プロが教えるわが家の防犯対策術!

はじめて書き込みします。塾講師のバイトを始めたばかりのものです。

世界恐慌の際イギリス・フランスは
ブロック経済を行うことで、市場の確保を行いました。
ドイツ・イタリアは植民地を持っていなかったから
ブロック経済を敷けずに対外侵略となったのでしょうか?

タイトルの質問は中学社会の問題集にあるもので、
それに対する回答は
「イギリス・フランスと違い多くの植民地を持っていなかったから」
とありました。


模範解答としてはテキストに従うう方針ですが、
教科書にはドイツはベルサイユ条約によって
すべての植民地が奪われたとあり、
”植民地を持っていなかったから”としてもいいのか悩んでいます。

気にするような大きいところではないかもなのですが、自信を持っていけるようにしておきたく、質問させてもらいました。

どなたかアドバイスいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

A 回答 (6件)

イギリス・フランスと違い多くの植民地を持っていなかったからでいいのではないでしょうか。



ドイツはベルサイユ条約で植民地を消失していますが、イタリアは植民地をわずかですが持っていたので上記のような回答になると思います。
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この回答へのお礼

なるほど!イタリアは植民地を持っていた
という情報が得られず、迷っていたのですが
その場合植民地がなかったからというのは少しずれてしまいますもんね(’、’!

迅速なアドバイスありがとうございました*

お礼日時:2009/07/05 16:31

そもそも世界恐慌とは何か。


一般に、経済学の教本ではアダムスミスの提唱した
「自由(放任)主義」が原因である。という書き方をしています。
つまり、拡大しすぎた市場が経済の限界点を超えてしまった
というもの。

ここで、市場に任せた放任主義が間違いであったから、
国が管理する保護主義に戻ろうとしたのが、件のブロック経済で
あるわけです。以前の方法が間違いであったから逆の方法を取ろう、
という発想ですね。

ただ、そもそも「自由(放任)主義」は保護主義の対策として
考え出されたもの。保護主義に走った各国の経済はさらに傷口を
広げていきました。





一方のドイツも、確かに国による管理を行い、公共投資を拡大
しています。ですが、輸出産業が主であるドイツにおいて、
保護主義は即、国内の大不況を意味するのです。
この点において、ブロック経済に走ることはできません。

ドイツの対策とはなんであったか。各国と異なり、その
アプローチは極めて独創的でした。しかしその成功により、
破綻寸前の国家が、急速に勢力を拡大したのです。





彼らの経済対策とは。
つまり、そもそも経済には何故限界があるのか?
という前提部分へ問いかけを行ったのです。


当時の経済に上限があったのは、単純に通貨が発行
できなかったら、つまり当時の通貨が今と異なり、国が保有する
「金」の価値を通貨の価値の保証に使っていたためです。

金の量に限りがある以上、この「金本位制」の下では、必ず経済の
偏りが大きくなっていきます。事実、大恐慌直前には世界の保有量の
7割がアメリカに集中していました。この場合、他国は通貨を発行できず、
物が買えない。アメリカも、他国に輸出できない。


これが世界恐慌の原因ではないか?とすら考えられるのです。





そこで、ドイツは「金」ではなく、「土地」「資産」「労働力」、
あるいは「未来のドイツ製品を買う権利」などを担保として
通貨を発行しました。いわゆる「管理通貨体制」の始まりです。


これにより、経済にかかる制限の、最大の部分が解消されたのです。



さて。
莫大な公共投資と、金という制限の無い通貨発行。
他国の経済学者はドイツのインフレを予言しました。

公共投資は確かに優れた手法のひとつですが、それはいずれ
何らかの方法で回収しなければならないのです。でなければ
国家財政は赤字を垂れ流し破綻してしまうのですから。




ところがドイツはそれを成功させたのです。
そもそもドイツは列国で唯一、植民地でも自国通貨を流通させていた国
でもあり、また、皮肉なことですがベルサイユの賠償金支払いのための
国内のハイパーインフレの経験もあった。
つまり、こと通貨の管理に関しては、他国より経験のある国でした。

そして、当時の経済相シャハトは、大恐慌前に、まさにその
ハイパーインフレを克服した国家的英雄その人だったのです。
公共投資を数年間に集中させ、経済を回復させると、
公共投資に払った労力以上に、投下した資本の回収に尽力し、
インフレを制御しきったのです。




結局、彼は農産物に関して関税による保護を主張していた
ヒトラーとの対立により軟禁状態に置かれてしまいますが、
彼の発想の多くは現代の経済の基礎ともなっています。
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この回答へのお礼

丁寧な解説ありがとうございます*

ドイツの戦後の経済回復にこのような背景があったんですね(°°
ハイパーインフレを克服させるだけの機転の利いた経済相、
かっこいいですね!それだけの技量のある人が担当してくれると
心強いですね。とても参考になりました*

お礼日時:2009/07/06 11:58

市場の確保という意味で分かり易いのが各国の人口


http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/betw …
ざっくり言うと
フランス イギリス イタリア 本土で 4千万
フランス 海外あわすと 1億1千万
イギリス 海外あわすと 4億4千万
イタリア 海外あわすと 5千万
ドイツ 日本 本土で 7千万
日本 海外あわすと 1億4千万
ドイツ 海外あわすと 7千万 (海外はないので)
ソ連 1億7千万
アメリカ 1億3千万

一億人くらいの市場を優先的に確保できないと、辛いと言うことになります。
http://www.hi-ho.ne.jp/takayoshi/kyoko/taisho5.htm
特に日本は食品や繊維というストレートに人口の量で市場が決定される産業構造なので、他国より一層、人口市場を多く押さえる必要があった。
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この回答へのお礼

*ご回答ありがとうございます。
一つの設問からでもいろいろな角度から見ることができて
とても勉強になります。

輸出品の種類によって人口市場が多く必要となる。
なるほど!でした。

教科書だけでは見えてこない部分、生きた情報を
生徒に見せられるような授業にできるよう頑張りたいと思います。

ありがとうございました!

お礼日時:2009/07/05 20:43

>塾講師のバイトを始めたばかりのものです。



ひでーな。^_^;

ドイツはヒトラーのアウトバーン政策までは
失業率は30%を超えていました。
イタリアのムッソリーニの場合も失業者は100万人を超えています。

ので、

こうなった理由は、ブロック経済圏の関税引き上げで輸出が不振になり、「国内需要」だけではどうしようも無い状態に陥った。

ブロック経済圏では早く不況から離脱出来たのにもかかわらず、
この2国はそれが出来なかった。

その為、軍事ケインズ主義に頼り不況からの脱出を図ったのだ。
と言う言い分は「かなり」説得力があります。

もちろん、私は違う方面からアプローチをします。
中国(アジア)への需要と供給。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E4%BA%8B% …

日本の生糸の輸出国や、輸出量。輸出に対する割合など、
細かく調査せねばなりません。

自信とは、努力の上に成り立つ物です。
がんばりましょう。
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この回答へのお礼

*回答どうもありがとうございます。
「国内需要」ではどうしようもない、というところがポイントですね!

*おっしゃるとおり、ひでーです><
これから激しく勉強しなおさなければと思っています。

生糸の輸出国はおもにアメリカですよね。
当時の日本の輸出の30%以上を占めていた。
などの情報と、対外侵略をうまく結びつけて説明できればいいのですが・・

*アジアへの需要と供給…おもしろい切り口ですね*
特に日清戦争後、各国こぞって中国の市場を獲得しようとしていましたもんね。
isa-98さんの授業を聞いてみたいものです。

*自信とは努力の上に成り立つものです。
ほんとに。がんばっていきたいと思います(つΛ`)
アドバイスありがとうございました*

お礼日時:2009/07/05 20:38

>ドイツ・イタリアは植民地を持っていなかったから


>ブロック経済を敷けずに対外侵略となったのでしょうか?

ブロック経済を敷けずに対外侵略となったというのは正確ではありませんが、
概ねその認識で結構ですよ。

第二次世界大戦は資源を持つことができなかった新興国と
既得権益を持つ英仏+資源を潤沢に持つ米露の戦いですから。
ブロック経済が敷けなくとも資源を輸入できれば侵略せずに済んだのです。

アメリカは結構おかしな真似をしているのですよ。
ドイツのヒットラーに便宜をはかったかと思えばユダヤ難民を無視して強制送還したり。
日本の場合もアメリカが日本への資源の割り当てをストップさせて日米開戦に至らせています。
要するにアメリカが第二次世界大戦の開戦を裏で糸を引いていたフシがあるのです。

このときの状態を歴史に学べば、現在の状態は大戦前夜と同じ状態です。
今回の経済危機は多くの経済学者は世界大戦には至らないとみていますが、
アメリカがそう裏で糸を引くのなら、確実に第三次世界大戦は発生するでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます*

資源を持つもの、持たないものという考え方があったんですね。
以前石油をめぐる問題とイラク戦争について調べていたことがあるのですが、
その時もアメリカの二枚舌というか…うらに資源獲得の意図をもった行動が見られて、
裏で糸を引いて表向きにはヒーローを気取る体質があるような気がしてしまいますね。(アメリカ批判をしたいわけではないのですが率直な気持ちとして;)

お礼日時:2009/07/05 17:15

ドイツの場合とイタリアの場合で分ける必要があると思います。

具体的な質問文が書かれておりませんので、あるいは的外れになるかも知れませんが、ご了承ください。

ドイツの場合、第一次大戦後、大きな賠償金を抱えてアメリカからの借款で何とか経済を廻していたところ、世界恐慌で資本のほとんどが引き上げられてしまいました。インフレも進み、社会が左右に急進化します。ナチ党と共産党が議席を伸ばしていきました。ただ、階級闘争を掲げて国際的な労働戦線を説いていた共産党に対して、民族共同体を志向し、排外政策を主張していたナチ党の方が、国民全般への受けが良く、1931年の選挙では第一党を占めるまでになりました。1933年にヒトラーが政権を握ると「均制化」と呼ばれる一党独裁体制を敷き、公共事業と軍拡によって経済建て直しを図っていきます。ブロック経済を行なうような植民地は持っていませんでしたので、内需拡大で動かしていきますが、同時にラインラント進駐・ザールラント併合・オーストリア併合・ズデーテンラント併合と言う形で拡大政策を展開していくことになります。これらの拡大政策はヴェルサイユ条約で規定された「民族自決」の原則に則るという名目で行なわれました。
もう一つの経済的な対策としてはユダヤ人排斥です。ユダヤ人排斥・迫害は単なる暴力ではなく、制度的に行なわれていきました。公職からの追放、財産所有権の撤廃、人権の停止が行なわれていくことになります。その一方で、ユダヤ人との間にブロック経済のまねごとも行なっています。ハーヴァラ協定と呼ばれる協定でドイツ・ユダヤ人連盟と帝国経済省との間に結ばれたものです。ユダヤ人の亡命経路を確保、なおかつパレスチナに向けたいユダヤ人連盟は経済省と合意に達し、財産をすべてドイツの所定の銀行に預けることによって出国を担保し、銀行側はその預金を使ってドイツ製品を購入、パレスチナに運送、出国した本人は現地で現物支給を受けるというシステムを構築しました。このシステムを利用したのは5万から6万人。総額1億4千万ライヒスマルクの経済効果を生んだと言われます。

イタリアの場合は、少し状況が違います。第一次大戦後、イタリア経済は混乱したままでした。世界恐慌はその意味ではあまり大きな打撃とはなっておりません。劇的なインフレも記録されていず、日常生活がそのまま続いたと言われています。しかし、イタリアは既に独裁政権が設立されており、帝国主義的な拡大政策はその前から志向されていました。そうした中でエチオピア出兵が実施され、これを植民地化していくことになります。

ここでは問題とされていないようですが、日本も同様に拡大志向を強めていくことになり、世界恐慌前に併合していた台湾・朝鮮両総督府に続いて満州国設立を実施することになります。
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この回答へのお礼

詳細な説明をありがとうございます。
イタリアは世界恐慌の打撃をあまり受けていなかったのですね。
調べれば調べるほど、何を授業で話せばいいのか混乱してしまいますね@▽@

相手が中学生ということもあって、
頂いた知識を全部使わせてもらうことはできないですが、
参考になりました。ありがとうございます*

お礼日時:2009/07/05 17:08

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