(江戸落語) 落語の中の落語といえば?
落語らしい落語の代表例をご紹介下さいませ。
私の好みでいう落語らしい落語とは以下の条件の多くを含みます。私の乏しい経験からは、「文七元結」が該当します。
1 春夏秋冬、年末年始の何れかの季節感があること。
2 主人公は腕が良いのに仕事が嫌いで家庭を顧みない欠点だらけの反面、無類のお人よしで他人の不幸を見過ごせない善人居士でもあること。
3 小うるさいがしっかり者の女房によって辛うじて生活が維持されていること。
4 2、3によって、下には下の生活があることを知り、聴衆である素朴な江戸の町人が己の生活も満更悪いものではないと慰められるであろうこと。
5 登場人物の全てが根底において善意の人であること。
6 大きな不幸が生じた末に紆余曲折があって、八方が丸く収まり芽出度し芽出度しで終わること。
7 6によって、結局は今まで通り、地道にコツコツ励むことが最善なのだと、要領が悪くウダツの上がらない実直な聞き手が勇気づけられるであろうこと。
片端から聴いてみればよいのは承知していますが貧乏暇なしです。横着なことで済みません。冥土の土産(ちょっとだけ間がある)にしたいので落語の中の落語とでもいうべき演目をご紹介下さいまし。
志ん生、志ん朝、小三治が演じているでしょうから、寄席では聴けても聴けなくても結構です。
よろしくお願いします。
回答(2件)
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人情噺をお好みのようです.
「子別れ」
「景清」 (あるいは「心眼」)
いくつか条件を外せば
「井戸の茶碗」(前述)
「柳田格之進」
「鼠穴」
「浜野矩随」
「富久」
軽い噺も捨てがたいものですよ.
馬生(9)「親子酒」や,円生(6)「寝床」
米朝(3)「軒づけ」など
この回答への補足
これはお礼欄を埋めた後で記しています。問い合わせは何もありません。
過去に聴いたことのある「井戸の茶碗」、「親子酒」,「寝床」と入手難の「浜野矩随」を除いて、全て聴いておきました。
1.今回改めて落語は寄席で聴くのが正しいと思いました。CDを聴いて上手、下手を評価されては演者に気の毒だと思いました。
2.面白い、面白くないは聴き手の言語感覚と密着しているのだと改めて思いました。良し悪し、上手下手に関係なく上方落語は馴染めません。想像ですが、上方の人にとっては江戸落語が馴染みにくいのだと思います。
3.余りに真に迫っていて講談調なのも疲れます。適度に演者の力が抜けていて「ありえねぇー」と思いつつ聴けるものが好みなのだと知りました。
4.主人公は侍よりは町人が好みらしいと気づきました。
この回答へのお礼
演者を問わず時間を掛ければ、ご紹介の作品は全て聴けそうです。「寝床」だけは過去に聴いています。
有り難うございました。
No.1ベストアンサー20pt
私なんぞは、「頭山」「天狗裁き」のような荒唐無稽な噺のほうが落語らしいと思っていまうのですが....
条件にたくさん当てはまりそうなのですと
「火焔太鼓」
「芝浜」
女房は出てきませんが
「井戸の茶碗」
あたりが思い浮びますが、いかがでしょうか。
この回答への補足
これはお礼欄を埋めた後で記しています。問い合わせは何もありません。
「井戸の茶碗」は聴いておきました。
季節感はない代わりに土地感(?)があって、なるほど落語らしくて楽しめました。
麻布茗荷谷というと今の高速道、谷町JCTの辺りではないですか。あそこの何とかいう超高層ビルには株取引に関わる事件の責めを問われている人が何人も住んでいるのではないですか。嘗て、三者三様に金銭には執着しない人達が暮らしていたというのは何とも皮肉なことです。
「天狗裁き」も聴いておきました。
見ない夢を全ての人に見た、見たと責められているのは可笑しいやら、冤罪を負わされているようで気の毒やら、そんな気持ちで聴いていたのに、「落ち」のどんでん返しには打っちゃられました。
「見た、見ない」だけであれだけ話を繋げ、笑わせる芸には感心します。
こちらも楽しめました。
この回答へのお礼
落語らしさといっても色々な観点があってよいのだと思います。質問文のようにがちがちの条件をつけるばかりでは、落語の間口が狭まってしまいます。実際に何でも聞けば楽しめるのでしょうし。
「火焔太鼓」、「芝浜」は選ばれる心当たりがあります。「井戸の茶碗」は聴いた経験がないかもしれません。
「井戸の茶碗」と「天狗裁き」は程なく聴けそうですが、「頭山」は今のところ、所在が不明です。
有り難うございました。
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