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いつからかわかりませんが、日本の政治はダメだ、政治無関心などはよく聞くようになり、当たり前のこととなってしまっています。日々憤りを感じながらも、人それぞれ生活があり「なにやってんだよー」くらいで話のタネくらいにしかならないのが現状ではないでしょうか。
まず、オバマ大統領を見ていると、アメリカがとてもうらやましいと思ってしまいます。リーダーシップと能力、どれをとっても日本の総理大臣、政治家では見劣りしてしまいませんか?
これは私の日本人特有のコンプレックスでしょうか、それとも私が無知ゆえに総理大臣の偉業を知らないだけでしょうか。
現在は政権交代を目前にした明治維新以来の歴史的瞬間に近いとも言われていますが、現存する政治家にそれを背負うだけの器量のある人物がいるでしょうか?政党の決起集会のようなものを見ていても馬鹿な喜劇にしか見えません。政治家全てが時代遅れ、無知、無能、に思えてしまいます。
これは私の無知、無能がゆえの政治家に対する過小評価でしょうか。

「今の政治家を選んだのはあなたがた国民ですよ。政治を変えたければあなたが何かしなさい」という反論は良く聞かれます。でも、私たち国民が政治を日本を良い国にしたいと思ったとき、どうすれば良いかわからないというのが本音です。
「日本は敗戦国。未だアメリカの占領下である!」
「日本の無関心、政治腐敗も強大な国、秘密結社の意図的なものだとしたら?」
「某宗教団体、某国による日本の思想的統治?」
などと陰謀論を言い出したらキリがありません。
それらがあるにせよ、無いにせよ、現在の私たち、日本人はどんな国、国民でありたいでしょうか。

私は最近感銘を受けたのは日本人の精神性を支える支柱が崩れてしまっているという話です。他国を見ると(精神的支柱というと語弊があるかもしれませんが)宗教があります。キリスト教、イスラム教、仏教など・・・
しかし、「日本を宗教で一致団結!」と聞くと良いイメージが湧かないのが事実ではないでしょうか。

では、日本人には何があったか。何があるか。
現在はわかりずらくなっていますが、「武士道」である、と。
ちょっと「プッ」と笑ってしまう人もいるかもしれません。

でも私は、政治家にしても、一国民にしても、何か極限の選択に迫ったとき、なにを支柱にするか、を考えました。外交上で強国を相手に交渉せざるを得ないとき、目の前にワイロを積まれたとき、様々なものに誘惑されたとき。そんな大物政治家だけじゃありません。私たちも自分の欲望が抑えられず、犯罪に手を染めようかというとき。より平凡な生活の中でも、相手を無視してでも自分の欲を優先しようか?など。そんなとき、「自分の欲望以外のなにか」が自分を引き戻してくれたら、と期待してしまいます。たとえ、そのとき目の前の欲望を満たせなくても、その一点で一人の人間が大きく変わる気がするのです。
「そんななにか」が「武士道」ではないかと感じます。
日本人ひとりひとりがそんな支柱を持っていくと、大きなうねりとなって何かが変わる気がしてなりません。
ただの理想論にすぎず、「じゃあ、どうすればいいか?」と問われれば、「まだ、わからない」というのが正直なところです。
でも、私が思った結論はそんなところです。
皆さんは現存の国、政治家、国民、日本を憂うとともに、私たちの国、国民にどのような理想をいだきますか?

無知な所も十分承知しており、駄文、長文、失礼しました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

A 回答 (15件中1~10件)

> いつからかわかりませんが、日本の政治はダメだ、政治無関心などはよく聞くようになり、当たり前のこととなってしまっています。

日々憤りを感じながらも、人それぞれ生活があり「なにやってんだよー」くらいで話のタネくらいにしかならないのが現状ではないでしょうか。
> まず、オバマ大統領を見ていると、アメリカがとてもうらやましいと思ってしまいます。リーダーシップと能力、どれをとっても日本の総理大臣、政治家では見劣りしてしまいませんか?

 オバマ大統領がリーダシップを取れるのは、国民に直接選ばれて、圧倒的に支持されているという事があるでしょう。

 オバマ大統領も今、マイケル・ムーアのシッコで問題提起されたアメリカの医療制度改革をしようとしていますが、財源の問題で議会から突き上げを食っているようです。改革出来れば本当に凄いことですね。

■オバマ米大統領のヘルスケア改革への支持率が50%割り込む=世論調査
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnT …

 日本の政治が下手なのは、少なくとも戦前からですよ。ある時までは、政友会 民政党が議会でガンガンやっていた時は、政治が軍部を抑えられていたんですよ。議会が軍縮したり、政治家が軍部の人間を謝罪させたりしていた。

 ある時から、政治が軍部を抑えられなくなって欧米を敵にして戦争を始めるわけです。

 そして結果は知っての通りになった。今も昔も余り変わっていません。

> 現在は政権交代を目前にした明治維新以来の歴史的瞬間に近いとも言われていますが、現存する政治家にそれを背負うだけの器量のある人物がいるでしょうか?政党の決起集会のようなものを見ていても馬鹿な喜劇にしか見えません。政治家全てが時代遅れ、無知、無能、に思えてしまいます。
> これは私の無知、無能がゆえの政治家に対する過小評価でしょうか。
 こういう時代が行きづまった感覚がある時は、兎角、英雄待望論が出やすい。ドイツのヒットラーもそうですよね。第一次世界大戦後の敗北後の不況をアウトバーン建設等の経済政策で回復させて国民の物凄い支持があり、民主主義的プロセスでヒットラーがトップに立つ訳です。

 そして第二次世界大戦では、英国をはじめとする欧州の国々と対決できるまで、国力を回復させた。
 あの時日本は、大政翼賛会があって、首相は近衛文麿ですが、隆盛にあったドイツを日本が真似た所があったんじゃないですかね。
 それが、今は米国になっているだけで、構図は変化していないのかもしれない。

 私は人も重要ですが、国の構造的問題の方が、大きいような気がするのです。今回、日本史上初の国民が選択する政党が政権を取る事が出来る構造が出来つつある。その中で政党の政権の交代が繰り返されて徐々に日本の政治レベルが上がっていけば良いと思っています。

> 私は最近感銘を受けたのは日本人の精神性を支える支柱が崩れてしまっているという話です。他国を見ると(精神的支柱というと語弊があるかもしれませんが)宗教があります。キリスト教、イスラム教、仏教など・・・
> しかし、「日本を宗教で一致団結!」と聞くと良いイメージが湧かないのが事実ではないでしょうか。
 昔、評論家の山本七平氏が日本には、日本教というものがあるとか言っていましたね。日本人は、宗教と言うものはないけれど、なんらかの倫理的支柱があるという事を言っていました。確かに私もそういうものがあると思っています。でもそれは、生活、習俗、他者との生活の中で、日本人が学んで、形成されていった物だったと思います。政府が教育基本法、憲法を改正すれば解決するものでもない。

 最近は、保守系論者が「武士道」と良く言いますが、それが今は、「武士道」とかになったのかなと思います。昔の人は、倫理性が高かったと言いますが、江戸時代の儒学者の荻生徂徠が「政談」を書いたのだって武士の倫理が低下していたからです。

 人間は、常に憧憬賛美が過去に向けられる。古代ギリシャの石板が発掘されて、何だろうと内容を解読したら「近頃の若者は、...」云々と小言が書いてあったそうです。
 
 問題は、現在、生きている人間が、より良い生き方を発見していくことに答えがあると私は思っています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

free 777さんの指摘の通り、政治のカテゴリーで精神論を持ち出すことは安易であったと感じています。
確かに、懐古主義的なイメージを持たれがちな部分もあったかもしれません。

ただ、オバマを引き合いにだしたのは、決してオバマを支持しているわけではないです。実際に行っている政治手腕どうこうよりも、単純に日本の政治家が見劣りしてしまっていて、報道のされ方やそれに対する日本人の見方など、その根幹にあるものは何か?ということに気づいてほしかったのです。
この辺は他の回答にも書かせてもらっているので、わかりにくかったら参考にしてみてください。

free 777さんは最後の言葉で「より良い生き方」と言い、文章を結んでいます。私はfree 777さんの最後の一文はとても好きです。
しかし、上記他の回答でもありましたが、「生き方なんて個人の幸福でしかない」と仰る方もいました。私はこの感覚が大変多くなってきていると感じています。これは誰かの受け売りでもなく、日々感じていることです。例えば、コンビニでの買い物、飲食店での外食、電車の中など、そんな中でも見かけることです。信じられないことを主張し、些細なことで怒ってしまうなどというような。特に接客業をやられている方はよくわかるのではないかと思います。
このような「自分さえよければ」という感覚が引き起こす様々なことが、国民一人一人が社会に魅力を見出せず、あきらめのような、ネガティブなイメージの根幹なのではないかと思いました。

別に教育によって武士道を教え込むということではありません。じゃあ、どうやるのか?と問われれば、私もまだわかりません。「政治に武士道を」という主張ではなく、国民一人一人がお互いを思う何かを持ち続け、その中から生まれる政治家であって欲しいという主張です。
私が考える武士道は単純にいえば、「人への思いやり」のようなもので、まさにそれは、free 777さんがいった「生活、習俗、他者との生活の中で、日本人が学んで、形成されていった物」であると思うのです。

確かに、精神論ばかり並べても何の解決にもなりませんが・・・

この度は貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/03 10:15

返信拝見いたしました。



>グローバル化だ西洋だというよりも、日本人には元々世界に誇れる道徳観があった、そしてそれを元にお互いを思い生活していたという、理想論、精神論といわれればそれまでですが、そういったものがあるというのを一人一人が気づくだけでも、変わってくるのではないかと思ったのです。
それが武士道ではないか、と。
とても抽象的な話で、現実的ではないかもしれませんね。


以前教育委員を務めていた将棋の米長名人が園遊会で日本中の学校に国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございますというようなことを言ったときに
強制になるということでないことが望ましいですね
と陛下が返されるのがテレビで放映されました。
そういう言葉を政治家の皆さんは心に留めることなく軽く受け流してでもいるのでしょうかね?
平沼さんの武士道を使って変えていこうとするもそうですが
安倍元首相の美しい国。日本というのも政治的にはそのやり方は自然に人の心にそういうものを生起させるような社会にしていこうとするより憲法改訂から入って行こうとします。

>国民一人一人が自分たちをお互いを思い、真剣に考えるきっかけが欲しいです。

悲観しすぎでしょうかと貴方にいわせ、居ても立っても居られないくらいに真剣に考えるきっかけとなるよう
少なくとも今の民主党は問題提起はしているという風にも考えられます。
適当なころを見計らって第三軸を立ち上げキャスティングボートを握って漁夫の利を得ようと狙っているようなスケベ根性なのもいるようだけれども。
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この回答へのお礼

重ねてのご意見ありがとうございました。

ke-twoさんのいうとおり、「美しい国」なんてのは本当に迷走してた感がありますね。私も「武士道」なんて聞こえの良い精神論を言うだけでは意見そのものが迷走してしまうと感じています。

私も政権交代に期待しながらも、不安な点も多々見えてきてしまいます。しかし、この選挙をきっかけに国民の意識も変わっていき、少しでも良いものになるといいですね。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/03 10:39

横からの割り込み回答失礼いたします。



>でもそれは、生活、習俗、他者との生活の中で、日本人が学んで、形成されていった物だったと思います。政府が教育基本法、憲法を改正すれば解決するものでもない。

同じように思っています。
武士道を持ち出すことも教育基本法を持ち出すことも憲法改正を持ち出すことも
考え方は共通している。

そういうことを持ち出すことによって形成されることが期待されるだろうもの
を形成する基盤自体が今崩壊してしまっているということなのだと思います。
それは
社会保障制度も少子化対策も教育に関することも
その他諸々の日本の抱える諸々の問題を総合的に解決させ収束していくような国の姿にする過程において
それぞれの人の心の中で自ずから育まれていくようなものであると捉えています。
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 ふーむ、あなたの物の考えが、その評価が、自分の物ではなく、自分で確かめたものでなく、人からの言いなりの様に思えます。


治療法として、デカルトの方法序説を読んだほうが良い。
それには、物の考える方法が書いてあります。
もう一度、デカルトに習って物を見直しては如何ですか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

確かに、すばらしい考えを伝えたい、見つけた!なんて思っていても、それは単純な抽象論、理想論にすぎなかったり、そもそも論点がずれていたり・・・。
結局、人の受け売りであったり・・。

身につまされる思いです。
最近になって教養の無さを自覚し、本を読んでこなかった後悔にさいなまれています。
デカルトなどはとっつきにくいところがあったのですが、これを機に手を伸ばしてみたいと思います・・・。

貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/28 15:25

何でも道(トウ)にしてしまうのが日本人の特徴といえるかもしれないですが


その中の一つに過ぎない武士道を以って日本人の精神性の基盤に据えてしまうというのは如何なものか。
武士道の起源をたどり下世話に言えば軍人の心構えみたいなもので
それを日本人全体に植え付けるようとするのは恣意的に過ぎる。
日本人の精神性が道(トウ)の一つである武士道をも形成したということでしかなく
その根底に流れるものがどこから培われてきたものであるかを洞察できなければ
部分しか言い表わしていないということになってしまいます。
それ故に政治家の平沼赳夫氏とかそれを支援している櫻井氏とかは武士道が好きなようですが敗戦の怨念を背負って時代錯誤してるようにしか映らない。
第三極としての支柱としては今一つ何か大切なものが欠けているものがあり天の時、地の利を得て飛翔するには力強い生命力が感じられない。
それは今の自民党にも言えることで
アメリカに追随し龍の頭のことばかり考え生命体としての龍の尻尾の精神性を養わない政治になってしまったから
新生の天の時を得ても龍蛇無鱗どころか徹頭徹尾でないから竜頭蛇尾となる。
レーガン・中曽根ラインに始まり小泉・安倍・福田・麻生内閣で自民党が歩んできた路線の終焉を迎える。
茶番劇なのに感極まって、やってる本人はウルウルきても見ている大衆は今までやってきたことを思い
画竜点睛を欠いると映るから人の心に響くものがない。
西洋で凶兆とされるものは東洋では吉兆であったりする。
天地人の時を得て世界に蔓延った八岐大蛇は勢いを失い在るべきところに帰るという世界のひな型的象徴政治劇。
その意味からすると今は自民党が下野して政権が変わるのがシナリオとなるだろう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

他の回答者様の意見も聞きながら、政治を精神性うんぬんで語ってしまうのは少し安易であったと感じています。ke-twoさんの言う通り、今の政治家で武士道なんて言ってしまう人を引き合いに出されると、私も辟易してしまいます。

今の政治、国の元凶は国民の無関心にあるとよく言われます。その国民を代表する人を選んだ場合、それは政治家には向かないし、現にそのような人では政治家になれないし、なっていないでしょう。結局、現在の情勢で政治家になろうとする人物は突出した思想と傲慢なまでの空気の読めなさというか、国民の意識とは乖離したような政治家しか生まれない構造になってしまっていると思いました。
グローバル化だ西洋だというよりも、日本人には元々世界に誇れる道徳観があった、そしてそれを元にお互いを思い生活していたという、理想論、精神論といわれればそれまでですが、そういったものがあるというのを一人一人が気づくだけでも、変わってくるのではないかと思ったのです。
それが武士道ではないか、と。
とても抽象的な話で、現実的ではないかもしれませんね。

私も政権交代は必要であると思います。
民主党には期待する部分はあります。しかし・・・
話はずれますが、
なぜ、民主党が政権交代を目前としたこの時期に外国人参政権などのような賛否両論を巻き起こす重要な法案を挙げるのか、理解に苦しみます。
しかも、日本の未来を左右しかねないこの重要事項に対する報道の少なさ・・・
どこの国でも暗部といった部分はあるかもしれませんが、日本の政治のなかには日本人の意思とは違ったものが動いてしまう構造が大きくあるようにしか思えません。

悲観しすぎでしょうか?

国民一人一人が自分たちをお互いを思い、真剣に考えるきっかけが欲しいです。

この度は貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/28 15:16

金持ちの子が駄目になることは間々あることで、急激な経済発展は、長続きせずやがては国を駄目にします。

政治家さえも、2世、3世、と世襲化してしまっています。それでも、政権交代が、まだ成される前から、駄目なのではないか、と言っていても何も始まりません。政治家を堕落させれば、国はなおのこと堕落します。棚から牡丹餅のようにいい政治家が湧き出てくるなんてことは滅多に無いと思うので、国民、私たち一人一人の意思を政治に反映して、政治家を育てないと駄目だと思います。
自民党の公約のキーワードは、「反省」「変化」だそうですが、300議席をもつ衆議院の任期期限は4年前から分かっていたのであり、参議院選挙でもレッドカードを出されていた訳であって、今更、この土壇場になって「反省」「変化」と言われても何の説得力もありません。挙句の果てに、一院制を唱えて、国民の意思を反映しづらいシステム作りに腐心している始末。政治不信も仕方が無いですが、かと言って、武士道などと、受動的なある種の宗教じみた方向に国民を教育し逃げても国が良くなるとは思えません。国が実際に駄目になり、国内における戦いという修羅場をくぐっていくことで、国も成長するのかもしれませんし、魔法の薬を探さずに焦らずに経験をつんでいくことが大切なのではないかと思います。日本以外の先進各国では、国内での戦いをたくさん経験していますが、日本は、あまりにも、国内での戦いが行われていなさ過ぎる国。この辺は戦前と全く同じで、末期に至っても、自ら立ち上がって戦おうとしないのは国民性なのかとも思ってしまいます。

参考URL:http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/ne …
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この回答へのお礼

okwebquietさんの言った現在の政治に対する問題意識は共通していると思いました。政治家を不信になるともに、それをよしとしている国民、日本に対しても疑問を持ちながらも、こういったネットや雑談などで議論するに終止するだけで、具体的な方法を持ち得ないという状況な気がします。

ただ、武士道を宗教じみたというくくりで投げてしまうのは間違いです。武士道はもともと日本人が持っていた道徳観に近いものです。凄く簡単に言ってしまえば、「相手を敬う」や「恥」、「生き方」や「礼儀」などです。安易にいってしまえば道徳です。

西洋中心とした主に先進国が何を持って道徳を説いたかというと、それは宗教です。しかし、日本においては宗教とは離れた部分において、道徳観を養ったといわれています。それが「武士道」である、と。

昔、日本に来た外国の人が驚いたそうです。
「宗教教育がない日本はどうやって道徳教育を授けるのか?」
ある人の出した結論が「武士道」である、という話があります。
この人物が新渡戸稲造です。

私も影響されている部分が多いと思いますが、この人の「日本人には武士道がある」という言葉を聞いて、単純に、嬉しかったのです。

ヨーロッパやアメリカから教えてもらわずとも、元々私たちは世界的に見ても優秀と言える道徳観を培い、持っていたんだと感じ、嬉しかったのです。
一人一人がそれに気づくだけでも、大きく変わるきっかけになるのではないかと思いました。

この度は貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/26 16:56

武士道は悪くないのですけど、大将は動かずに勝つ。

と家康さんが言ったんですけど・・・・。
幕末のリーダーと言えば毛利敬親かな。
そうせい候と言われて優柔不断に見えるけど、これこそが日本のリーダー像じゃないのかな。

ところで、武士道と言えば新渡戸稲造さんなのですけどね。
http://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/57.html
これでもどうぞ。
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この回答へのお礼

私はリーダー像を説いているわけでないです。
国民ひとりひとりの中で少しずつ変わることで、良い政治家、良い政治になってほしいというようなことを書きたかったのですが・・・
私の質問は少しわかりにくく誤解をあたえる部分があったと反省しています。

まさに新渡戸稲造の書いた「武士道」に影響されたのは間違いないです。
でも、jamiruさんの挙げてくれた話は知りませんでした。とても興味深く読ませていただきました。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/24 15:17

それはカリスマ待望論ですね。

精神性に何かを求めたって、エネルギーも資源も食料もなければ、何も出来ないので、それは滅びです。せいぜい滅びの美学を追究する自殺論にしかならないでしょう。

もう10年近く前になりますが、国民を先導したカリスマ総理が誕生しました。その後その方は下記リンクのようなトンデモな改革ポスターを国民に宣伝し、国民もそれを鵜呑みにしてその総理を応援しました。
http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2005_seisaku/120 …
当時、こんな嘘八百の広告を多くの日本国民は鵜呑みにしていた訳ですから、郵政選挙ってすごいですね。カリスマの凄さ、小泉純一郎の凄さですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

ここは政治のカテゴリーで、政治に限定されてしまうので、ちょっと伝わりきれてない部分があったと感じています。でも、カリスマ待望論という指摘は間違ってないです。精神性を主張しすぎると安易にそのようにみえる人物に傾倒してしまい、冷静に動向を見ることができなくなり、結果、id_systemさんの言ったことが起きてしまう恐れもありますね。

私もid_systemさんの言う通り、小泉純一郎の本性というか思惑、まだはっきりわかりませんが、なんだか怪しく思えてきています。私はもともと支持したときはありません。小泉チルドレンなんてバカじゃないのと思っていましたが、「小泉は凄い」なんて思ってしまう部分も当時はあったかもしれません。
でも、未だに街頭インタビューなどで「首相にふさわしいのは?」という質問に「小泉純一郎」と答える人の多いこと。こればかりは唖然としてしまいました。
精神性を主張しすぎると危ないという例の一つでしょうか。
それとも他の回答者が指摘した無知ゆえでしょうか。

でもいっておきたいのは小泉純一郎と武士道は共通点はありませんよ。いってみれば彼は逆で、「武士の風上にもおけない」という部類じゃないでしょうか。

この度は、貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/23 20:28

マスコミに散々叩かれまくりの・・


 大阪府 橋下知事
   結果 大阪の財政を建て直し
マスコミから高評価の
 大阪市 平松市長
   結果 大阪市は史上最大の赤字をだし財政再建団体入り

一番悪いのは ちゃんと評価しないマスコミです
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 私からすれば、ちょっと抽象的で感情論の産物にすぎない意見ですねぇ



>オバマ大統領を見ていると、アメリカがとてもうらやましいと思ってしまいます。リーダーシップと能力、どれをとっても日本の総理大臣、政治家では見劣りしてしまいませんか?

本当にオバマ大統領のリーダーシップがあると思うのは、大統領制度という政治システムの産物でしかなくて、オバマという個人の資質とは思えませんねぇ・・・
日本が首相公選制度を採用し、三権分立を改定すれば、オバマ大統領みたいな行政職のリーダーシップは発揮できなくもありませんが、アメリカ大統領だって、官僚の傀儡ですからねぇ(ジョージタウン大学あたりの)
 大統領直轄の政治諮問機関の権力が強いといっても、シンクタンク程度のものですし。
 いわゆる『隣の芝生は青い』の部類の話としか思えませんねぇ

>現在は政権交代を目前にした明治維新以来の歴史的瞬間(中略)現存する政治家にそれを背負うだけの器量のある人物がいるでしょうか?政党の決起集会のようなものを見ていても馬鹿な喜劇にしか見えません。政治家全てが時代遅れ、無知、無能、に思えてしまいます。
これは私の無知、無能がゆえの政治家に対する過小評価でしょうか。

おそらく理解していると思いますが、貴方よりは利発・聡明な政治家もしくは、その支援者が控えていますので、相対論としては、程度が低いというのは断定できませんねぇ
 ただし、私の主観ですが、立法府政治家なんぞよりも、行政・司法現場は優秀でしょうねぇ。
 無知・無能というのも程度論としか言いようがありませんが、個人的には明治維新ってそんなに凄い政治家が出たのか?という部分からして疑問ですねぇ。
 そういう意味では、明治維新を取りだしているレベルで日本人のセンスの無さを感じますね。

>現在の私たち、日本人はどんな国、国民でありたいでしょうか。

その国家・国民としての長期展望・戦略がないのが致命的なんですけどねぇ。例えば、個人の人生設計なんて大学生になっても立案できないようではねぇ。
 政治だって同じで政治哲学・政治戦略も思慮せずに、政治公約だけ見るような有権者は無知だと思いますよ。戦略は戦術に従属するにも関わらず、戦術で戦略を変えようという発想はナンセンスですしねぇ

>しかし、「日本を宗教で一致団結!」と聞くと良いイメージが湧かないのが事実ではないでしょうか。

興味ありませんねぇ。むしろ”無宗教という宗教”で日本が出来上がっているとしか思えませんので・・・

>現在はわかりずらくなっていますが、「武士道」である、と。

精神論は結構ですけど、武士道ってなんですか?と問答するとみんな簡単に崩壊するんですよねぇ。
武士道って支配者都合の倫理ですからねぇ。例えば、武士階級の倫理を庶民に該当させることのバランスとか考慮してないでしょうし。
ある保守系の人に教えてあげたことがあるんですが、武士道と騎士道の相違点なんか考えたこともないでしょ?だから、プって感じですね。
武士道みたいな倫理観がある日本人が支配的になれば、支配者の堕落に帰結するだけでしょうしw

>皆さんは現存の国、政治家、国民、日本を憂うとともに、私たちの国、国民にどのような理想をいだきますか?

憂いませんねぇ。自然な人類の営みであって、栄枯盛衰は理ですし、子孫の国富を前倒しで確保した我々世代が恨まれるだけでしょう。
理想なんか個人の幸福しかありません。国家像で理想を描くならば、中世ジュネーブくらいでしょう
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

bismarks05さんの言うこと、指摘は当たっています。
その辺はわかっているつもりなんですが・・言葉足りずでした。
オバマをそこまで支持しているわけではないですし、言い方がよくなかったですね。政治家が無知、無能なんて言い方も挑発的で横暴だったと反省しています。

「武士道」というと、自分も理解していないのが正直なところです。
精神論を言い出すとキリがないですが、武士のようになれ、仁義だ、自己犠牲だといっているわけではなく、単純にいうと人を思う気持ちです。そして人を思う中で自分を思う気持ちです。それが「恥」につながっていくと思っています。
はっきり言って武士道と騎士道の違いなんてどうでもいいのです。

「理想なんか個人の幸福しかありません」というのもわかります。
私も幸福になりたい(幸福の概念はおいといて)。

でも、「理想なんか個人の幸福」という人ばかりの世界が幸福であるとはとても思えません。
私はbismarks05さんのように強くはないのかもしれませんね。

この度は、貴重なご意見ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/23 11:21

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