ドラマ マザー 松雪泰子さん主演
第1話で教師役として出演されていた水野 顕子さんという女優さん。

彼女は必死に虐待児童を守ろうとしているのですが、第1話の途中でなぜか事務的にその活動をやめてしまいます。
何かの本だったかをみて「ま、いいか」的に放棄してしまうのには理由があるのでしょうか?
例えば、そういったセミナーに興味があっただけとか 何かの資格をとろうとしていた時期だったからとか?

2話からは特に出番がないだけに、なぜ1話だけあんなに必死に児童をかばおうとしていたのか分かりません。
分かる方、どうか教えてください。

A 回答 (2件)

#1さんに賛成です。

そして水野顕子さん扮する役柄は「ズレている熱血新任教師」のステレオタイプとして登場したのだと思います。

学校のペットの話ですでに涙ぐんでいたことでも想像できるように、すぐに熱くなり、熱くなると臆せず、言葉や行動に出るタイプなのでしょう。勢いで家庭訪問や児童相談所への相談などと、行動するのですが、動悸が単なる“熱血”なので、より熱いもの(例えば自分の恋)などが登場すると、簡単にそちらを優先してしまうし、児童虐待に関しても「けしからん!」という思いで勉強はするが、(児童相談所で指摘されたように)頭でっかちに終わってしまっているのでしょう。

この教師が登場するからこそ、松雪泰子さん扮する教師の“冷めた”様子が浮き彫りになるわけです。この冷めていて無頓着な教師が、ふとしたきっかけで激しく燃えるところがインパクトありますよね。また、松雪さん扮する奈緒はどうやら、水野さん扮する教師とは違って、上っ面の理屈だけでに捉われず、人間の奥底にある見えないものを本能で感じ取る力があるようですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
尚更に奥深いテーマがあることに気付かせていただきました。
これまでの人生を淡々と生きていた松雪さんには、「親」というものの存在に目を背けていた背景があったのでしょうか。
決して、一時の感情ではなかったことが水野さんとの対比として描かれていたわけですね。

お礼日時:2010/06/03 18:04

やめたというより、その続きのシーンを描かなかった。


そのうちに海に転落、行方不明という話に展開していった。
というのが正しいのではないかと思います。

デートか何かの予定があって、幼児虐待に対して熱くなっていたにも関わらず、
今日はこれから用事があるので明日またその話をしましょう。
母親か関係機関か忘れましたが、そこに行くのは明日にしましょう。
・・という様なシーンを覚えていますか?

人としても教師としても幼児虐待をとても許せないものだと思っているが、
彼女にとって自己都合より優先すべきことではなかった。
・・ということでしょう。
そして、番組的には、
それが一般世間の感覚・反応だと暗示したかったのだと思います。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございました。
確かにそうですね。その後、主人公は自分の人生を犠牲にしてまで大胆な行動にでますが
第1話に登場した先生方は実際どのように思っているのでしょう、、、なんてドラマでは
ありますが考えてしまいました。

お礼日時:2010/06/02 13:07

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