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来週、義母の七回忌があります。
私は小規模に庵女さんだけをお呼びしてと思っておりましたが、主人が方丈さんに最初にお願いしてしまいました。
知り合い、親戚に聞くと菩提寺ではないお寺で一括法要してもらったとか、菩提寺の一括法要だったとか、庵女さんだけお願いしたとか、方丈さんもよぶなんてご丁寧だねーとか、二人お呼びするものさーとか、いろいろだということが分かりました。
要するに何だかんだ言ってもお金の問題だと、お呼びしたいけどお金かかるし、まず生きている自分たちの生活が第一だという人もいました。
お布施はずばり金額を言うのはどうかと思いますが、主人は方丈さん10万、庵女さん5万と。私はびっくり仰天して泣き出してしまいました。
半年前まで主人のお給料は25%カット!ボーナスは3回連続ゼロ!まさかこんな貧乏状態に立たされるとは、と思ったくらいです。子供は6歳、4歳、1歳。義父はおりますが施設で暮らしており相当お金がかかります。そんなとても余裕のある暮らしとは言えない我が家です。
ネットで相場など調べると2万から7万。「負担にならない程度で」「そのうちの経済状態にあった金額でよい」とも書いてあり、なんとか主人に方丈さん5万、庵女さん2万にしてもらいました。
今日、「分からないことは庵女さんに何でも聞きなさい、後で恥をかくよりまし」との親戚の教えからいろいろ電話で庵女さんにお聞きしました。その時にお布施のことも聞きなさいと言われたので、もし決定金額より高かったらとの不安もありましたが、お聞きしてみたら、「方丈さんは10万、私も5万はもらわないと」、と言われてしまいました。
お経を読んでもらう代金ではないとは聞いても、やはり驚かずにはいられません。聞いてしまったらあとにはもう戻れませんよね・・・。
聞いてしまったのにうちの経済状況にあわせて5万、2万にするのはだめですよね??
あとで「聞かれたから言ったのに」と思われますよね?
よくネットの相場がのってますが、それは一人呼びなんですよね?方丈さんお一人でということですか?
うちの長野でお寺さんは曹洞宗です。
お寺さん、曹洞宗にお詳しい方、ご回答いただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。

A 回答 (6件)

「分割払い」という身も蓋もない言い方をしましたが、言い換えると、お金を払える人が払えるだけ払って、払った人が、ほかの人に対して、あの人は相場より少なくしか払っていない等、別に何も不愉快に思っていない…ということとも考えられます。



お賽銭、私は一万円、あの人は5円はけしからんとかないような気がします。

宗教に対してこういう喩えはまたまた不遜なのかもしれませんが、たとえば、同窓会に出て、一応会費は1年間千円なのだけれでも、収支報告を見ると、ちょっと苦しそうなので、今日は一万円払っておく、まあ、10年分と言うことで…ということは大変によくあることと思います。半強制とかではなくて。飲み会はでたい人がでる。50歳代のときにはでなかったが60歳代になったらでた、ちょっと多めに払って、それで全体で収支があっていれば良いじゃないか…ということは普通な気がします。20歳代から皆勤賞の人ももちろんいて良いですが。年会費払ってませんよ、除名しますよとか、ならないでしょう。

(お寺のお墓の管理料は払った方が良いと思いますが)。

ましてや本件は単なる勘違いというか、後から予算オーバーに気がついたという単なるミスにすぎません。

次に「信仰心」ですが、お金を出したら信仰心が厚いということもないと思います。内村鑑三さんでしたか、確か、うろ覚えですが、キリスト者にはなりたくなくて、なりたくなくて、いやでいやで仕方がなかったはずです。というのは、たとえば、イエスのように生きよとなると、考えようによっては、家族を捨て、財産を捨て……となるわけで、普通、やだなぁ~となるはずです。けれども、きちゃったんですね。向こうから…。何か聖書にそういうエピソードがあったと思いますが、キリスト教を弾圧していたんだけれども天使が来てしまい、最初はキリスト教の信仰どころか弾圧していたけれども、いわば、雷に打たれたというか、拒否しても拒否しても、いうなれば「真理にであってしまって」、確か最後は殉教するくらい、極めつけの信仰心を得た(与えられた)という話があったようにも思います。

これ、考えようなんですが、出会いですよね。向こうから来る。逆に、神様、私に信心を与えてくださいと必死で祈るというのは、誰でも小学生のときに、素直な、魂の叫びとしては思うと思うのですが、誰でも小学生のときに、矛盾しているよなぁ、どうしたら信心は得られるのだろう…というのは、かっこつけずに、本当に正直に言えば、ある意味、永遠の課題(悩み、論理矛盾)ではないでしょうか。

すると、出会いがこなかったらどうなんだろう。それならそれでも幸せ?とも考えられます。

機が熟せば、と思えば、90歳でも、100歳でも、信仰心を賜れば(あちらからくれば、いただければ)良いとも考えられます。

なんにせよ、解決したようで良かったです。(本当の解決はこれからでしょうが…。まあ、それは相手のあること、先様のあることなので…)。

取りようによっては不愉快な書き方になっていたかもしれませんが、決して悪意はありませんでしたが、ご丁寧な返信を賜りありがとうございました。
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No.1への補足もみてくださいとのご要望に対し、



> 他の所では檀家の家の事情まで把握しているのでしょうか?すごいです。

部分にのみ、回答してしまいました。

> ネットはネット、そのお寺の相場があるからと言われてしまいました。

というお悩みもあるのですね。これには回答が漏れましたが、
これは相場というものを質問してそれに対する回答として
「ネットは関係ない」という意味ではそのアドバイスが正しいと思います。

もっと言うと、「そのお寺の相場」も、本件では関係なくて、
予算が一人分だったことに後から気がついたが、
二人に声をかけてしまったという単にミスコミ、過剰発注だけ、
単なる間違いだったので、訂正するだけと思いますが。

ANo.1の方と私のうちは浄土真宗。
ネットでみれば明記されているはずなので誰にでもすぐに分かりますが、
多分仏事で一番レートが高い法名(他宗派で言う戒名)、
西本願寺でも東本願寺でも大人1万円、子ども5千円だと思います
(真宗の帰敬式の冥加金を法名の代金と取るのはもちろん完全な間違いでは
ありますが…)。

寺格を言うなら、西本願寺、東本願寺は、ご本山さまでございます(^0^;)。
北陸の蓮如上人が開かれたお寺とかよりも寺格は上と考えることもできますね。
(まあ、真宗に寺格という発想はないようにも思いますが…)

けれどもたとえば曹洞宗なら曹洞宗で、地元のお寺さんで
よーーーく相談の上、院号つけて、300万円で、
大満足と言う人がいても何もおかしくないですよね。

というか宗派とか、地域とか、寺格とか、相場とか、……
端的に第三者の意見はなーーーんにも、本件には関係ない
と思います。

金額の大小だけにどうしても今は目が向いてしまう、それだけしか
考えられない、困っている…という気持ちは大変よく分かりますが。

ANo.3で言われているように

> 先方に事情を説明した上で、金額の大小にかかわらず誠意を持って接すればどうですか。
ネットとかの情報を頼るよりも、あなた自身の誠意をみせる方が大切ではないですか

に尽きると思います。

いまさら言いにくいのは分かりますが、
それしか論理的に解決方法がないのも事実ですよね。

なんだか知りませんがほかの人に聞いたらいくらくらいのものでしょう
だったので、あらかじめ本人から聞いた金額より少ない額を包むというのは
今後、ますます、気詰まりであって、ものごとの解決ではなく悪化。

質問しちゃったんだからというので、言われた金額を包むのは解決では
ないんですよね?
(これは真宗的な考え方かもしれませんが、仏縁ととらえ、法会を
どうつらまえるのか、自分や家族が、結局、何をしたいのかという
自分の信心の問題であって、金額の多寡ではないと考えたら
そもそも本質的ではない、この機に自分の信心を反省…という
ご質問ではなく、過剰発注で予算オーバーというご質問)

そうすると、どう考えても、もう一度相談するしかないと
思います。過剰発注で、予算オーバーですと。

他人がどうのこうのではなくて、自分の言い間違い、
よくある、単なるミス。

他家も、他宗派も、寺格も、相場も無関係。

単なるよくある言い間違い。

間違いは誰にでもあります。

> たぶん普通一人よびですよね、

普通どうか…ではないと思います。

自分だと思います。

と言われても困るのは分かるんですが、
それしか解決法がないですよね…
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この回答へのお礼

鋭すぎます、痛いとこを突いてます。
そうなんですね、はっと気が付かされました。
先ほどは、日ごろの信仰心の薄さから「一括払い」に納得、って感じでしたが。

「他家も、宗教も、寺格も、ネットの相場も、関係ない」確かにそうですね。
「金額の大小にだけにどうしても目が向いてしまう、それしか考えられない、困っている」まさにそうなのです。
要するに思っていた金額より多かった、予算オーバーなのです。
けれど「信仰心の反省」「一括払い」と考えられなくもないのですが。
信仰心が厚ければこんな相談に乗っていただくことも無かったのでしょうね。

最初の回答の「銀座のコーヒー」の例えも、とても突いていて、はっとさせられました。
とても「いい所を突いている」回答、ありがとうございます。

これから主人とよーく相談してみます。

お礼日時:2010/01/19 23:09

お困りなのは大変よくわかりますが…



No.1さんへのご返信もみてくださいとのことですが、No.1さんも、私も、うちの宗派が、浄土真宗です。

本来のご質問には「関係ない」(そうではなくて、今回のご質問の本質は、庵女さんと、ご質問者との一対一のコミュニケーションだけの話)とは思いますが、一般論で追記しますと、浄土真宗の場合、本当に一般的な話になりますから、今回のご質問には無関係というのが私の気持ちですが、書くと、

まず、教団に所属している、お手次のお寺、所属寺に所属している門徒数が、日本の全宗教団体中ダントツに多いです。

次に、お寺にお参りする頻度が高いです。浄土真宗のお寺は生きている人が法話を聞くためにあるのであってお墓が横に付属していないお寺も多いですが、聞法のために通う場所です。お寺によっては、1年間300回法話があるというお寺もあるかと思います。一回一人千円づつご志納金袋が集まっていったとして、お寺の護持には役だってはいるでしょう(お墓参りだけの人の率が多い宗派の場合、お盆とかお彼岸どかだけ人があつまる。場合によってはお墓の掃除とお参りだけして本堂に立ち寄らないということがあり得ると推定します。)

そしてお参りする門徒の率が高いです。

さらに、浄土真宗の場合、お寺は、「われらのお寺」であるという考え方であると思われます。(お手次のお寺が雨漏りしているというようなことがあった場合、門徒、自分たちの念仏道場、まあ言ってみれば地域のコミュニティーセンタ、日々利用する施設ですから、みんなで直そうとなるのは自然。あるいは、お寺の娘さん、息子さん、次世代の方、宗門の大学に行っていただく学費をみんなで出そうとなるのも自然。)あるいは、今であれば、東西本願寺の平成の大修理ですか、NHKで、何度も放映されているかと思いますが、全国から、あっという間に多額のご志納金が集まっておりますね。人数が多いからだと思います。

そうすると、言い方に語弊はありますが、わかりやすく言ってみれば、お寺の維持費用を、延べ人数で圧倒的な人数で、かつ、日々、分割払いすることによって、みんなが必要と思っている施設、人員を護持していることになるのではないでしょうか。ぶっちゃけな説明で身も蓋もないですが(^0^;)。

そうでもない宗派、地域……の場合、お寺が維持管理できなければ困る(お墓もなくなってしまう)ということは同じですから、一括払い、一発勝負になり、分割払いしていないので、その限られた回数で、ドーンとなってしまうのはやむなし…かと思います。

これは、どちらかがおかしいとか、どちらかが望ましいとか、本来であるとか、良い悪いではないと思います。

日々、お参りして、日頃、はなしているという前提で、お手次のお寺さんが、誰よりも最も、各門徒のご家庭の事情を知っているのが当たり前、という常識となると思いますが、その常識は、浄土真宗以外では必ずしも常識とは言えない可能性もあるかと推察します。

くどいですが、善し悪しではないです。
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この回答へのお礼

長いお返事ありがとうございます。
二回答を同じときに見させていただいたのですが、各々見させていただいてお返事させていただきます。

浄土真宗のことを記していただき参考になりました。
聞いたことがありましたが、お寺は生きている人が法話も聞くためのものなのですね。そしてお寺に参拝する頻度が高く、護持に役立つと。
確かにうちのお寺さんはそういうのないと思います、というか、年に1,2度の行事も失礼させていただいてます。
つまり、うちは信仰心が薄いです。
しかもお墓もお寺にはなく別のところにあるのでお盆にもお彼岸にもお寺さんに行くことはないです。
日ごろ不信心なので「一括払いでもやむなし」なのですね。
ちょっと納得。

同じお寺さんや宗派の方でも、世代や考え方で宗教への考え方やや信仰心に違いが出てくると思います。
この辺りの近所や親戚の信仰心の厚い方は、月命日やお盆、お彼岸などに庵女さんをお呼びしているようですが、団地の方や若い世代の方どうなのでしょう?あまり聞いたことがないようなー、知らないだけかしら?
私自身は41歳ですが、信仰心が薄いです。というと全くお寺さんやご先祖様をなんて思っているんだと思われそうですね。
父は70代ですが、亡くなった娘のお墓参りはこの季節でも2日に1回、寒くない季節ですと用事がなければ毎日お墓参りに行ってはいますが、お寺さんには全く行っていません。
そしてそのお寺さんの修理に最低7万の集金(すみません、なんと言うのか分からなく)があった時には、お金が無いのにと憤慨していたくらいです。
親の7回忌を違うお寺の合同法要でやってしまったという人もいました。
お寺さんへの考え方は本当にそれぞれ。
厚いに越したことはないとは思いますが・・・。

お礼日時:2010/01/19 22:47

 その金額というのは、檀家内での目安の取り決めではないでしょうか


ですから、家庭事情が分からない先方としては「少なくとも…」という返答をしたのではないでしょうか。

 取り決めといっても一つの目安であるので、正直に現在の状況をお話しして、寺院に相談するのが先決でしょう(質問を読んでみると、先方に事情をお話ししていないように思えますが)。
 それとそのお布施の金額というのは、御車料や食事料なども含めた金額ですか? それに十万円というのは二人呼んだ場合ですか。

つまり五万円の内訳が「御布施(法礼)」+「御車料」+「食事料」(十万円の場合はこの二倍)であれば、平均的な金額だと思います

 ですから、先方に事情を説明した上で、金額の大小にかかわらず誠意を持って接すればどうですか。
ネットとかの情報を頼るよりも、あなた自身の誠意をみせる方が大切ではないですか

この回答への補足

「少なくとも・・・」と言われると、これ以下の金額はあり得ませんよって捉えてしまい、どうしようーって感じでした。
ひとつの目安、ですか、そう捕らえると少し楽になり、家庭の事情も話せそうな雰囲気です。

「方丈さんが10万、私(庵女さん)が少なくとも5万」とかという相談に出てきた金額は全て「お布施」のみの金額になります。お斎の席も設けますし、お寺さんにも迎えに行くので「別」です。
10万というのも方丈さん一人の分です。

誠意と言われると、恥ずかしい感じがします。誠意があるなら信仰心が厚ければ、こんな相談をしないと思う気がします・・・。
でもボーナス3回連続なし、半年前まで給料25%カット、少し前まで給料5%カットされた現状は、やはり厳しいので、誠意を持って相談に乗ってもらうのがやはり私の気持ちのためにもいいのか?とまだ迷いますが、そう思えてきました。

補足日時:2010/01/19 22:05
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それは困りましたね…



お寺さんにも曹洞宗にも詳しくありませんが、相手も人間なのですから、相談した相手の庵女さんに、すみませんと再度、正直に、状況を話して、相談するしかないと思います。相談した当人に再度相談しかないと思います。その結果、では、お一人で…とか、私から言いましょうかとか、あなたが自分で言いなさいとか、どうなるかは、相手との会話になりますが、正直に、丁寧に、ごめんなさいと言うべきは言う…、ということしかないと思います。

実は予算が不足でしたと。考えずに頼んでしまいましたと。

逆に、仮に相場はいくらですとここで誰かに言われたとして、それで、次どうするか…というと……、結局困ってしまいますよね(^o^;)。インターネットで相場はいくらと聞きましたとは言えません(^0^;)。というか関係ないですよね。

銀座でコーヒー飲もうとしたら2000円でした。500円かと思っていました。すみませーん、今ならキャンセルできますか、持ち合わせが足りないことに気がつきました……ですら言いにくいわけで、この状況は実に言いにくいのはわかります……。

でも言うしかないと思います。

実に言いにくいとは思います。でも、ご家族のためにがんばるしかないかと。
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この回答へのお礼

私は決断力もなく優柔不断な正確なのに、納得がいかないといつまでも悶々としてしまって・・・。

今回の件に関してもこちらに相談させてもらう前も友人知人、私の親、ご近所さん、親戚に聞いたり相談にのったりさせてもらいました。けれどotherweidさんの言う通りですね!要は本人(庵女さん)に聞いてみる、相談してみるしかないんですよね。相談した当人に、正直に、丁寧に、ですね。この言葉、頭の霧が晴れた感じがしました。

No.1さんへの返事にまたいろいろうちの事情を書かせていただき(すみません見ていただけますか)、「聞いてしまったんだからやはりしょうがない」という方向に結論を持っていったのですが、相談、してみようかなー。
でもでも、お寺へのご寄付がどんな事情があれ半強制みたいなと同じで、お布施も各家庭の経済状況なんていちいち考えてくれるのでしょうか?というか通用するのでしょうか?やはり不安です。

また、ちょっと別の事情も加えますと、2年前に新築しました。施設に入所中の父の部屋、先祖代々の仏壇をおく和室も設けたりで少々大きめのうちになってしまいました。なのでこんなうちが建てられるのに、お金がないっていうの、とも思われはしないか?
また義父がいるのに提示金額が払えないのか、と思われはしないか?ということも心配です。実情は義父のお金は全て施設や介護費にあてられ財産は無きにひとしです。

庵女さんに金額を聞いたときも「方丈さんは10万、私も『少なくとも』5万はもらいたい」と言ったその『少なくとも』の言葉が忘れられません。

お礼日時:2010/01/17 01:30

え~~お母さんだけの法事でしょ??うちは東京のど真ん中!赤坂のお寺(真宗)ですが・・・良心的です。

住職お一人の読経ですが(充分でしょう)ご供養して頂く方一人につき5万円のお経料です。
貴女の家の経済状態で・・・15万円のお経料は・・出したく無いですね。
その他にも、御供物料、お花料、お車代、お膳代等2~3万は掛かるのでは・・・
今時は、東京の檀家さんでも法事をしないでお墓参りと言う方が増えていると言ってました。勿論お寺さんは、嘆いていましたが・・・それが今の現実でしょう。

ご主人は、自分の家の経済状態をご存じないのですか?正直に事情を話して庵女さんだけをお呼びしたら如何ですか?親戚を呼んで会食、引き出物を付けたら頂くものは、全て此方の費用に消えて(足りないかも・・)お寺の係りは施主の負担になります。まず、自分の生活を守るのが一番と思います。

それにしても・・・このお寺の(庵女)奥さんは・・・お寺さんとは思えませんね。檀家さんの家の事情を一番知っているのが寺の奥さんですが・・・今この不景気な状態をどう思ってるのでしょう?ちょっとびっくりしました。

この回答への補足

そうですよね、たぶん普通一人よびですよね、方丈(住職)さんだけとか。うちの場合、庵女さんだけでもよかったのです。よく分かりませんが、うちのお寺さんの場合方丈さんをお呼びしたら庵女さんは助手みたいな感じで呼ばなければいけないようなのです。声をかけてしまったのでやはり結構ですとはいえないので両呼びとなってしまいます・・・。

ちなみに庵女さんとは住職の奥さんではないのです。(けれど庵女さんと言う言葉を知らない人もいるようで、友人に相談しても庵女さんて何?と聞かれました)そのお寺付きの尼さんで、お寺とは別に庵を構えています。また、檀家の家の事情までは把握してません。他の所では檀家の家の事情まで把握しているのでしょうか?すごいです。でも確かにこの不景気な世の中、家庭の懐具合、察して欲しいものです。けれど法事をしないでお墓参りだけという方も増えてるとなるとやるところからはがっちりもらいたいってところなのでしょうか・・・。

主人はうちの経済状態というか自分のお給料のことなので一応把握はしてますが、昔らからあればあるだけ使っちゃうようなところがあったり、またこの辺はちょっと古い土地柄でそういうことの義理というか見栄というかが強いかもしれません。

またお寺さんはこの辺ではどうも格が高いようです。近所の方にお聞きしたら、そのお宅の法事の際には庵女さんに7万、方丈さんの方は聞かなかったのですがもしかしたら15万包んだようです。(しかも副住職さんもの三人よびだったようです)ネットはネット、そのお寺の相場があるからと言われてしまいました。

本当に泣いたくらい辛い金額です。事情を説明して5万と2万でお願いしようかとも思いました。でもそういう事情って説明するものでしょうか?通用するのでしょうか?「聞かれてたから金額伝えたのに」と庵女さんに思われたら後々まで尾を引きそうです。これから義父が亡くなってもお世話にならなければいけないので、後ろ指さされた感じもよろしくないのか?この辺りは毎月命日に庵女さんをお呼びして食事も出しているご家庭があるようです。ちょっと口が軽い庵女さんのようですのでご近所で「あそこのうちは・・・」と言われそうな気がします。言われた金額を包むのが得策?なのでしょうか・・・。

補足日時:2010/01/17 00:56
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