最近、仏教のナーガールジュナ(龍樹)の哲学について調べています。そこで
最近、仏教のナーガールジュナ(龍樹)の哲学について調べています。そこで一つ気になったことがあります。ナーガールジュナの帰謬論証、無自性空の論理に対して、二ヤーヤ学派や説一切有部は、どのような理論をもって対抗したのでしょうか。他の書物を幾つか読んでみても、その点が全く書かれてありません。
どなたか教えていただけると、非常に助かります。よろしくお願いいたします。
石飛道子「ブッダ論理学五つの難問」(講談社選書メチエ) を一読して匙を投げた愚者です。
専門家のお名前は、このかたしか知りません。
ということで、すでにご存知でしょうが、一応の仁義まで…。
↓
http://homepage1.nifty.com/manikana/paper/nyayai …
>ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ派 / 論文・書評
二ヤーヤ学派や説一切有部は、どのような理論をもって対抗したのでしょうか
○彼らが対抗したのではなく、彼らの考え方(思想・解釈)に対してナーガールジュナ(龍樹)が対抗、反論したのでしょうね。それが八不中道:不生・不滅、不常・不断、不一・不異、不来・不去。
ですから、不じゃない思想が蔓延してたということですね。
例えば、
「不生・不滅」が出るところは「新しい魂が生まれるとか、なくなるという思想」
「不常・不断」が出るところは「死んでも変わらないとか(不変)、死ねば何もなくなるとかという思想」
「不一・不異」が出るところは「個性は一つだとか複数だという思想」
「不来・不去」が出るところは「どこか遠いところから来て、どこか遠いところに去っていくという思想」・・霊界も人間界も同じ場所なんですね。
現在の仏教界にもたくさんある考え方ですよ。それが全て間違っているといったのですね。
中国の僧たちも賢いですから正しいと思ったもののみを持ち帰ったのでしょうね。
今も昔も同じですから難しく考えないようにね。
この回答への補足
ご回答ありがとうございます。
私が伺いたかったのは、龍樹の八不中道の論理でニヤーヤ学派に対抗したことに対して、またさらに二ヤーヤ学派はどう応答したかということです。
現在もニヤーヤ学派や上座部の思想は脈略と伝えられています。その学派が、未だに龍樹に指摘されたかのような致命的な欠陥を抱え続けているとは思えません。少なくとも彼らなりの解釈はしてあるはずです。
私はその彼らの解釈が気になっているのです。その辺りをご存知であれば、ご回答お願いいたします。
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