映画では死刑になっていますが
それはA級戦犯だったということでしょうか?

捕虜を殺した罪は死刑に値するのでしょうか?

A、B、Cに関係なく死刑になるのでしょうか?
A級戦犯だけに死刑が出るものだと思っていました。

よろしくお願いします。

A 回答 (7件)

戦後生まれの人びとがあの戦争について何も教えられていないと思っていますが、少なくとも東京裁判とは裁判とゆう名を借りた復讐であった


と理解するべきです。裁判を開くには起訴するための罪状が必要です、しかし戦勝国が敗戦国の軍人を起訴する罪状がありません、そのため東京裁判を開く直前に罪状を作り上げたのが、所謂A,B,C級とゆう罪状です。この時一番問題にされたのが事後法です。その当時でもどこの国でも罪状のない罪で起訴できないで、逮捕した後に作成した罪状では有罪に出来ないことは世界の人々は皆知っていました。復讐劇をしているのでありその罪状で死刑に出来るか出来ないかなど問題ではありません死刑にしたければ死刑判決を出したのです。もともと敗戦国民をリンチにかけようと始めた裁判です、理屈が通って無罪など望むべき裁判ではありません。しかしアメリカが主導するGHQは日本は侵略戦争をした不届きな軍人たちがのさばっていた国だとして正当化してきたものです。このアメリカの歴史認識に同調する者たちが増えこの間の田母神空漠長解任事件にまで発展している。つまり日本は侵略戦争などしていない日本は良い国などとゆうとアメリカに喧嘩を売るようになると考える日本人が冷戦崩壊後に多くなったと言われているそうです。東京裁判とはそのようなものであり勝者が敗者に行った復讐劇と捉えるべきです。アメリカはあのような裁判をしたためにその後の戦争の終結が出来なくなり朝鮮戦争は一時停戦条約だけで戦争終結の条約も結べずいます。またベトナム戦争では実質アメリカの敗戦で終わりましたがこの戦争の戦後条約は締結されていません。東京裁判がいかに悪い先例を作ったかはアメリカもきずいているはずです。もし戦争指導者が敗戦後相手国に捕らえられ処刑されることになると戦争終結の判断するものがいないこととなり悲惨な戦争の始まりと言えます。
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この回答へのお礼

「東京裁判とは裁判とゆう名を借りた復讐であった
と理解するべき」これはわたしも思っていました
ご回答ありがとうございます。。

お礼日時:2009/08/30 22:08

ちなみに、『BC級裁判』(林博史:岩波新書)によれば、二等兵で死刑にされた人物は存在しないそうです。


兵長以下の階級で起訴された者は全体の一割以下で、これは連合国側としても、末端の兵士は上官の命令に従ってもらわないと困るという事情によるそうです。

原作・ドラマ共に、「実態以上に不当な裁判だった」というプロパガンダが、ある程度含まれている点は留意が必要でしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/30 01:06

ABCとは罪の重さを指すものではありません(他の方が既述)



横浜法廷では、二種類の裁判が実施されました。
1:捕虜収容所内での捕虜虐待事件
2:捕縛されたB29搭乗員処刑事件

中居くんのケースは2の方になります。
横浜では100人ほどが死刑になったのですが、ほとんどが1で、2の方で死刑になったのは11名しかいません。この内8名が海軍で、それも僅か2件のケースだけです。残り3名は岡田東海軍司令官(東海軍事件)、満淵大尉(武士道事件)、本川中尉(一ツ橋事件)です。11名中兵隊は一人もいません。

1のケースも文化の違いや被害者側関係者の帰国、東京裁判での証拠固めが遠因といえるものが多いのです。最大の刑死者を出した東京俘虜収容所第四分所(8名死刑)は、60人の捕虜がインフルエンザで死んだのですがそれが捕虜虐待となったのです。この中の衛生兵は捕虜からも仏の衛生兵と呼ばれる人でした。元捕虜は彼が死刑になっていた事は知らなかったそうです。看守も全員傷痍軍人(戦争で重傷を負い、一般生活に支障をきたしていた元兵士)で、暴力行為が出来るような人ではありませんでした。44年のクリスマスで捕虜と和気藹々としている衛生兵の写真を見ると可哀相でなりません。
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この回答へのお礼

そうなんですか。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/23 09:17

 A・B・C級の呼称は既回答のとおり、犯罪の種類によっていました。

もちろん重複して罪に問われることもありました。

 A級の「平和に対する罪」平和な世界に対して侵略戦争を仕掛けたという罪ですから、当時の軍人や政治家など戦争指導者が対象となり、極東軍事裁判の場合、元首相、外相、海軍大臣などが訴追されたわけです。

 B級は「通常の戦争犯罪」人を裁くもので戦時下における捕虜虐待や非戦闘員に対する犯罪で、極東軍事裁判ではいわゆる南京虐殺事件が採り上げられ当時の軍司令官が訴追されました。『私は貝になりたい』の主人公は俘虜管理の任務にあり、これによりB級戦争犯罪に問われました。

 C級は「人道に対する戦争犯罪」は、戦時下だけでなく平時における犯罪を含め、対象も敵国人のほか自国民を含めているところに特徴があります。これはナチスが戦争前から行なっていたドイツ国内のユダヤ人迫害を念頭に置いたものです。たとえば現在、日本軍が朝鮮半島出身の女性たちを「従軍慰安婦」として強制連行したといわれていますが、この件でC級戦犯に問われた事例はありませんでした。

 B・C級はともに戦争犯罪という点で重なる部分が多く、「A級戦犯」に対して「B・C級戦犯」と呼ばれるわけです。
  
 しかし、B・C級戦犯裁判も実態は政治的作為に満ちた報復裁判であって、たとえばイギリス軍の裁判では、映画「戦場に架ける橋」で有名な捕虜虐待を連想するのですが、実際に起訴された被告の約三分の二は現地民間人に対する犯罪を問われ、捕虜に対する犯罪で裁かれたのは約四分の一でした。オランダ軍の場合も同じく現地人ゲリラ事件をとりあげたものが殆どで、判決もイギリス以上に過酷なものでした。これは植民地支配者として君臨するために現地民に温情を見せ付けたものにほかなりません。
 
 次にB・C級戦犯についてよく誤解されますが、対象はなにも中級以下の将校や兵隊だけではなく、処刑されたなかには方面軍司令官(陸軍大将や中将)、軍司令官・師団長・軍参謀長(陸軍中将・少将)、根拠地司令官(海軍中将)など将軍クラスが50名近く、連隊長など大佐・中佐クラスでは70名近くもいましたし、軍政官や司政官らもいました。

 また、日本政府は南方各地で開かれた軍事裁判に対して、可能な限りの弁護団を派遣し、日本人弁護士による弁護が行なわれています。ただし、言語の問題、さらに弁護のための資料収集などが出来るはずもなく上告することも出来ない(嘆願のみ可能)という軍事裁判の特質など、充分な弁護が出来るほずがありませんでした。

 ある戦犯死刑囚が残した遺書にはまさに戦犯裁判の実態を知ることが出来ます。「神に誓って、正義人道のため、公正なる裁判であると宣言するも現実は飽迄不公正にして復讐以外の何物でもなく勝者が正義である敗者が不正義である。告発が百%の効力を有しそれによって運命の決する法廷にて私が如何に当時の状況を叫び如何に真実を話してもきき入れられず‥‥」(『世紀の遺書』巣鴨遺書編纂会 53年 739頁)

資料=『戦犯裁判の実相(復刻版)』巣鴨法務委員会編 槇書房 86年


  
 

 
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この回答へのお礼

詳しいご説明ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/23 09:15

橋本忍脚色のテレビドラマ、映画の主人公・清水豊松二等兵は(フランキー堺、所ジョージ、中居正弘)


は、戦時中、捕虜のB29搭乗員を、命令により銃剣で刺殺した件で、
米軍の第八軍横浜軍事法廷で、B級戦犯(元来の戦時国際法違反の戦争犯罪人)
として有罪、死刑。捕虜や無抵抗非武装の市民など
非戦闘員を殺害することは、戦時殺人罪。死刑が多い。


原作者、加藤哲太郎中尉は、、新潟の東京捕虜収容所第五分所長当時、
二度も脱走未遂を犯した捕虜を銃剣で死刑とした件が、
捕虜虐待殺人と見なされ、米軍の第八軍横浜軍事法廷で、B級戦犯(元来の戦時国際法違反の戦争犯罪人)
として有罪、死刑判決。
しかし、彼に好意的な捕虜などの証言を集め再審請求され、
戦犯裁判としては異例な、マッカーサー元帥の指示で
再審行われ、改めて終身刑の判決が下され、即日禁固三十年に減刑された。1958年、残余の刑を免除され、出所した。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/23 00:53

本当は調べればわかるような気もするけど, 「捕虜に対する虐待」なら B項違反, いわゆる「B級戦犯」になります.


A/B/C級の区別は「罪の重さ」ではなく「その内容」によります. A級は「平和に対する罪」で端的にいえば「戦争をふっかけちゃった」という罪. B級が「通常の戦争犯罪」で, 捕虜虐待や非戦闘員に対する戦闘など, 他国の人間に対する戦争犯罪は全てここに含まれます. 最後に C級は「自国民に対する戦争犯罪」で, ナチスの「ユダヤ人虐殺」はここに入ります... というか, それまでは「自国民に対する戦争犯罪」って考えてなかったんだよね.
ちなみに東京裁判では A級戦犯の多くで B級としても訴追されています. で, A級だけで訴追された人には (いろいろあって) 死刑はでてないんじゃないかな. これは調べればわかるはずです.
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この回答へのお礼

Bなのですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/23 00:53

非常に多いのですが、東京裁判でいう、戦犯のA,B,Cというのは


等級のことではなく、A条項(平和への罪など)、
B条項(通例の戦争犯罪者)、C条項(人道に対する罪)という、
罪状の違いなのです。だからAが重い刑罰ということではないのです。
基本的なことなので、是非、覚えておきましょう。

死刑判決がでたのは、圧倒的にBC級戦犯が多いです。
A級戦犯は、政府の官僚や政治家、陸軍、海軍の要人が主で
昭和天皇へ追求が及ばないで、かつ東京裁判を迅速に終結させたいという
日米の思惑によって、非常に数が少なく、死刑判決後も減刑になってひとが少なくないです。
完全に政治的な作為ある裁判だったのがA級戦犯の裁判。

一方で、BC級戦犯は、いわゆる戦争犯罪者が罰せられたのですが、
陸海軍や政府が戦犯として追及された中級以下の軍人に対する弁護や
支援を十分にせず、見捨てたので、起訴件数は2,244件、5,700名が起訴されるなど、
数が、A級とは三桁違う。
最終的に死刑判決が約千名といういわれており、もう完全にスケープゴート状態です。
日本はあくまでも下の人間に責任を押し付け、組織の関与を明らかにしませんでした。
それが日本的体質というやつで、
「私は貝になりたい」はフィクションではありますが、あの中でもそうでしがたが、命令を受けて実行しただけでも
日本側が責任逃れのために、命令者の存在を立証しないことによって、
実行者が全責任を背負って裁かれたという悲劇を、起こったわけです。
こういう例は、かなりあって、旧日本軍関係者に対する遺族の恨みもかなりあります。
日本の裏切りによってBC級戦犯として罪を負った人々いたこともおぼえておくべきでしょう。
「私は貝に・・・」をみて連合軍の一方的断罪が結果と誤解する人もいますが、実際は逆。日本兵は戦中も戦後も見捨てられたというわけ。
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この回答へのお礼

勉強不足でスイマセン。
覚えます。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/23 00:53

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