サッカー南アフリカワールドカップで南アフリカの人々はなぜアパルトヘイトで支配されていたオランダを応援していたのでしょうか?

A 回答 (2件)

それは多分自分たちを考えてみたら判るかも知れません。



日本はアメリカに戦争で負けてしまったお陰で、アメリカ政府は戦争直後に日本の教育方針にトコトン介入して、何が原因であの戦争が始まったのかの冷静な分析を一切禁じて、善人のアメリカ人に悪人の日本人が戦いを挑んだと言う教育を徹底させました。だからあの戦争はその始まる原因まで含めて日本が全部悪いことになっています。

またその一環として、日本古来からある習慣や伝統や制度は皆前時代的な人権無視の制度であり、それに対して、アメリカの制度は人類で最も進化した制度であると教育することを強要しました。例えば、学校でその素晴らしさを教わる教育基本法は、戦争直後、アメリカが日本に送り込んだ教育使節団の報告書のほとんど丸写しです。薄い本ですから機会があったらそれを読んでみると驚きますよ。

『アメリカ教育使節団報告書』 (講談社学術文庫 253)

日本の憲法の序文の、アメリカ人が書いた物の翻訳ですね。だから、理念はともかく、日本国憲法の序文は日本語で書かれた公の文章の中で最も翻訳臭い駄文とされていますね。

また、その時のアメリカから派遣された日本支配の長マッカーサー元帥の至上命令は、武人として世界から尊敬され怖れられていた日本人の牙を抜くことであり、そのための徹底的な平和主義の教育をすることを強要しました。その成果が半世紀持ったってようやく出て来て、日本の若者に今度戦争が起こったらどうするという統計を取ったら、外国に逃げると答えた人の割合が驚くほど高かったそうです。

そこまで、自分たちの親や先祖のやって来たことを糞味噌に言われて、自分たちは骨抜きにされて、さらにアメリカは素晴らしい国だと教育されてしまった結果、現在日本人の大多数の人はアメリカが大好きになっていませんか。貴方が南アフリカ人を見て不思議だと思っておりますが、外国人から見ても日本人て不思議な連中だと思われているかも知れませんよ。
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 確かにオランダの植民地の時代がありますしたが、イギリス支配下に移ったのは200年も前のことです。

19世紀後半、オランダ系住民のボーア人の反乱がありましたが、結局、イギリスが勝利し、ボーア人(アフリカーナ)は、それ以後第2級の市民として扱われてきました。

 アパルトヘイトは、支配層であるイギリス系住民が定めた政策で、不満を抱えたアフリカーナを懐柔する意味もありました。

 現在でも、南ア共和国は、イギリス連邦の一員です。サッカーより前に、ラグビーのW杯が開催されました。(オランダでは、ラグビーはマイナースポーツです。)世界的名手のヤコ・ヴァンデルヴェストハイゼン(NECグリーンロケッツ所属)は、オランダ系の姓名でアフリカーナだと思います。
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