長引く不況のなか、自民党を中心とする政権はゆれに揺れておりますが、森さんが退陣したところで、根本的な変革は望めないと思っているのは、私だけでは無いような気がします。
かといって、野党のどこかに政権が移動しても、やはり大きな流れはかわらないのかなと、半分諦めの境地でもあります。
その中で、戦後一度も政権の座についていない政党で日本共産党という国会内ではさほど勢力がのばせていない政党が存在しますが、私この政党に対し一番誠実な印象をもっております。
戦前戦後を通しいろいろな迫害をうけてきたにもかかわらず、妥協せず一貫したイデオロギーを主張しているのはこの政党しかないような気がいたします。
『非常に閉鎖的で危険な思想をもっている』
『資本主義主流の世界経済のなかで、共産主義経済は自由な経済競争を阻害する』
『暗い』
『世界の共産圏はことごとく経済破たんをきたし、世界思想からはずれている』
等、様々なことが流布され、はなはだ旗色は悪いのですが、私思うにこれらの『共産国』は本来の共産主義を取り違えて国家運営をしてきてしまったのではないか。
国として、自給自足の精神は無くてはならないものだし、そうした下地を確率しながら世界経済にも参加していく。なにも鎖国的な政治が『共産主義』ではないような気がするのですが、私のこの『共産主義観』はまちがいなのでしょうか?
『平和』で『豊か』なものを求め、つきつめると一部富裕階級のみに様々な利権がもたらされる現在の『資本主義』はけっして理想的なものではないとおもうのです。
そうした意味で本来の豊かさを実現できて、間違った『共産主義』を払拭してくれるののが『日本共産党』のような気がするのですが、、、
私は『危険思想』でしょうか?

A 回答 (6件)

masayuki0305さんのお考えは私の考えと基本的に大きくは矛盾しませんが、一つ重大な間違いがあります。



「プロレタリアートが勝利し、指導者集団として民衆を理想国家へと導く」

そんなことどこにも書いてないし、言ってもいない。これは偏見、もしくは不勉強というものです。マルクスは一体どこでそんなこと言っているのでしょう?あのレーニンですら、「国家と革命」の中で、「国家とは常備軍と官僚制」と定義した上で「国家は死滅する」と言っているのです。マルクスは無政府主義者ではないですが、この点レーニンと同様です。(「ゴータ綱領批判」参照)

別に私はマルクス主義者でもなんでもないのですが、マルクスに関する上記のような謬見には正直腹が立ちます。たとえば、有名な「宗教は阿片である」。これは確かに「ヘーゲル法哲学批判序説」という本の中で述べていますが、マルクスを読んだこともない連中が悪意を以って言うのとは全く異なる意味、異なる文脈で出てきた表現です。つまり、「宗教は弱い者にとっては慰めなのである」という前提で、単に慰めに頼っていてはイカン、現実から逃げてはイカン、という意味で使っているのです。

更に、ロシア革命で権力を握ったのは、プロレタリアートではありえません。レーニン・トロツキーらのインテリです。貧乏人とも言えません。レーニンの兄は皇帝暗殺の咎で処刑されてますが、レーニンのオヤジさんは教育者です。靴職人の倅のスターリンはプロレタリアートに近いかもしれないが...。

マルクスも弁護士の息子、エンゲルスは紡績工場主というヤクルトジョワ、やのうて、純粋のブルジョワです。

更に「イデオロギー」という言葉が(偏った)左翼思想とほぼ同じ意味で使われています。これこそ、偏見というものです。日本語でいうと、「思想」という意味ですから、色眼鏡で見ない方がいいです。

「権力は腐敗する」:これは全く同感です。

「ナショナリズム」:上述のとおり、マルクス、そしてレーニンですら目指したのは国家という枠組みの死滅ですから、「インターナショナル」です。よく労働歌としても登場するでしょ?

-----------------------------------
しかし、私個人は、以下のように考えています。

1)マルクスの予定調和論は非科学的。未来は明るくも何ともない。

2)インターネットが普及し、国際資本が闊歩し、EU統合の今こそ、寧ろ国粋主義は蔓延るだろうと確信しています。というより10年前から確信していました。旧東欧のみならず、西欧でもオーストリアを見ればわかるとおり国粋主義が急速に台頭しています。日本でもそうですね。不況が続き、中国人が悪さばかりしていると昔マルクスをかじった私でも国粋主義者になりたくなります。
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この回答へのお礼

6名の方からご解答をいただき、とてもありがたく思っております。
私は共産主義に対してなんら勉強もしておらず、みなさんの博識なご意見にただただ、圧倒され、これからもっと過去の歴史から学習せねばと痛感いたしました。
しかし、私は今日の共産党に対し、決して盲目的に支持しているわけではなく、おおいに懐疑的な気持ちをもちながらみております。
政治は宗教であってはならないから。
第三者的に側面からうかがっております。
ゆえに、今回のような質問をさせていただき、自分の共産党に対しいだいている感情ははたして享受されるものなのかを確認したかったのです。

もっと勉強してみなさんの見識に近付くよう努力したいとおもいます。
ありがとうございました。

*すみません。6人の方々のご意見がそれぞれに大変参考になり、そのすべてのご意見にお礼を述べたかったのですが、それほどの文才もないので、失礼とは思いつつametsuchiさんのお礼欄に総括して書き入れました。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/12 18:38

私は、イデオロギーで政治を語る時代はもう終わったと思います。


20世紀の教訓は、イデオロギーで人間を導こうとした結果、あまりにも多くの犠牲が出てしまったことだと思います。
共産主義で言えば、マルクスは理想国家の到来の前提として、資本主義階級と労働者階級(プロレタリアート)の対立があり、それにプロレタリアートが勝利し、指導者集団として民衆を理想国家へと導くとの考え方がありました。
しかし、現実にはソ連の崩壊(スターリンの独裁から始まった)を見て分かるように、指導者集団としてのプロレタリアートは権力を握ったとたん腐敗しました。
マルクスの理論の誤りは、プロレタリアートを絶対善の集団として、人間が善悪両面をもっていて大変な間違いを起こす可能性があることを見落としていた点です。

余談ですが、日本共産党は綱領でこのプロレタリアートを「前衛政党」として明文化していましたが、先の党大会で削除したようです。どこまで日本共産党が絶対善の存在であるとの考え方が変わったのかはわかりませんが。

イデオロギーは、その理想のためにある意味で人間を型に押し込めるということをしてきました。イデオロギーに反するものは全て悪の存在であり取り除かなければならないという考え方です。前述のように20世紀はそれによって
多大な犠牲を払ってきました。

そして現在イデオロギーに変わって、世界を席巻しているのがナショナリズムです。東ヨーロッパは特にナショナリズムの台頭で混乱を極めています。ナショナリズムもまた人間を差別化し分断しています。

私は、単純ですが、イデオロギーもナショナリズムも「人間」という視点を欠いたものだと考えています。共産主義も当初は人間の幸福というもの理想としていたと思いますが、いつしか人間ではなく体制を守るものに変質してしまいました。長くなりましたが、政治もその本来の目的は、人間を幸福にするということにあり、権力を握った人が、本来の目的を忘れ、権力を守ることにその目的が変わったとき権力は腐敗していきます。どの政党が権力を持つにせよ、この単純な人間を幸福にするという役割をいつまでもどこまでも追求するのであれば政治はその理想を全うできると思います。
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共産主義は理想の政治形態です。


ただ、本当に実現するのであれば、という前提を超えることは非常に難しいを越えて不可能だと思います。
これまで、民衆の支持の元、理想的な国家を目指して多くの共産主義国家が誕生しましたが、皆失敗に終わったといっても過言ではないでしょう。
つまり、共産主義は人間にとって、あまりに理想的過ぎる政治形態であり、実現不可能であると結論付けするのが適当です。
共産主義は「神の国」(森発言と同義ではない)を目指す政治形態と定義してもよいくらい実情から離れていると思います。

私は、アメリカのような政治形態は嫌いですが、1つ見習う点があると思います。
それは、アメリカはアメリカ人にアメリカ人であることを求めるという点です。
現在の日本の政治の混乱の原因は日本は日本人(民族は問わない)に日本人であることを求めてこなかったことにあると思います。
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私個人は日本共産党とは全く無縁で、学生時分は、寧ろ「反代々木」的な「全共闘運動」にかかわった者です。



(1)資本主義は万能か?
スミス、マルクスの時代から今に至るまで、資本主義は万能ではないと思います。「近代社会」、「市場社会」、「市場原理」と言い換えた方が適切かもしれません。
しかし、この「資本主義」という怪物、細菌かウィルスのようにタフでして、何か問題が起こると自分を変容させ時代に適合してきました。マルクス・エンゲルスの共産党宣言で、「当面の目標」として掲げられた項目は今では当たり前になって「体制側」に取り込まれています。ソ連などの旧「共産圏」などより遥かに柔軟で適応力があったわけです。

しかし、今のアメリカの新興IT長者などを見ればわかるように根本的に

1)個人個人の競争、「万人による万人に対する競争」を基本原理とする。
2)「経済成長」を「善」とする。
3)モノのみならず心までもが、金に換算され、金ですべてが評価される。

フランスの哲学者サルトルは上手いこと言いました。「マルクス主義は乗り越え不可能である」。つまり、マルクスが提起した社会状況・社会制度が変わらない限り
マルクスの問題提起の核心部分は残るという意味です。

(2)マルクス(主義)の問題点:

上で述べたように、資本主義が残る限りある意味「乗り越え不可能」でもあるのですが、マルクスの思想には多くの問題も抱えています。

1)先験的に、「資本制」-->「共産制」、もっと大きく言うなら、「人間社会の前史」-->「人間史」という流れを科学的証明なしに決め込んでいる。彼は科学的に証明できると信じて経済を勉強したが、かならずしも成功したとは言えない。そしてこのような予定調和的歴史観は彼がユダヤ人であるからことから来ていると言われる。

2)「能力に応じて働き、必要に応じて消費する」という共産主義の理念は空想的で実現性に乏しい。

3)学問と政治運動をゴッチャにしている面がある。

(3)日本共産党の問題:

政治資金の透明さ、自民党政治に対するチェック機能、など、日本共産党が大きな役割を果たし、これからもそう期待したいが...。

1)レーニン(の一部)を否定するまでは来たが、基本的にマルクスの思想を超えていない。
2)資本主義に替わる制度を我々に提示できているとも思わないし、将来も期待できない。

(4)将来の政治展望、経済的枠組み:

では、共産党がダメなら、将来日本や世界はどうあるべきか?誰に託すべきか?

民主党:先程述べた「資本主義」、「市場経済」に対する考え方では、自民党と同じ。

自由党:同じ。「もっと自由に競争させよう」ということだから、もっとひどいかも。

公明党:論評に値せず。

社民党:好きな人物もいるが、基本的な体質は旧い。「憲法守れ」だけじゃ。

という訳で、私も「支持政党なし」なんです。強いて言うと、ドイツの「緑の党」に近いのかもしれない。

-------------------------------
□最後に:
「間違った『共産主義』」ってことは「正しい『共産主義』」がある訳ですね。それが日本共産党であると..。

しかし、考えて見てください。「正しい『共産主義』」って何ですか?そしてそれは万人にとっていいものなんでしょうか?

はっきり言って幻想に過ぎないと思いますよ。淡い恋のようなものです。
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政治というのは必ずしも考えた通りに動けるというものではありません。

日本で共産党が実際に政権を取ったたことが無いということは、常に時の政権に対して失敗を責め、現実をわきまえない施策をぶつけることができる立場にあったともいえるのです。それゆえ一見誠実に見えるのは仕方の無いことでしょう。

しかし、共産主義は人間は汚職をしないという前提に理論だてられていることを考えれば、現実に共産党が政権をとった国がその後どうなるかは想像に難しくないでしょう。しかもソ連邦や中国の例が実在しています。

「日本共産党が政権をとったとしても、ソ連邦や中国のようにならない」と言い切れる人が居たら教えてもらいたいものです。

(cricketさんは共産党をゼロの存在として見ていらっしゃるようですが、私はマイナスの存在として見ています。)

参考URL:http://www.geocities.co.jp/WallStreet/7355/words …
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あなたの共産主義に対するイメージは一般的な物だと思いますが、共産主義そのものは別に閉鎖的な物ではありません。


あの閉鎖性はかつての冷戦状態から生じた物でしょう。
そしてあくまでも私見ですが、というかこの文章の全てが私の勝手な私見ですが。
ソ連の崩壊は、私は管理型組織社会の崩壊だったのではないかと見ています。
従ってあの事件はアメリカや日本にも起こりうることであると。
だって人間はそれ以外に組織の形を知りませんし。
資本主義が理想型でないのと同じく、共産主義も今のイメージを払拭できるだけの理論的裏付けがないと理想型とは言い難いでしょう。
日本に限って言えば、資本主義だったからこそここまで経済を伸ばすことが出来た。
そこにルール違反や悪巧みが沢山内在されていたことは残念ですが一応は自民党の成果と言えるでしょう。
今現在は過去に内在した悪行の報いを受けているところでしょうか。
精算の時代を迎えているような感じでしょう。

問題は解決力のない与党と野党。
僕は全ての野党は実は自民党に雇われているんじゃないか、と勘ぐりたくなるくらい野党の力のなさ、主張の薄っぺらさには全く失望しております。
自民党も悪かったが野党も悪かった。
日本共産党。
正直言って僕は歯牙にもかけていません。

政治なんぞには頼れない。僕はそう思っています。
むしろネットを手に入れた現在、民衆の真の力が養われるべきかと。
国民の納得できる理想や製作が現れるまで、何度でも選挙をやり直す。そんなことが必要なんじゃないか。
消去法で適当なサルに投票していたからこんな日本になった。
納得できる候補者がいなかったら投票用紙に「サル」とでも書く。実は僕はそうしているのですが。
民衆が皆それを実行すれば政治家もちゃんと政治をしなければならなくなる。
そうなれば資本主義も共産主義もなく、国民の利益のためになる政治家だけが選ばれるようになり、日本も少しは救われる、と僕はそう考えております。
もし賛同して頂ければ「サル」票を広めて下さい。

私は危険思想でしょうか?
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