旧日本海軍の海軍工廠の職位について調べております
戦前、戦中を時代にした小説を書くために調べております。
質問(1):旧日本海軍の海軍工廠で技術士官と技師は同じでしょうか?
質問(2):技師(技術士官?)という職位は通常、高等教育を受けた人でないとなれないと思いますが、職工などからなった人はいるのでしょうか? もしいたとして具体的なお名前がわかれば幸いです。そういう方について紹介された書籍、HP(URL)をお教えいただければ幸いです。
私の父は 海軍工廠ではなく、海軍火薬廠に勤務しておりましたが、軍人ではなく技師でした。学歴は旧制高等工業卒です。
海軍に入った時は、恐らく雇員から始めたと思います。それから、判任官の技手(海軍ではギテと読みます)、その後、そう任官の技師になったおります。住まいは、海軍高等官官舎で一番の屋敷は、廠長官舎(少将か中将)、その次は、大佐、、、と位によって屋敷の広さが異なっていました。私の家は、同じ官舎の中で移動しております。 終戦の時は大佐級の次の階級の官舎(と思われる)に住んでいました。 父は仕事上は軍属でしたが、所謂兵隊の位に直すと少佐に相当する待遇だったようです。終戦後、米軍が接収に来たとき、父より上位の人がでてこなくなり、父が折衝の任にあったと聴いており、当時の写真を見ると、任官したのかどうかは確実でには知りませんが、海軍大尉のr肩章を付けております。(何でも東條に2等兵で引っ張られるのを避けて、任官し即時退役なんて手段もあったと聞いております。) 父の高等工業の後輩が結構少尉に任官され着任されておりましたね。 陸軍へ徴兵されるのを避けるため、軍籍をとる技師の方が多かったと聞いております。父の部下で、職工(工員)から試験をうけ少尉に任官された方がおられました。数学や物理など相当、父が面倒を見て試験を受けられたようです。
この回答へのお礼
ご回答、貴重な情報ありがとうございました。旧日本海軍は様々なキャリアパスがあって複雑ですね。私の父は海軍兵学校を出て士官になったので比較的わかり易い(?)のですが、いざ当時の海軍を題材に小説を描こうとすると、じつに複雑な階級、組織が立ち塞がり閉口しておりました。ご回答によってひとつの実例を知ることができ大変参考になりました。
ありがとうございました。
ANo3の続編です
技手養成所出身者の伝記関連がもっとも正しいと思われます
参考
・技養同窓会.海軍技手養成所沿革誌
・福井静夫.日本軍艦建造史.東京,光人社,2003,p310-313,軍艦七十五年回想記,第12巻.(ISBN4-7698-1159-4)
このほか、技手養成所をでた少年見習い工の話は
http://home.e-catv.ne.jp/sakura_saku/index.html
技手養成所の採用案内>http://www.onyx.dti.ne.jp/~kenyu/shiryo/saiyou/s …
この回答へのお礼
お礼のしかたが解らず、大変遅くなりましたが、ありがとうございました。
1)技師は軍属(奏任文官)ですので、士官ではありません。
官吏上の地位は、高等官ですので技術士官(少尉以上~)に該当します。
したがって、奏任5等待遇の技師であれば、同じ奏任5等である技術少佐と同じとなります。
2)技師に工員から登用された人がいるか?
結論から言えば、可能です。
工員(工手)>技手>技師 の順に抜擢されての話ですので、難関であることが予想されます。
技師:奏任官 部長及び部員 大学理工学系または高等工業学校卒業者
技手:判任官 部の技術員
工員(職制は年代により幾多の変遷があるようです)
工長(作業長)
工手(作業長補佐 工業学校や工員養成所を出ている 技手候補)
職手(班長クラス 上席の職工 一般の工員はここまで)
一等工員
二等工員
登用ルートはあり、技師に登用された人がいるとの話はHPの記事で読んだことがあります
後日そのURLを紹介します
(1)工員養成所で見習い工員となった人にもその後の研鑽、補習を経て、「技手養成所」の試験に受かれば
3ヵ年の修業を行い、卒業後人物技量に問題が無ければ1年程度を経て技手(ぎて)に登用となります。
(昭和17年からは修業期間が短くなりその分技手登用までの待機期間が長くなったようです)
技手養成所は高等工業学校程度の教育を行っており、高等教育機関同等とみなされて
いましたので、経験と技量により技師に登用することには形式的には問題ないことになります。
技手として10年程度の経験をつんだものから技師に抜擢された、という言う記事を読みました
(2)工業学校(旧制 現在の高等専門学校に該当)の卒業者は技手の応募に際して受験ができました
応募は不定期、ごく少数です。
この回答へのお礼
お礼のしかたが解らず、大変遅くなりましたが、ありがとうございました。
御田重宝氏著書、「戦艦大和の建造」(講談社文庫)にも詳しいことが出てます。
書いてるとすごい長い文になるので。
また、吉村昭氏著書「戦艦武蔵」(新潮文庫)にも詳しく出てたと思います。
この回答へのお礼
お知らせいただき本当にありがとうございました。読んでみます。
(1) 技術士官が武官、技師が文官で、地位は概ね同じと言えます。
ただし
技術士官:東京帝国大学などに在学中に選抜試験を受けて委託学生となり、大学卒業と同時に造船(造機・造兵)中尉に任官して、予備役になるまで海軍に勤務する人。えり抜きの人材と言えます。海軍工廠の重要なポストには技術士官が就きます。
技師:大学卒以上の経歴が必要なのは技術士官と同じですが、大学教官や官公庁・民間企業の技師との出入りが結構自由であったようです。技術士官の補佐という位置づけで、重要ポストには就けなかったようです。
(2) 日給制の少年工員として工廠に入り、厳しい選抜を経て「海軍技手養成所」 (旧制の高等工業学校程度の教育を行った) を卒業して『技手』となり、年功を重ねて『技師』に昇進することが可能でした。
これは、水兵のうちで優秀な者が下士官を経て准士官、特務士官に昇進することが可能であったのと同様です。
ただし、このコースで『技手』になるのはともかく、『技師』になるのは大変な難関であったようです。
(3) 「工員から累進した海軍技師」について詳しく書いた本は知りませんが、海軍工廠のしくみについては
(A) 阿川弘之「軍鑑長門の生涯」
(B) 堀元美 「造船士官の回想」上下 (朝日ソノラマ)
※ もともと単行本として
「鳶色の襟章」「続・鳶色の襟章」(原書房)
で出版されていました。
で詳しく分かります。
この回答へのお礼
ありがとうございました。大変(とても、とても)参考になりました。
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