ベートーベンがクラシックからロマンティックへの架け橋になった について

色々の書物やコラムで『ベートーベンがクラシック音楽からロマンティック音楽への架け橋になった』、と書かれていますが、どのように、そしてなぜベートーベンがそのような役割を果たしたのでしょうか?

そして、ロマンティシズムの作曲者達で影響を受けた人達は、ベートーベンの作曲法のどこに、そして、なぜ影響を受けたのでしょうか?

ご存知の方がいらっしゃいましたらお教え願います。
宜しくお願いします。

A 回答 (4件)

私も素人ですので


勝手な妄想になってしまいますが

古典派とかロマン派などのカテゴリーができたのは
それほど昔のことでなないと思います

あくまでも現代の学者さんたちが
作風などでベートーベン辺りでロマン派になっているな
と分けたのだと思っています
(ベートーベンさんが「よっしゃ、これからはロマン派の音楽を
作るぜ~」と意識していたわけではないと思います)

もちろん
当時は現代曲だったわけで
新しい試みを聞いて
「ベートーベン先生かっけー、俺もこんなかっけー曲作りたい」
と思った他の作曲家が今までのように型にはまった曲から
脱皮したり

甘く、切ないメロディーを作ったりしたのではないのかな
と思っています

↓のようなことで音域が広がったり
ハーモニーが厚くなったり
トランペットやホルンにバルブができて
音階ができるようになったり
作曲の可能性が広がったこともあると思いますし
何よりも作曲家さんたちの固定観念がなくなってきたのではないでしょうかね

まー当時の人たちからすれば
交響曲にトロンボーンやピッコロを入れたり
合唱を入れたり
衝撃的だったと思います

(すみません。専門的な勉強をしているわけでないので
単なる妄想で、すべて「思う」といういい加減な表現になってしまっています)
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確かに時代は無視できません。


ベートーヴェンの時代は、ちょうどフランス革命などを代表とした、王宮貴族の時代から市民の時代への激動期でした。

音楽も変わってきました。私たちはバッハ、ハイドン、モーツァルトたちを音楽の巨人として崇拝し、その音楽的価値は疑うべくもないのですが、当時、実際の彼らの扱いは、「お抱え音楽屋さん」「王宮御用達音楽のアイドル」の域にすぎず、ごく一部の人たちのものでしかありませんでした。

ベートーヴェンの若いころ、それが変わり始め、そういった音楽を、一般の市民が享受できる時代になりつつあったわけです。ベートーヴェン本人もそんな時代に希望を抱き、人民を解放してくれるヒーローと崇めたナポレオンを意識して「英雄」という交響曲も作っています。(その後彼の俗物性に激怒したベートーヴェンが、英雄というタイトルを使わないようにお願いしたというエピソードもあります)

そしてピアノも進化し、それに合わせた曲をベートーヴェンが作り、更にピアノが進化する…の好循環が起こり、音楽は一般民衆のために大きく花開いていきます。ハード面が音楽の様々な要求にこたえられるようになったことで、作曲者もより豊かに心情を表していこうとしたのだと思われます。

それまでは、貴族のサロン、教会などの「添え物」として、また、せいぜい貴族のオペラのものとして使われていた音楽。それが、この時代から、「音楽のみですべてを語る」「音楽が主役」となることが多くなってきました。

ベートーヴェンは音楽に対して非常にまじめな人だったようです。音楽の才能があり、努力家で、情熱あふれる人。そして、社会の動きにも関心を寄せていた人です。彼が作る音楽は、古典派にのっとって形式や、旋律の絡みを重視しつつも、そこに人間性溢れる情感を注ぎこみ、なおかつ無駄な音がない、ち密でまじめな作品が多いのです。

ですから、生前から彼のファンが多かっただけでなく、彼の作品が流行にのっとったやっつけ仕事ではない、芸術性に富んだ作品であることが、「わかる人にはみんな分かった」のでしょう。現代私たちが当たり前に思っている「庶民が自由に楽しむ芸術音楽」のバイブルとして、幾万ものフォロワーを生み、現在を持っても越えられない壁として、大きく立ちはだかっているのです。
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 僕は音楽が専門ではないので見当違いかもしれません。

ただ寮で、音楽専攻の学生と同室になり、ダブルデートでコンサートにはよく行きました。

 1。ベートーベンが、架け橋になったのは、意図的にそうなったのではなく、生まれた時期と亡くなった時期が偶然、クラシックとロマンティックの間にあったからでしょう。

 作品番号の若い物を聞けば、クラシックに聞こえますし、亡くなる前のものはロマンティックだと思います。

 2。簡単な例を挙げれば、モーツァルトの、ピアノ協奏曲は、当時のピアノの音量が小さかったので、オーケストラとの対話には使えない、むしろ協調して行かなくては聞こえない、といった制限があります。

 しかしベートーベンになると、ピアノフォルテ、と力が加わって、オーケストラと対等に掛け合いが出来るようになる。さらに終楽章に切れ目なく流れ込むという独創的な書き方をベートーベンから受け継いで、ロマンス派の巨匠ブラームスなどは、彼の壮大なピアノ協奏曲にベートーベンの手法を取り入れています。

 「なぜ影響を受けたのでしょうか」それはロマンティックな作曲家に、お聞きになるといいと思います。模倣は最高の賛辞とか。
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私は素人ですから大それた事は言えません、単なる音楽好きです。



>どのように、そしてなぜベートーベンがそのような役割を果たしたのでしょうか?
そして、ロマンティシズムの作曲者達で影響を受けた人達は、ベートーベンの作曲法のどこに、そして、なぜ影響を受けたのでしょうか?

このお答えは芸術・文化の一般的進化論になりますが、
ベートーベンが他の有力な作曲家、それどころか他の優れた一般的な芸術家と同じようにモニュメンタルな個性を持っていたからです。

あるトップランナーが世に先駆けるスピードで芸術の世界を駆け抜けます。でも彼は空前絶後の能力を持っていただけではなくて先人の手法を知り、学んだ上でそれに彼の個性的な感覚を付け加えたからその能力を身につけられたのです。

仮にもしベートーベンがその能力を持ったままで石器時代に生まれていたとするならば、彼の作品は生まれ得よう筈がないとは思いませんか。

だから彼はバッハが、ハイドンが、モーツアルトが彼の前に居たからこそ彼がベートーベンになり得たと思います。

そこで具体的にお答えするならば、

>どのように、そしてなぜベートーベンがそのような役割を果たしたのでしょうか?
彼がたまたま高い感性を持って古典派とロマン派の間に生まれたからです。

>人達は、ベートーベンの作曲法のどこに、そして、なぜ影響を受けたのでしょうか?
彼が音楽家として優れて個性的で新しい感覚をもった音楽を作り出したからです。

彼の音楽を知り、それ以前の優れた音楽を聴き、それ以後の音楽を学んだ上でなら、
彼(だけではなくその他の世に残っている作曲家達)の音楽史上の役割が解ると思います。

このような現象はベートーベンに限らず、音楽に限らず、芸術に限らず、すべての分野で
当たり前のように行われて来た事ではないでしょうか。

かなり外れたお答えですが、こんな見方も何かのお役に立てるかも知れません。
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