抽象的なタイトルでスミマセン。最近何をしてもすぐ飽きてしまいます。ゲームをしても漫画を読んでもスポーツをしても。食にも興味がありません。あまり寝なくても平気です。可愛いなぁと思う人がいても1日したら忘れてます。キレイな景色にも反応しません。音楽でさえも聞きたいとも思わなくなりまったく感動できなくなりました。心から楽しめることがなくなりました。これはわがままで大人になればみんなそうなるんでしょうか??頭で考えすぎているからでしょうか??それとも恵まれすぎているのでしょうか??生まれてから辛い思い出ばかりで、それでも何とかしたいと努力を重ねて周りの環境を作ってきた結果がこれなんでしょうか??恵まれてるなんてあってないようなものですよね…。
何はともあれ僕はもっと感動したいです。理想は剣と魔法の国を実際に冒険したり、地図にも載ってない不思議な生物が住む孤島を探検したいです(笑)無理なのはわかっているのでせめて音楽ぐらいはまた感動できるようになりたいです。どうしたらよいでしょうか??あと僕は何か精神病の疑いはあるでしょうか??アドバイスよろしくお願いします。

A 回答 (7件)

実際はどんなだかわかりませんが、生活が不規則でゲームなどにどっぷりはまっているような印象を受けます。


なら、まずその生活をただしましょう。

・夜は11時まで(できれば10時まで)に寝ましょう。
・ゲームは2~3ヶ月しないでおきましょう。
・パソコンでインターネットを見たり、テレビやビデオを見る時間を短くしましょう。だらだら見るのはやめましょう。

自分では気がつかないけれど、単に疲れがたまっているだけなのかもしれませんよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。ゲームは数ヶ月前に久しぶりにやり始めたらすぐ飽きたんです。昔はすごく楽しかったのに。
健康管理もかなり気を使っていて疲れもありません。エネルギーが有り余っています。昨日も6時間も睡眠を取りましたが、そのせいか今日は冴えないしいつもより眠かったです。

本当に困った野郎でスミマセン。回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/09 16:34

地元の祭りとかの運営などに参加してみては?


他の方も言われてるように受動的だから感動は少なくなっていって当然ですよ。
自分が他の人に協力して物事を成し遂げた時、感動しないかどうか試してみるといいです。

スポーツしない人は、イチローの記録を聞いても大して感動しませんが、プロ野球選手が夢だった元男の子なら、その凄さがわかるから感動しますよね?

私は、質問者様が少々つまらなそうな人生を歩まれてるように思えてなりません。
そのままの人生では、多分、相当損です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。共に成功をおさめる。僕にはそれが足りないのかもしれません。確かに誰かのために頑張りたいです。しかし全力を尽くせるような人がいません。これこそワガママ言ってないでそれくらい自分で探せ!!って言われそうです。しかし本当に何かを頑張っている。全力が見て取れる人は少ないです。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/09 16:38

うつ病だと何をしても楽しくないといいます。

逆に、何をしても楽しくないと言っても程度があるのでうつ病とは限りません。あなたの理想はゲームや漫画にどっぷりと漬かっています。ゲームや漫画に感動は少ないでしょう。もっと外に出てみてはどうでしょうか。海外に行ってみるとか現実の世界にも新しい世界はいっぱいあると思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。するとうつ病の可能性は低いのでしょうか??
海外にも行ったことがありますがあまり印象に残りませんでした。ハワイです。でも今たくさんの人が回答してくれてほんの少し感動しました。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/09 07:51

すみません訂正。



× 何か媒体を「受動」することによる「感動」がなくなってきたのではないでしょうね。。

○ 何か媒体を「受動」することによる「感動」がなくなってきたのでしょうね。。

です。
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似たこと自分も感じますよ~。


昔はいろいろ感動してたな~、と。
映画やゲームもそうですが、今じゃ足を踏み入れることもない「公園」で「遊ぶ」(!)ことができた時代もあった訳で。。^^

何か媒体を「受動」することによる「感動」がなくなってきたのではないでしょうね。。

No.2の方のご意見と被りますが、何でもそうですが目や舌が肥えてくる…批評眼が備わってくると、作品の粗やら短所が見えてきますね。。。

プロ、アマに限らず世の中に「批評家」は多い。(←悪く言っているのではなく、自然そうなるのだろう、ということです。)
しかしこの批評する人、という人は別に何かを貶すことを生き甲斐にしている訳ではなく、やっぱり純粋に「感動」を求めているのですね。

という訳で貴方は別に病気ではないのでは?と思う次第です。

具体的な話をすると私は少し前からフルートを始めました。で世界のトップフルーティストの演奏をCDで聴くようになったのですが、その中の大御所にジェームズ・ゴールウェイという人がいることを知りました。(ユーチューブでも聴けます)久々に感動している自分がいましたね。^^

似たような楽器を使っていながら(値段はまあやっぱり違うんですが)演奏する人が違うだけで全く違う音が出る!というのはかなり衝撃的です。

話が逸れましたが、何か既存の媒体から感動を受け取るのではなく、自分から「誰か」に感動を発信することも人はできる(はず)。

質問者さまも「音楽くらいは」と書いておられますが、音楽、という時間芸術の妙も「発信」と「受信」にあります。それを突き詰めて「沈黙も音楽だ!」と言ったジョン・ケージなんて人もいますね。

すれ違っただけの私から何を言われても「は?」かもしれませんが^^僭越ながらアドバイスをするなら、「何か楽器を始められては?」ということに落ち着きます。

乱文陳謝です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。実は僕も楽器をやっています。たくさん僕より上手い人はいますが感動しないんです。多少は燃えますが。たくさん練習してやっとそこにたどり着いたというのはわかりますがその強大なテクニックをひけらかして称賛を受けているように感じます。ちょっとキツイ言い方になってしまいました。人生かけてる歌が少ないというか…まぁそれは本人の自由なんですけど。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/09 06:45

人の行動は、「受動」と「能動」と分かれるといいます。


ゲーム・漫画・音楽を楽しむのは「受動」。
スポーツをしたり絵を描いたり働いたりは「能動」。
さらに私は思うのですが、漫画でも難解な文章や受け付けないジャンルに挑戦するのは「受動」ながらも「やや能動」。創作活動や勤労でも惰性でやっていれば「能動」ながらも「やや受動」だと思います。
で、生活する上で睡眠を除くと、「能動」が3分の2、「受動」が3分の1ぐらいがちょうどいいのではないかと思います。
それを心がけると良いとは思いますが、大人になって年をいくと感動が少なくなるのは皆同じなのではないでしょうか。

私も最近は好きだった映画も音楽も興味が無くなってしまいました。ものを書いたりしているため書き方にも影響するので、自分の感性はいつも客観視しています。最近はテレビや映画を観てても端から見てるだけのような気がして、自分を主人公に投影して実際今体感しているよう心がけるようにしてます。
冒険心って「一人で身一つで」好奇心と恐怖の狭間をドキドキしながら歩いていくことだと思うんです。年をいって処世を学び保守的になると、何か(人や物、娯楽など)で心が満たしていて、変化の中に飛び込んだり又は自分が変化することを恐れるのでしょう。

いろいろ考えてしまうのは悪いことではないと思いますよ。
あまり落ち込んでしまうようでしたら、新しい事をしてみてはいかがでしょうか? 思い浮かぶことではなく、自分には向かないだろうというものが良いと思います。

ダラダラ文になってしまいましたアシカラズ~。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。やっぱり大人になってしまっているんですね。みんな変わらないと言ってくれますが時には逆らえないんですね。変わりたくない、子供のままでいたいと思うことは大人になっていた証拠だと実感しました。子供なら早く大人になりたいと思いますもんね。
客観視も、している時点で大人の証拠なんですね。

とても実感するところがありました。ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/08 23:46

こんばんは、 少し個人的意見を書かさせていただきます。

一般論をかいていると
思って気軽に読んでください。

題名 : 感動の正体

感動はすばらしい事です。 感動とは、物事を感じてそして心が動かされる事です。 ここで少し考えてみると物事に感じる事も、心が動く事も自分自身の心の
動きです。 何を感じるかは、実は何が起こるかではなくてその人がそのことを
どのように考えるかにかかっています。 大きな出来事でも何も感じない事もあれば、ほんの小さい出来事で大きな感動を得ることもあります。 自分自身の心の持ち方が大切であるとともにそれが本質です。 感動するか否かは、自分自身の心の持ち方に依存しています。
もう一つ感動の対象は、色々ありますが、それを突き詰めてみるとそれは人間や動物の心です。 相手の心の美しさ壮大さに感動します。 なぜ自分が心を宇賀かされたかを考えてみるとやはりそれは、その人の心の美しさが基本があります。
人の心、動物の心、大自然が持っている心を考えてみることをお勧めします。
何か経験したとき、見たとき、出会ったとき、その人の心や動物の心や自然の心をじっくり考えてみることをお勧めします。 そこでその人や動物のこことの動きを察知することができればそこに感動があります。

感動の正体は 自分以外のものや人の心と自分の心の触れ合いです。 つまり
自分が出あった出来事を自分自身の事柄として捉える事ができるか、自分自身の事として考えることができるのか、そしてその事柄が自分に起こったとき銅思うのかを考えることができれば、心が『動きます。 それが感動です。

以上参考になれば、幸いです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。そうなんです。心の持ち方次第、小さなことに目を向けて感動を共感を得ようとするのですがどうしても心の底から感動できないんです。怪我人や病人を見ても人が死んでも常に冷静です。涙一つ出やしません。唯一いじめにあってる人には共感します。自分がそうだったんで。
せっかくアドバイスしてもらったのに何か申し訳ない気持ちです。本当にスミマセン。ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/08 23:40

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