天照大神(天照太神・天照大御神・天照皇大神 etc)とは、実在した人物なのですか?
それとも、ただの人間が作り出したお話の登場人物ですか? 

A 回答 (3件)

近年籠神社で発見された系図によれば



始祖の彦火明命(ひこほあかりのみこと)から9代目の孫のところに「日女命(ひめのみこと)」とあります。
そしてその脇に「またの名を倭迹迹日百襲姫命」、「またの名を神大市姫命」、「日神ともいう」どと記されていました。
http://www2.odn.ne.jp/~cic04500/yamatai08.html
卑弥呼とはこの日女命の音に漢字をあてたものではないか、といわれています。

また日神とは天照大神のことだと考えられます。
天照大神にはスサノオという弟がいますが
卑弥呼や邪馬台国の記述がある魏志倭人伝には
卑弥呼には弟がいる、と記されていて合致します。

また日女命の別名に「神大市姫命」とありますが、
「神大市姫命」は古事記に登場する神でスサノオの妻となっています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%A4%A7% …

ということは天照大神と神大市姫命は同一神で、
二神は近親婚をしたと言うことになるか、と思います。

実際、天照大神とスサノオは姉弟ですが「うけいの子産み」をしたという話があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9E% …

※魏志倭人伝には卑弥呼には夫婿はない、と記されていますが。

現代人からすれば、えっと驚きますが
原始的な社会では兄妹婚(または姉弟婚)が当たり前だったとする説もあります。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/04/000787.html

倭迹迹日百襲姫命は第7代孝霊天皇の皇女です。
奈良県桜井市にある箸墓古墳は倭迹迹日百襲姫命の墓だとする伝承がありますが
箸墓古墳は魏志倭人伝に記された卑弥呼の墓と大きさがほぼ一致します。

ただし、魏志倭人伝は卑弥呼の墓は円墳としていますが、箸墓は前方後円墳です。
ここから箸墓は卑弥呼の墓ではない、と主張する人もいますが
もともとは円形であったのを、前方後円墳に作り直した跡がある、とする学者もいます。

また、年輪年代法が確立し、それを用いて調査した結果、築造時期もほぼ卑弥呼の死亡時期と一致すると考えられるようになってきました。

古事記・日本書紀などに記されている神話は、倭迹迹日百襲姫命とその弟をモデルにしたものだと思います。
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この回答へのお礼

大変ご丁寧な回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/15 17:24

これはあくまでも個人的な見解なのですが、天照大神は実在の人物ではなく、モデルとなった人物は、邪馬台国の女王・卑弥呼じゃないかと思うんです。

天岩戸の伝説も魏志倭人伝の卑弥呼像に似ていて殆んど姿を見せずに弟にスポークスマンをやらせていた点や次の後継者を伊予という女性にした点卑弥呼も伊予もシャーマンであることから、天のウズメによって外に出てきたつまり世代交代したと考える事が出来ます。
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この回答へのお礼

真実を知りに過去に行ってみたいものです。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/15 17:28

誰かをモデルにしたものを空想化したのかもしれませんが、


日本書紀そのものをそのまま理解するのであれば現実には神など存在しないので架空の人物となるでしょう。
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この回答へのお礼

「誰かをモデルにしたものを“空想化”した」
これが真実でしょうね。
ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/15 17:33

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