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自分がパラノイアではないかと悩んでいます。
最近、ふとした事からパラノイア(偏執病)の事を知り、Wikiや某サイトで主とされている症状を調べた所、主とされる症状の半分くらいが自分に当てはまっているような気がしたので、少々気にかかっています。

以下、パラノイアの症状に関してWikiからの引用ですが、

* 被害妄想 - 挫折・侮辱・拒絶などへの過剰反応、他人への根強い猜疑心(さいぎしん)。
* 誇大妄想 - 数を誇大に示したり、大げさな表現を好むなど。
* 激しい攻撃性 - 誹謗中傷など。
* 自己中心的性格。
* 異常な独占欲。

正直な所、つい数年前までの自分には全ての項目が当てはまっているような気がしました。しかし、対人関係のもつれ等から自らの言動や思考の極端さに自覚が芽生え、なんとか改善されてきていると思っています。
実際、自覚した後は初対面の人に対しての言動や行動に注意しながら接するようにしてますが、今の所は友人関係等うまくやれていると感じています。

しかし現在でも自覚出来る項目が、
誇大妄想(話を盛り上げるためという理由で物事を多少大袈裟に表現したり、話を事実より盛ったりします。ギャグのつもりの場合が多々なのですが)と、
根強いとまでは行きませんが多少なりの猜疑心(恋愛や生活やこれからの人生等、重大な事で悩んでいる話を聞くと、それはマイナス思考過ぎるなあ、的外れだなあと感じて思わず意見を言ってしまいます。そうは言っても自分が全て悟ってるとも思いませんし、その辺は未だにヘタクソなんですが)

この辺りが
未だ、表向きになっている気がします。
ただ、症状の数項目は大抵の人にあるような症状なのではないのかな?と思う部分もあります。現在は自分の方が他人から上記項目のような物を感じる事がありますし、今は攻撃的よりかは受け身寄りだと思います。
しかし現在も、アルコールが入ったりするとそういう面が出てしまう事がありますが、それも自覚はしつつもやはり酔うと何とも自制が効かない時が多い、と言った感じです。


自分は今、夢でもあったプロミュージシャンという仕事を掴みかけているのですが、やはりそういう仕事を目指していた分、周りに集まる人間も違った分野ではありますがアーティストやクリエイターになるという話を共に分かち合ってきた友人が多かったです。
自分は人に悩みを打ち明けたり、物事を相談したりという事を滅多にしない人間だと自分で思うのですが、そのせいもあってか、自分の能力に疑いを持ってしまいひたすら悩みを延々こぼして挙げ句には諦めてしまうような人にはどうしても意見したくなってしまいます。
Wikiの項目には書いてありませんでしたが、パラノイアの症状の一つとして自らの能力の過信や才能者に対する嫉妬、と書いてある所もありました。
これって精神病の症状なんでしょうか?
自分的には人に影響を与える仕事をする人間は、そういう過剰な自信くらいなければいかんのではないかなあ?と思う所もあるのですが..もちろんそれに伴う努力、実力は必要ですが。

ちなみに知り合いの医療福祉関係の方は、精神疾患の診断基準も如何なものかと疑問を感じてると話を聞いた事もあります。自分は精神疾患の知識に全く疎いのでその時は何も言えませんでしたが。

書きたい事を思うままに連ねてしまい、ちょっと乱雑で読みにくくなってしまい申し訳ありませんが、結局何が言いたいかと申しますと、症状を見る限り誰もが多少なり持っている性質だと感じますし、自分自身もパラノイアを知ったからと言って極力不安は感じないようにはしようと思いましたが、やはり昔の事など考えた時に思い当たる節が多かったので、実際どこからの症状で定義付け、線引きされるモノなのか知りたいです。

宜しくお願いします。

A 回答 (2件)

もし、meltolmeltさんが「パラノイアの症状」を“文字”による情報だけでしか知らないとすると、実際のパラノイアと、meltolmeltさんの中の「パラノイアってこんな病気なんだろうな」というイメージとは、大きく違っている可能性があります。


少なくともパラノイアなどの他責・他罰的な病気の場合は、meltolmeltさんのように「自分を省みて自覚し、自ら改善する」ことは出来ません。むしろ、「自分を省みることが出来ない」ことが、パラノイアの本質とも言えると思います。
「パラノイア」ではなく「自己愛性人格障害」の項目などを読まれても、「けっこう当てはまる」と感じられるかも知れませんが、不正確な情報を元にご自身で「当てはまる」と思い込むことと、実際の「診断」はまったく違います。

実際の診断は、医師免許を持った医師が、アメリカ精神医学会の“DMS”や、WHOの“ICD”などの診断基準に照らし合わせて、有機的に行なわれます。
なお、私も精神科医療に携わっていますが、meltolmeltさんのご質問の文面からは、パラノイアの「パ」の字も感じられないように思いました。

パラノイアとは関係ありませんが、「自分は他人に相談することも頼ることもなく、たった一人で苦境を乗り越えてきた」という意識の強い人は、他人の苦境に対して「かっ!そんな事くらいで」と言ってしまいがちだと感じています。
他人の思いに耳を傾ける前に、「オレはなぁ、お前よりもっと苦しい思いを――」と自分を語り始めたりもします。
でも、妙な自尊心に縛られることなく、臆することなく他人に悩みを打ち明けることが出来れば、それはとても強いことだと思います。

せっかくですので、この際、meltolmeltさん自身を徹底的に省みてみる機会にされてみてはいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
そうおっしゃって頂けると、大分気持ちが楽になります。

今考えると、自分は常に何かに追われてるような感覚を持っていて、後ろを振り向かず突き進むぞーみたいな生き方をしてきたような気がします。それが結果的に人の気持ちも顧みず、こうやって嫌悪させる自分を作り出していたのかも知れません。
自分はまだまだ思慮が足りない青二才ですので、sakura-394様から頂いた言葉の通り自らの過去を見つめ直し、もっと勉強や色々な経験をし、気持ちに余裕を作れるようになれればと思います。

ここで質問したおかげで少し安堵の気持ちが出てきました。ありがとうございました。

お礼日時:2010/05/29 03:30

まず・・・


>知り合いの医療福祉関係の方は、精神疾患の診断基準も如何なものかと疑問を感じてると話を聞いた事もあります

とのことですが・・・。
現在の日本の精神疾患の診断基準は、日本独自のものではなく、国際基準です。
しかも年々改訂されるものです(毎年ではない)。
ということは、逆にいえばそれなりに信頼して良いと思います。
少なくとも、現在は、その診断基準で医療が行われています。そして多くは成果を挙げられているわけです。なので信頼に足ると思います。

私は精神科の看護師です。

次に・・・
>実際どこからの症状で定義付け、線引きされるモノなのか知りたいです

これは症状の程度によります。が、例えば発熱のように、37度から上がアウト、それ未満ならセーフ、という数値上の基準はありません。
ではなにをもってして「医療の対象」とするかですが、極端に大ざっぱに言ってしまうと、その症状によって日常生活が障害されているかどうか?で判断します。
なので、質問者さんが日常生活上不便を感じているなら、受診して良いでしょう。

ただ・・・
妄想が、例えば統合失調症から来ている場合、「日常生活が・・・」などと呑気な事を言っていられません。
早めに治療しないと、治りが悪くなります。

なので、お勧めは、「とにかくまず、精神科を受診する」ことです。
そこで、疾患にあらず治療の必要なし、と診断がくだれば、それはそれで良いでしょう。しかし(例えば根底に統合失調症などが隠れていて)治療の必要あり、と判断されれば通院すれば良いだけです。

まずは受診をお勧めします(この場合、心療内科ではなく精神科が良いでしょう)。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
確かに受診する事が一番だとは自分も思います。精神的な事というだけでなかなか引け目を感じてしまい、身近な人に相談するのも考えてしまいがちですし。
アドバイス頂きありがとうございました。

お礼日時:2010/05/29 03:02

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