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多いのでしょうか?
最近、聖徳太子や仁徳天皇陵が教科書から変更されて記述されると聞きましたが本当でしょうか?

A 回答 (3件)

聖徳太子:官位や十七条憲法など、太子の生きた時代よりも後に輸入された用語が含まれているものが多いため、


これらは後世の事業を太子の業績として太子の権威を上げるために利用されたという歴史評価が主流になっているようです。
ただ、だからといって諡号(しごう)である聖徳太子という名前を
「生きている間にその名を名乗った人はいないから、聖徳太子という呼び名は適切ではない」
などというのは暴論ですね。
ならば推古天皇は額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)と呼ばないといけないし昭和天皇も裕仁と呼ばないといけないことになりますね。
諡号を贈られた背景を理解する上でも諡号は維持すべきと考えます。

仁徳天皇陵も然り。
結局のところ1500年も前の人の墓なので比定は困難ですが、
そもそも(少なくとも名目上は)末裔が未だに生きている個人の墓を暴くのは必ずしも適切な判断とは考えられません。
それを否定して学術的判断を先行させると、それまで信頼・信仰していた人々の行動が単なる愚行としか映らなくなります。

例えば今上天皇は即位の後に奈良などの古墳に参拝、つまり自分の家系の始祖に報告をしていますが、
ぶっちゃけて言えばその古墳は誰の墓なのかわからんわけです。
それでも報告として参拝出来るのは、「陛下が、そしてその他の民衆がそれを信じているから」です。
悪く言うと「鰯の頭も信心」というやつでしょうが、礼拝するという形式とそれを続ける心こそに伝統と価値があるものと考えます。
純粋に近代的学術的調査のみに偏るとそういった人々が重ねた伝統を踏みにじる可能性もあります。
そもそも現代の学術調査が本当に正しいのかどうかわかりませんし。
(No.2の方が旧石器時代の遺跡ねつ造を例に挙げられていますね)
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多いですよ。


昔は弥生時代の代表的遺跡は登呂遺跡でしたが、現在は吉野ヶ里遺跡です。
仁徳天皇陵は、「仁徳天皇の墓」という根拠に乏しいため「伝・仁徳天皇陵」「仁徳天皇陵古墳」「大仙陵古墳」などという名称に変わっています。
最大は、小学校の教科書では旧石器時代がまったくなく、いきなり縄文時代から始まります。(捏造事件はあったものの後期旧石器が存在していたことは間違いないのに)
鎌倉幕府の成立年も1192年ではないとか。
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私は大分昔に義務教育をうけたんで、、、大分変わっているようです^^;



聖徳太子については、その画(福沢先生の前の一万円に使われてたましたね)が、時代的な考証とあわないということで、偽物とされ、最近は教科書に載っていないようです。あと足利尊氏とされていた馬に乗った絵も、尊氏の執事の高帥直らしいということになっているらしい^^

天皇陵については、昔から疑義が多くだされており、明確に法がないにも拘らず、宮内省が勝手に立ち入り禁止にしているのは、明らかな憲法違反なのですが、学者が暴れないので、まったく学術調査がおこなわれていません。これが、解禁されれば、日本の古代史、いわゆる失われた4世紀については相当な進展が見込まれ、邪馬台国問題もイッキに解決するでしょう^^

おそらく、天皇家が朝鮮系だということが明白になることを嫌ってるのでしょうが、そのことに関しては、あの嘘っぱちのかたまりのような「日本書紀」を普通に読めば、それ以外の結論はでないので、何を考えてるのかわかりませんが、、、まあ、日米密約と一緒で、明確になっても、そんなことはないと言えばいいと思ってるのは官僚だけっていう図式ですかねえ^^
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