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日本に無条件降伏を迫るポツダム宣言が出たのは7月26日です。
以後、「国体」がどうのこうのと、議論が続きましたが、
戦争指導者の間で
敗戦後のわが国をいかに復興するかという議論がなされたことはあるのでしょうか。
それとも、とにかく「国体護持」だけしておけば、なんとかなるという考えだけだったのでしょうか。

ドイツでは、敗戦濃厚となった時点で、政府は国土を復興するには若い力が必要であるから、若人の命を大切にしようという方針で、さっさと降伏したと聞きました。
また、情報機関が集めたソ連に関する情報は、終戦後、英米との賠償交渉の取引材料としてきわめて価値が高いので、大切に保管しておいたそうです。

ドイツの話の真偽はともかく、わが国ではどうだったのでしょうか。
よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

上位の戦争指導者においては、「国体護持」もしくは自己の保身から殆ど戦後についての言及は無かったと思います。



只、中位の指導層は負ける事を前提に、以後の事を考えていました。

沖縄戦に於ける添付資料の最後段にある様に、自決した少将も後世に言及していますし、若い人に無駄死にを避ける様説した将校も居たとの例も残っています。
一方、我欲に駆られて軍需物資を掠めて戻り、戦後の「復興?」に甘い汁を吸った中位の指導者もありました。

初めての無条件降伏(=先行きは相手任せ)と言う経験ですので、経験者である他国よりは、良い話は少なくて当然かも知れませんが・・。

参考URL:http://www.geocities.jp/sybrma/55ootashireikanno …
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この回答へのお礼

ポツダム宣言を受諾するか否かを議論した戦争指導者たちの多くの発言を知りましたが、私の知る限り、敗戦後の日本国の再建には「天皇制の継続」の意見ばかりです。
それも表向きで、裏ではわが身の保身と利権だと、東郷外相の手記には書いてあるそうです。
そこで、日本にとって「何かいい話」はないかという意味で質問しましたが、生死の境の戦場にいる司令官や師団長クラスでは「良い話」もあるようですね。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/01/15 08:58

何か勘違いしているみたいなのですが、日本も特攻は中止していますし、実施中も体当たり部隊にそれほど戦力を割いていません。


それは「対爆撃機相手の特攻」は効果が薄いという判定を受けたからであり、効果の有る無しの問題です。
ドイツも同じ理由で中止されたのであり、若者が可愛いからなんて意味不明な理由じゃありません。

>ドイツでは、敗戦濃厚となった時点で、政府は国土を復興するには若い力が必要であるから、若人の命を大切にしようという方針で、さっさと降伏したと聞きました。
15歳以上を国民突撃隊に動員したり、ルール工業地帯が包囲され、首都ベルリンが陥落するまで戦ったドイツより、本土決戦やらなかった日本の方がまだしっくり来る文章のように感じます。
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この回答へのお礼

ドイツの事情は、よく解りました。
ドイツの不確かな例を質問に付加したために、質問の主旨がぼやけてしまいました。
主旨は「敗戦後のわが国をいかに復興するかという議論がなされたことはあるのでしょうか。」

「敗戦間際の戦争よりも戦後復興を考え、若い人材を残した」というフレーズは鮮明に覚えているので、いつ頃、どのような状況での発言なのか、再度調べてみます。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/01/15 09:00

ベルリン陥落まで戦ったのが『さっさと降伏』???


日本に置き直すと、関東以北をソ連に占領された上に首都で大激戦を行い、静岡以西は米英連合軍と大激戦の上に占領されたような状態です。

この回答への補足

ご指摘に感謝します。
5年前の読書メモを再読しますと、
「ドイツは特攻禁止。敗戦間際の戦争よりも戦後復興を考え、若い人材を残した」
「膨大なソ連資料を保存して、戦後、アメリカとの取引材料にしている」
とメモっていました。
抜書きなので前後の文脈も発言者も不明です。
質問は、メモの内容を正確に書くべきでした。

補足日時:2010/01/13 13:33
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