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悟りを開いた人は降りかかった火の粉を払う?払わない?火の粉が降りかかるところへは行かない?

A 回答 (6件)

>>悟りを開いた人は降りかかった火の粉を払う?払わない?火の粉が降りかかるところへは行かない?



まあ常識的な行動をするだけですね。世間解といいますね。
個人としては火の粉が降りかかるところへは極力行かないでしょうし、それでも火の粉が降りかかれば当然払うでしょう。
国家や団体に対しては火の粉はしかるべく対処せよ説くでしょう。
自らが国家や団体の長であれば国民の幸福を担保するために必要なら戦争もしますよ。
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この回答へのお礼

なんか他の人とは違う雰囲気がある。
明確な回答サンクス。

お礼日時:2009/07/01 17:33

結論を言うと、悟りを開いた人は何もしない。



悟りを開いた人は、火を熱いと感じないので、火の粉は空気と一緒の扱。

で、実際 そうなのか?
例えばガンジーって人は、すごい人だとされますよね。
でも、非暴力を説いたことから、暴力という火の存在を認識していたわけです。
それは嫌なものだと認識していたので、非暴力を説くに至った。

ということで、悟りを開いた人って意味がどういう概念かってことになるわけです。

ガンジーとて悟りに至れなかったとなると、あと誰かいます?
今までで悟りを開けた人。
釈迦だってアチチだったので木の陰で修行したわけでしょ?
悟りを開いた後、アチチの炎天下に座っていて日射病にならなかったとか聞いたことない。

で、結局 悟りを開いた人ってのは不動の人なわけで、なんもしない人なわけでつまり仏(死体)になっちゃうわけです。
従って死ねば誰でも仏になるってのは合っている。
火葬されるとき「あちち」とかしないのは、悟りに至った仏だから。


ということで、仏以外の人間は、アチチとちゃんと認識する。
でも生きている以上 思いがけない災難にあって、いちゃもんという火をふりかけられたりするわけです。


「お前  聖人ぶって気に入らない。 お前の財産を奪って苦しめてやる。 おや? お前 無一文か。。。。   じゃあ お前の家族痛めつけてやる! お前天涯孤独で家族いないのか・・・・  じゃあ じゃあ お前を殺してやる ほら怖いだろう 泣き叫べ!」


「んーー 随分楽しそうですね。 でも私を殺したところで、私と同じようにあなたもいつか死ぬってことは免れません。財産は幻です。家族も幻です。生も幻にすぎないんですよ。だから私は死ぬことが怖くないんですよ。」


想像でしかないが、上記のようなことをいいそうな気がします。

コールドケースってドラマで、カンボジアの王族の人がアメリカに亡命して、そこでかつての栄光を忘れられないでいた女が、アヘンを吸ってしばしこの幻の世界を忘れようとしていた。 そして男に土下座して俺の口をなめろと、夫を盾に脅迫され、靴をなめたが、男は銃で夫を殺し、その女は夫を殺した男に『お前も幻だ』と言っていた。

この男も幻だという認識なら、夫を盾に取られ脅迫されても、無関心でいられたはずなのに、彼女は男の命令に従った。
では この世は幻だという認識ではなかったのではないか と思った。
しかし 自分が殺されることも生も全て幻に過ぎない という意味でなら理解できる。
死に貧したとき、それすら幻にすぎないという悟りに至ったとき、恐怖心は消える。
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この回答へのお礼

どうも「悟り」については否定的らしいな。
正しいと思うが、それだと救われない。
一応弱い人の立場で考えてるんだな、これが。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/01 17:38

自分が悟りを開いている訳ではないので憶測ですが。



在るものを在る様に見るとすれば、出来ることはするし出来ない事はしない、分かる事は分かるが分からない事は分からない、ただ普通の人間のレベルとは違うだけだと思いますが。
ケースバイケースと言う感じでは?多分・・・。
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この回答へのお礼

特別なことは何もしないってことだな。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/01 01:47

 悟りのに世界に入られても、生存中は最低限の食事はします。



 生きるために備わっている生物としての欲望が、完全になくなっているわけではありません。

 でもその欲は、一般人と比べたら、無いに等しいかも知れません。

 お腹が減ったからといって、食べ物を求めてうろうろするというようなことはないと思います。

 また、悟りの世界に入られても、それで修行は終わりということではないのです。

 命ある身であるので、悟りの世界を体感したからと気を許せば、昨日、 おとといの自分に戻ってしまいます。だから修行し続けます。

 そして、全く現世とかかわりが無い、というのではないので、当然火の粉が降りかかるようなことが、おきることもありえます。

 そのときは、そのお方が日本に住んでいるなら、日本の法律にのっとった姿勢で臨むでしょう。

 もちろん法律を持ち出す必要の無いような事柄ならば‘悟った人’にふさわしい姿勢で接することになるでしょう。
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この回答へのお礼

ってことは払うんだな。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/06/30 21:28

 悟りを開いた人には火の粉は降りかかりません(そういう場面に遭遇しないってことです)

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この回答へのお礼

悪意を持って意識的にされることもあるんじゃあ?
ありがとうございました。

お礼日時:2009/06/30 21:18

お釈迦様は、


「悪人とは、関わるな」
と、言われています。

その考えなら、「火の粉が降りかかるところへは行かない」と、考えられますけど。
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この回答へのお礼

なるほど。君子危うきに近寄らず
ありがとうございました。

お礼日時:2009/06/30 21:16

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