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歴史教えて!!第一次世界大戦後の世界・・・

役に立った:3件
  • 質問者:taachan003
  • 投稿日時:2009/05/10 18:31
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またまた歴史がわかりません。
第一次世界大戦後の朝鮮や中国を勉強していますが
そのなかで1915年~1945年にかけて
在日朝鮮人が増えた理由を誰か教えて下さい!
どうしてもわかりません。五・四運動が何か関係してますか?

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このQ&Aは役に立ちましたか?(役に立った:3件)

回答(3件)

  • 参考になった:1件
  • 回答者:tyr134
  • 回答日時:2009/05/11 23:11

まず前史として、当時の朝鮮半島は清朝(中国)と日本がその権益を巡って争っていました。
中国(清)は朝鮮は昔から宗主関係を結んでいたと主張しています。
日本は、昔から独立国で中国とは宗主関係なんか無かったと主張します。
また、朝鮮内では、英・仏・露などの列強諸国が他のアジアを植民地化しているのに怯えつつ、親中派(中国に庇護を求める)と親日派(日本に庇護を求める)とに別れていました。
で、朝鮮内で甲午農民戦争(東学党の乱)が勃発すると、清国が介入、続いて日本も介入します。
ただ、これは切っ掛けにすぎず、長年対立していた日清が直接ぶつかり合う事になります。
それが、日清戦争です。
これに勝った日本は、清に下関条約で「朝鮮は完全な独立国」であることを認めさせました。
ただ、「独立国」というのは名目にすぎず、本心は朝鮮での権益を伸ばすことにありました。
それを示すかのように、次々と朝鮮に対して介入していきます。
で、その最終形が1910年に結ばれた『韓国併合ニ関スル条約』で韓帝国(李氏朝鮮)の植民地化が成功します。

ただ、その併合よりも前から日本と朝鮮は深い結びつきがありました。
一つは、日本で作った品物を輸出する先として、もう一つ米をはじめとした食料の調達地(輸入)として、そして最後に「労働力の供給地」としてです。
この関係は、1880年辺りから徐々に形成されていきました。

特に、在日朝鮮人の流入は第一次世界大戦期辺りから急激に伸びていきます。
1915年には約4000人だった在日朝鮮人は、1920年には3万人を超えるまでに増えていきます。
その背景には、朝鮮半島で1910ー1918年にかけて行われた土地調査事業がまず上げられます。
この調査で、日本人が組織した地主委員会が中心となり、日本人に有利な形で土地所有関係が決められていき日本風の地主制を朝鮮にも導入・強化されていきます。
そのため、朝鮮人農民は没落していき火田民や土幕民になるか、仕事を求めて満州・日本に行くしか生きる道がありませんでした。

もう一つの背景には、日本は第一次世界大戦期に工場や炭坑などが急激に発展し、労働力の需要が高まっていました。
特に、炭坑・建設業・中小工場などでの需要を満たす安価な労働力として重宝されていました。

まずはこの二つが、主な背景です。
間違えてはならないのは、こうした朝鮮移民は「強制連行」で連れてこられたワケではないということです。(ただし、土地調査による朝鮮人農民の没落という点も見逃してはならない)

続く、1939ー1942年には「強制連行」がはじまります。
その背景は、第二次世界大戦により内地(日本本土)の日本人が軍として動員されたため、その分の労働力の穴埋めの為でした。


>五・四運動が何か関係してますか?

あまり、直接的には関係していません。
1919年五月四日に起こった五・四運動は、中国で高まったナショナリズムにより反日運動が台頭し、その後の国民党と共産党が共通の敵として日本を排除するために手を組む事(国共合作)に結びついていきます。

韓国の場合は同年3月1日に起こった三・一独立運動の方ですね。
旧韓国では親中派や民族主義に触発された独立派などが、反日と独立を掲げ運動を繰り広げました。
そして、1919年3月1日大韓帝国初代皇帝高宗が亡くなったのを気に、独立の機運が一気に高まります。
時には武装蜂起やテロなどを行ていました。
それに対して、日本当局は厳しく取り締まっていました。
また、在日朝鮮人の共産主義者や無政府主義者と、日本人の共産主義者と無政府主義者も、この時期くらいから積極的に交流を行っていました。
(このことから、今でも北朝鮮と社民党が繋がっているとし、右派を中心に「売国党」なんて言われたりしています。)


まとめると、在日朝鮮(韓国)人には二つのルーツがあるわけです。
一つは労働者として移住してきた人。
もう一つは、強制的に連行されてきた人。
人数としては、正確な史料が無く推測の域を出ませんが、おそらく前者が後者より多いと思われます。
とはいえ、正確な史料が無い限り歴史の空白のままで「分からない」というのが本当のところですね。

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  • 参考になった:0件
  • 回答者:raphael7
  • 回答日時:2009/05/11 16:16

日本は大東亜圏でしたっけ?、アジアを世界を握ろうと躍起でした。
そうなるとどうしても日本国内でプロレタリアが必要となります。
またno.1さんの言う通り、半島と日本では文明格差が甚だしかった為、日本統治後の半島の区画整理は誰もが感心するものであり、朝鮮人は日本に夢をもって行ったのです。それが例え炭鉱などで厳しくとも、日本へ行けば素晴らしい生活になると。

どこかに写真がありますよ。
昔のソウルの写真を見るとその実態がよくわかります。

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この回答へのお礼

とても参考になりました。歴史は深く感動がいっぱいです。

  • 参考になった:1件
  • 回答者:raky753
  • 回答日時:2009/05/10 18:38

あまり関係していません。

1.日本は1910年の韓国併合によって朝鮮半島を併合していました。ようするに、朝鮮半島も日本でした。同じ国だったのです。

2.同じ国と言っても、言葉も違えば文化も違います。なので、同国民同士でもお互いに交じり切ることはありませんでした。

3.今ではそこまで日本と韓国の経済格差は激しくありませんが、当時は今の日本と北朝鮮の関係のように経済格差が著しく開いていました。
なので朝鮮の人は職を求めて日本に移住してきました。
この人たちが在日朝鮮人のルーツです。

※おそらく「密入国がなんたら」みたいな回答がつくと思いますが、密入国ではありません。当時の朝鮮半島は同じ国ですから。

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この回答へのお礼

本当にわかりやすくて最高の答え、有難うございました。
今、歴史がすごく楽しいです(^^)

  
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