映画「大奥」の説明について
映画「大奥」の説明について
以前から大奥について興味がありましたが、
女性の館という性質からでしょうか、ネット上の情報も真偽のほどがわからず、曖昧な認識しかありません。
今回それなりの映画の放映ですし、何かの歴史的真実がわかれば面白いと思います。
ところで、大奥の基本的枠組みと、その構成員ですが、
ウィキペディアでは、次のように説明されます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A5%A5
女中の人数は最盛期で1000人とも3000人とも言われる。
また、PressBox では、
http://cobs.jp/pb/2010/09/28/3000/
大奥とは江戸城の一角にあり、将軍に仕える数千人の女性が暮らしていた場所。しかし、10月公開の映画「大奥」で描かれているのは、女将軍に仕える美男子3,000人が集まった“逆転大奥”!
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これらの情報では、なかなか全体像がつかめません。
大奥の人的構成を中心に、簡潔な説明を頂けないでしょうか。
ドラマはドラマで面白いのですが、歴史の事実は事実として把握したい思います。
よろしくお願いします。
回答(1件)
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No.1ベストアンサー20pt
こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。
>>大奥の人的構成を中心に、簡潔な説明を頂けないでしょうか。
「御殿向(ごてんむき)」
公方さまは通常「中奥」の「蔦の間」で子作りに励まれるのですが、大奥に泊まることもあり、公方さまの大奥での寝所である御小座敷や御台所の居室である新御殿、そして、御切手の間という、老中などが御用で大奥へ出入りする時の「(通行)手形」をあらためる者の詰め所、そして、側室や御世継ぎ以外の子女の居室、さらには、公方さまが大奥にはいられた時や常日頃の御台所の世話をする奥女中たちの詰め所がありました。
「長局向(ながつぼねむき)」
大奥の御台所や上級者以外の居住空間、二階建てになっており、下級お女中たちの寝所などがあった。
「広敷向(ひろしきむき)」
大奥での事務や警備等を担当する「男性役人」の詰め所。唯一、男性の入ることのできた区画です。しかし、御殿向や長局向へ出入りは「厳禁」でした。「広敷用人」は、大奥の御台所や上臈(じょうろう)御年寄りなど、大奥の上級お女中から頼まれた事務を取り仕切った。「御用達」は、用人の指示により、出入りの商人から買い物などを調達する掛り。「広敷番」は、大奥の女中が城外への出入りに使用した「平川門」の警護や御錠口という「御殿向」と「広敷向」とを区切るための扉の警護。さらに、「七つ口」と呼ばれる「長局向」と「広敷向」とを区切るための扉の警護。この七つ口は、朝五つ(午前8時)に開き、夕七つ(午後4時)に閉まることから「七つ口」と呼ばれるようになりました。そして、最後は「広敷伊賀者」、大奥の上級者たちが社寺へ詣でるような時の警護役。
「大奥の階級」
頂点は何といっても、御台所(みだいどころ=公方様の正室)。これは、もちろん一人。
次に、時代によって違いはありますが、
上?(じょうろう)御年寄りが約10名。
中年寄り約7名。
中?(ちゅうろう=側室候補)。
「表使」や「御右筆」など。ここまでが「御目見得」(公方さまに顔を見せることを許された者)以上で、その下に「御末」、「御犬子供」という「御目見得」以下の女性たちがひしめいていたのです。
公方さまや御台所さまのお世話をするのは「御末」などの中から選ばれた者が「御目見得腰元」としてお世話にあたりました。
しかし、「御目見得」以下の腰元や女中たちが大半を占めていました。中?以上の総勢は約90名ほどだったといわれています。1000~2000人の大奥女性たちのキャリア組またはエリートというわけです。
「大奥の階級(役職)一覧」
http://bungetsu.obunko.com/newpage503.html
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