攻撃と勘違いした住民も多かった。
ただし、このパニックについては、疑いも持たれている。
当時新興メディアであったラジオに対して警戒心をあらわにしていた新聞がことさらにバッシングを行ったことが都市伝説化したものだとする説も有力である。
放送後、新聞社を黒幕として、非常に多くの訴訟がオーソン・ウェルズを含む製作者に対して行われたが、全て棄却または無罪となっている。
近年の研究では、社会パニックなどどこにも起きていないにもかかわらず、新聞各社が、出典不明の試算記事によってラジオ規制のきっかけとするために大騒ぎしたことによる、と理解されている。
その後、これがもとでフィクションを放送する場合に一定の規制をかける法律が制定された。
また、放送によって、国民がどのように反応するか、テストデータ用として試験放送されたとも言われている。(私見)

なお、翌年エクアドルにおいて同様のドラマが放送されたが、この時は放送後暴徒化した民衆によって出演者6名を含む21名が殺害され、プロデューサーは投獄されている。 (Wikipediaより)」
http://ameblo.jp/fudousan-all/entry-10158056193. …
http://www.d3.dion.ne.jp/~t_uchita/koukoku/1938/ …
他にも、この話題で検索すれば、いくらも あがってくるでしょうが、ここまで大ごとでなくても、卑近な日常レベルのなかでも似たようなことはあると思います。
たとえば、学校や会社などで事実無根の噂話が広がり、なかには本気にする、つまり「感情移入」してしまう人も でてきて、そのために追い詰められた立場になった人が自殺したという事件など。もしも、こうした場合の噂話に相当するものを、「文学」の範疇に入れるとしたら。そもそもの噂話の創作者は、「文学者」なのだということになってしまいますでしょうか。
もちろん、噂話やホラ話の類を本気にする者が愚かであるという意見はゴマンと みられます。そういう意見は、たいがい自分とは直接の関係がない、言わば安心して「高みの見物」が できる位置にいる人です。しかし、誰が、自分だけは こうしたことに無縁でいられるという保証があるでしょうか。

(恐れ入りますが、この続きを、No.1さまの補足欄に述べさせていただきましたので、御覧いただけると幸いです。)

補足日時:2009/05/05 19:24
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この回答へのお礼

『最後のパレード』なる書のことは私は まだ知らなかったのですが、ここで仰っていることは理解できます。むろん文学作品は虚構の世界という大前提が あるので、「実話」か どうかを問うほうがナンセンスですね。

>文学は高級な「嘘」「詐欺」であり、その「嘘」「詐欺」によって読者は一時の感動を覚え(ある人は一生にわたる影響を得)ることになり、低級な文学(ま、扇情目的のものも多々ありますから)は「詐欺」同然(=「金返せ」)ということになります。

これもまた、もちろんのこと「文学作品」である、という大前提があってこそ「高級」「低級」の仕分けも生じるのでしょう。
この質問で問題提起したかったのは、「文学作品」なのかどうか判然としない、むしろ、現実の延長線のなかで示されたもの、ゆえに読むか読まぬかの選択も、なかなか容易でない、それが「保身」やら「利益」といった、言わば「低級な」?心理的動機から端を発しているのではないかと感じられた場合には、感動(非常に幅の広いコトバですが)といっても、それは愉快なものには決してならないであろうということ。

分かりやすく、丁寧な御回答で、とても参考になります。ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/05 19:43

「嘘や詐欺も文学活動であるとして、高く評価する価値観の人もいる」


根拠がないし、いたとしてもあなたが同調しているわけでは
ないので意味がありません。

「嘘や詐欺、こういったことの根底には人間心理というものが」
人間の行為全般に心理が関わっているのだから
嘘と詐欺を論じる根拠になりません。

「文学の源流と見做すことも可能」
不可能です。
源流は人間心理であり嘘と詐欺は枝分かれしたものだからです。


であると考えられます。

この回答への補足

(失礼ですが、この欄を、No.2さまへの補足として使用させていただきます)

私個人の経験では、それが事実か否かという見極めは ともかくとして、さして重大なことにはならないだろうと踏んだうえで、とりあえずは受け入れることによって自分の立ち位置を定めようとした、ところが、そこで、虚構話を向けてきた当の人が慌ててしまって、事態を ますます錯綜させてしまうということがありました。(ちなみに、ご当人は病的なほど、不必要なはずの嘘を重ねる人ですが、最初から、そういう人だと見抜ける人が、はたして どのくらい いるものでしょうか)
ことに、いわゆるバーチャル世界とされる、文字の やりとりだけで交流するインターネットにおいても、現実の日常生活とは全く別ものである、と、はたして言い切れるものであろうか。まして、個人の思想や人となりが濃厚に滲み出るような真摯な交流の場とされていたはずのときには。

>「虚構」を媒介にして読者を騙すわけですが、騙された読者が得るものは「感動」ということになります。創作された「虚構」が薄っぺらであれば「感動」を生まないし、むしろ「金返せ」ということになるでしょう。

共感します。
それは「騙す」のではあるけれど、しかし、そもそも「文学作品」として提示されているものの「騙し」とは、「虚構」であるということが当然の暗黙のうえに成り立っています。
ところで、質問本文でも挙げましたところの人間心理というものと密接に連動しているのであれば、その「虚構」なるものが、どこまで純然たる「虚構」であるとできるのだろうか。

>「嘘」は多くの場合「辻褄合わせ」による「一時的な保身」(子供の嘘はこれが多いですね)であり、「嘘」によってそこから「金銭的利益」を得るのが目的の場合は「詐欺」となります。
>端的にいえば、「文学」と「嘘・詐欺」の違いは創作の「動機」ということになるのでしょうか。

明らかな「文学作品」として提示されたものでない場合には、その動機というものが、たいへんに紛らわしいです。
そこで、その「動機」を どうみるのかで、私と、見解を異にする人との あいだで争いが起きたということがありました。つまり、私は純然たる「文学的創作」の「動機」よりも、その当人の言動の端々から勘案して、「保身」や「利益」やら、あるいは欲求や願望の類を求める心理的な動機が出発点ではないのかという見解を持ちました。それならば、その当人の心情のほうを重視するべきではというのが、対して、いや、そうではなく、あくまで「文学」としての活動なのだという見解。

「文学作品」であることを主張するならば、作者が、「文学作品」であると意識しているだけではなく、読み手の側も、そのことを認識している必要があるのではないかと思われます。『火星人襲来』で言えば
原作であるというH.・G・ウェルズ『宇宙戦争』、この作品自体が直接に全米のパニックだの、その他の事件を引き起こしたわけではなく、O・ウェルズが、これをラジオ番組化し放送した、これが実際の引き金になっているという。このことを どう みるか。

>>世のなかには、嘘や詐欺も文学活動であるとして、高く評価する価値観の人もいる
>どういう方が高く評価しているのでしょう。その典拠をご教示ください。

市井の一般人ですので残念ながら、ここに「典拠」を示すことは許されませんが、その評価者本人は、「嘘」は文学的虚構世界であり、虚構世界は神話世界であり、それを単なる「詐欺」にしないためには「信仰」の姿勢が要請される、と、まぁ大まかには、こんなふうなことを言っておりました。しろうと離れした、なかなかの博識家のようですが、私の個人的な印象では、ぺダンチスト、ディレッタントといったところです(但し、スノッブで底の浅い感が)。
結局、人間関係の絡みのなかで起きてきたことですので、断然、芸術活動である、純然たる「文学」であるとして評価すること自体の底に、これもまた、その当人ならではの心理が作用していると みえなくもないのです。

補足日時:2009/05/05 19:36
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございます。
いくつか疑問に思いました。

>「嘘や詐欺も文学活動であるとして、高く評価する価値観の人もいる」根拠がないし、いたとしてもあなたが同調しているわけでは
ないので意味がありません。

そういう価値観の人もいるという「根拠」ですか?
もちろん、根拠があったとしても、それをここで出すことはできませんね。
私が「同調しているわけではない」ということについては、「同調」するしないは保留というのが実際のところですが(だからこそ質問しているわけで)、私が「同調」するか しないかで「意味が」あったりなかったりするのでしょうか。このへんを噛み砕いていただきたかったです。

>「嘘や詐欺、こういったことの根底には人間心理というものが」
人間の行為全般に心理が関わっているのだから嘘と詐欺を論じる根拠になりません。

そうですね、嘘や詐欺といった人間の行為全般に心理が関わっていますでしょうね。で、
本質問では「嘘と詐欺を論じる」という内容になっていると思われましたか?

>「文学の源流と見做すことも可能」
不可能です。源流は人間心理であり嘘と詐欺は枝分かれしたものだからです。

これも、もう少し噛み砕いていただきたいですね。とくに「枝分かれしたもの」だからどうなんだというあたり。
「嘘と詐欺」じたい人間心理のなかのことであるから、結局、文学の源流と見做すことは、、、不可能なんですね?

お礼日時:2009/05/05 13:39

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