音楽と建築について
こんにちは。建築学科の大学4年生です。
いま卒業設計を、「音楽と建築」という切り口で考えています。
そこで、「芸術としての音楽」と「芸術としての建築」とはなんだろうと考えました。
2つの共通点は、抽象芸術であること。
2つの相違点は、場所性、時間軸のあるなし。
ということがわかりましたが、他に共通点や相違点がありましたら知りたいです。
テーマとしてもっと深くしたいので、「音楽と建築」について御意見、お考えがありましたら教えてください。宜しくお願いします。m(_ _)m
回答(6件)
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No.6ベストアンサー20pt
こんばんは。質問の中で音楽と建築の共通点/相違点について述べられていますね。とっかかりとしてこのように整理していくことはとても良い手法だと思います。しかし、少々疑問に思われる点もあります。
2つの共通点は、抽象芸術であること…
こう簡単に割り切れるものなんでしょうか。建築に関して言えば、ホワイトキューブに代表されるアブストラクトな表現を志向する建築と、構造・マテリアリティといったリアルな表現を志向する建築が共に存在することは明らかなように思われます。
2つの相違点は、場所性、時間軸のあるなし…
場所性は音楽にせよ建築にせよ大きく作用する要素ではないかと私は思います。音楽に対する人間の関わり方は聴くことと演奏する事に大別できますが、そのどちらも、いかなる場所において行われるかによって大きく作用の仕方が変わってくるものだと思います。
建築についてはモダニズム以降、場所性との関連性が重要視されていることは言うまでもありませんよね。
また時間軸について、私は建築も深い関係性をもっているのではないかと考えます。まず数十年~数百年という長いスパンで考えれば、いったん建てられた建築は素材の劣化や利用状況の変化に対応するために、継続して使用するためには様々な更新を行わなくてはなりません(一方それを拒む事によって風化し朽ち果てて廃墟となる、という時間との関わり方もあるかもしれません。)
またそれよりずっと短い時間、例えば建築に係る空間体験を考えてみれば、それらは絶えず時間的な連続性を持って認識されます。端的な例はコルビュジェの建築的プロムナードなどであろうと思いますが、シークエンスとして空間を考える時、設計者は建築に時間軸を導入しているのではないでしょうか。
「音楽と建築」は非常に興味深いテーマであると思います。大変だとは思いますが、是非カタチとして提案ができるところまで詰めていってください。
余談になりますがこのテーマでの議論について、私を含めみなさんが共通にコルビュジェの名を出される事が非常に興味深く思われました。
この回答へのお礼
御意見ありがとうございます。
音楽と建築の共通点/相違点について疑問に思われる点を指摘して頂きありがとうございます。「共通点の抽象芸術であること」で、私の説明不足のところがあって申し訳ないのですが、「建築=空間」として共通点を挙げました。たしかに、建築には抽象芸術と具象芸術の両方を兼ね備えていると思います。
相違点の場所性、時間軸に関しては、かなり参考になりました。「音楽と建築」を大きく見たときは、相違点だと思っていたのですが、実際にはそうは言い切れないところがあると思っていました。「シークエンスとして空間を考える時、設計者は建築に時間軸を導入している」というのは、私も共感です。
今後、設計を進めていく上で、場所性と時間というのがカギになりそうです。
実は、音楽のように建築を作ろうという提案が1つあるのですが、そのことにつきましては、後に質問しようと思いますので、そのときに御意見を頂けると幸いです。ありがとうございました。
建築に関しても音楽に関しても、ただのドシロウトなので、軽くお読み流し下さい。
「音楽と建築」と聞いて、まず私が思ったのは、ウィーンの学友協会の大ホールです。とにかく音響がいい。
同じ演奏でも、器(会場)次第でかなりの落差が出るな、と思いました。
これは、ポップスでも、音にうるさいスタジオミュージシャンは、音響のいい会場でしかコンサートをしないのと同じなのではないでしょうか。
もう一つ、ル・コルビュジェのロンシャンの礼拝堂。
風景の音響学とはよくぞ言ったものです。
あの丘の上に建った礼拝堂と、周囲の風景とがおりなす旋律。
生涯のうち、何回でもここへ戻ってこようと思います。
この回答へのお礼
御意見ありがとうございます。
コルビュジェのロンシャンの礼拝堂が、風景の音響学と言われてるとは知りませんでした。またまた勉強不足ですね。。。
注意して見てみようと思います。
ありがとうございました。
芸術を考える場合は、宗教との関係をまず考えるべきでしょう。
抽象や具象というのも主観で評価が変わるし、相違点については、机上の論理のそしりをまぬかれない感じがします。
ジョンケージは、音楽とは聖なるものを感じる手助けをするものだといっています。
また、中世以来、教会建築が、ある意味芸術的ムーブメントを象徴していた時期が長かったと思います。
芸術と音楽を論じるにあたり、宗教を視野にいれないというのは、考えにくいのですが…。
形而上的な論理を展開したいのかもしれませんが、まず歴史をさらってから、形而上的な展開をするほうが、実のある論理が展開できると思います。
この回答へのお礼
御意見ありがとうございます。
たしかに、音楽と建築の宗教との関係は切っても切れないものだと思います。
現段階で、宗教も視野に入れて歴史を学ぶことも大事ではないか、と思いました。
ありがとうございました。
No.3ベストアンサー10pt
美術史を学んでいる者ですが、音楽と建築というのは、古代ギリシア以来、
西洋の芸術思想の永遠のテーマですね。現代でも、例えばクセナキスなんかが
音楽家であると同時に、建築家でもあったり、そういう問題にお目にかかる
ことが多いです。
建築学科の方なら、ウィトルウィウスの建築理論の存在はご存知かと思います。
コルビュジエのモジュール概念の淵源です。ああいった考えは、古くはピュタゴラス派
の思想なんかが背景にあるわけです。ピュタゴラス派は、音楽上の完全音程が、
単純な数の比例に求められることを発見し(8度→1:2、5度→2:3、4度→3:4)、
ここから帰納して、世界のアルケー(根源)を「数」と考えました。つまり宇宙は、
数的調和=音楽的秩序によって成り立っていると考えたわけです。ここから
「天球の音楽」なる概念も生まれ、これらは近代まで、西欧の思想に脈々と
受け継がれていました。(人間は小宇宙ですから、勿論同様に、音楽的秩序に
よって支配されているわけです。これが、「ウィトルウィウス的人間」だとか、
ボエティウスの「人間の音楽」の思想的淵源なわけですね)
ゲーテが「詩と真実」だったかで、建築を「凍れる音楽」と言ってますが(「ファウスト」
の第二部でも、建築と音楽のアナロジーに触れています)、彼にしても、そういう伝統
を踏まえて言っているのです。
こういった宇宙の数的調和という概念は、古代は勿論、中世を通じてもある程度
伝えられていたようですが、それを最も明瞭に表現して見せたのが、なんといっても
アルベルティですね。彼は理論書の中だけでなく、実際の建築でも、ピュタゴラス
以来の1:2、2:3、3:4、それと8:9(長1度)といった比例を用いており、
「建築の音楽的調和」ということを強調していますね。ルネサンス建築は、
こうした宇宙論や音楽論と密に関係する芸術論を知らない限り、読み解くことは
出来ないでしょう。
以上のことは、音楽史の古代ギリシアの章や、建築史のギリシア&ルネサンスの
章に必ず書かれていることなので、一読されることをお勧めします。
古代ギリシア哲学のピュタゴラス学派の章なんかは、必読のものでしょう。
あと、「建築と音楽」というテーマでは、ポール・ヴァレリーの「エウパリノス」
なんかがすでに古典となっていますね。私はあんまり面白いとは思いませんが、
読んで損をするということは無いかと。
この回答へのお礼
御意見ありがとうございます。
やはり「音楽と建築」は深いテーマですね。
音楽と建築の歴史を知ることでテーマとして深みがでると思いました。というよりは、知った上で設計をすすめなければいけないと思いました。
「ウィトルウィウスの建築理論」も恥ずかしながら、全く知らなかったわけで、自分の勉強不足がわかりました。音楽史、建築史のほうも調べていきたいと思います。ありがとうございました。
音楽という芸術は、あらゆる芸術の中で最もとらえどころがないものであり、建築だけでなく、彫刻や絵画と比較しても同じような結論が出るような感じがします。それでは、なぜ建築なのかという必然性が出てこないのではないかと懸念されます(もちろん建築学科だから、という言い方でもいいのですが、それでは必ずしも誰もが納得するものではないということは、あえて言う必要があるかもしれません)。
音楽と建築で考えるのであれば、どうしても音響力学の問題に踏み込まざるをえないのではないかな、と私は感じます。
音楽とは、音という空気の振動(空間的な移動)で時間(の質)を生み出すというものだからです。その質がどうかという面において、芸術ということが言えるのだと思います。
それに対して、建築とは、固定された(動く建築があってはいけないというわけではないのですが)状態のものから、時間の静態を表現しているように感じます。これは素人考えなので、建築学科の学生の方に言うのは口はばったいのですが。建築芸術は、固定されたものが見せる「停止した時間」から、流れる時間の質というものを考えさせるような気がします。なんというか、つまり止まっているところに時間の永遠性を見るといった具合で。まあこの考え方は芸術思想の違う洋の東西によって、若干解釈は変わるかもしれませんが。
そういったわけで、音楽は時間をプロデュースするもの、建築は空間をプロデュースするもの、というような、俗に考えられがちな紋切り型は、見直す価値があるかもしれません。建築された空間がどのような時間を示唆しているかを考える時、それは一般に「音楽的である」と言えるでしょう。逆に音楽も空間をプロデュースしているからこそ時間をプロデュースできるのだという考えもあります。
こうした共通点はありながら、その比重はおそろしく違います。つまり音楽のように建築物を作ると、それは恐ろしく実用から遠ざかるおそれがあり、また、音楽が空間を生み出すことに注目して時間というものを疎かにしてしまっては、音楽の本道を離れることになるのではないかと思います。
建築は芸術ということを除いてその由来を正せば、人間の生活そのものに密着しています。衣食住の住ですから。それに対して、音楽というのは、音が鳴ったのに対して感じる心理的な高揚感などから来ているのですから、人間の精神生活の分野を押さえるものであったと思います。本来は。ところが、その役割が次第に入り組んできたのでしょう。現代になって比重も大分変わってきたものと思われます。
音楽・建築の両者の共通するところというと、どうしても考え付くのがコンサートホールということになります。音響をどのように捉えた上で空間的な設計をしているかというのも面白いかもしれません。
その程度でしょうかね。私の考え付くところは。
この回答へのお礼
御意見ありがとうございます。
音楽と建築の時間・空間の関係については、かなり勉強になります。「音楽のように建築物を作ると、それは恐ろしく実用から遠ざかるおそれがある。」とありますが、実は、音楽のように建築を作ろうと考えていました。そのことにつきましては、後に質問しようと思いますので、そのときに御意見を頂けると幸いです。ありがとうございました。
テーマは「音楽と建築の芸術性の相違」と言うことなんですかね?
そもそも
芸術性の高い音楽ってなんやねん。
芸術性の高い建築ってなんやねん。
そのあたりから調べてみたらどうでしょう?
音楽はすべて芸術ではないし、建築はすべて芸術ではない
ですもんね。
次に芸術ってなんなんでしょうね?
作者のわがまましたい放題のもの。何でもありで時代にマッチしていようがいまいが関係ない気がしますが。
でも伝統的な芸術もあるし難しいですね。他人には評価されないと行けないし。
せっかくの研究テーマなのでじっくり”芸術”について自分の考えをもてれば良いと思いますね。そこが決まらないと、音楽も建築も比較のしようがないかと・・・。
この回答へのお礼
私は音楽が好きで、好きなことを卒業設計のテーマにしたいと考えていました。
音楽に関しては、自分の考えというのは持っているのですが、建築に関しては(勉強不足だと思いますが・・・)自分の考えがなくて困っていました。建築にも自分の考えが持てるように掘り下げたいと思います。ありがとうございました。
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