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ホモサピエンスはあと何年くらい存続する(あるいはさせる)べきでしょうか。そもそもホモサピエンスに存続する(あるいはさせる)理由、もしくは値打ちといったものがあるのでしょうか。全人類の運命を賭け全身全霊で万人が納得のいく名回答をお寄せ下さい。

A 回答 (17件中1~10件)

 結論からいうと、人類はいつまでも存続する必要はないし、また不可能であると考えています。

まず「不可能」というのは、種の寿命というものがありそうだからです。生物の歴史を見ると、環境変化についていけなくなるとか、他のすぐれた種との生存競争に敗れるとか、遺伝子に異常をきたすとかさまざまな絶滅理由が見られます。人類もその例外とはなりえないと思うのです。
 次に、「いつまでも存続する必要はない」というのは、いずれホモサピエンスに取って代わる種が出現したときには、その新種と交替して地球産生命体の可能性を追求してもらいたいからです。その新種があらゆる面でホモサピエンスよりも優れているかどうかはわかりません。ひょっとするとゴキブリが支配する、我々からみて退化した種かもしれませんが。
 しかし、私が以前からひとつの可能性として考えていることがあります。それは「電気のひと」、そうコンピュータです。現在のコンピュータは、増殖能力や自己再生能力など生物としての機能を備えていませんし、知性も芽生えていませんが、いずれはその全てを人類の手助けで獲得するものと思います。知性や意識を獲得できるわけがないと思われる方もおられるでしょうが、私はそうは思いません。意識や知性が特別なものだというのは人間の思い上がりにすぎないと思うのです。
 というようなことから考えられる、非常に素晴らしい現生人類の存在意義があります。それは、人類が、次代を担う種の創造者になれるかもしれないということです。その新種は、これまで地球上の生物が連綿と引き継いできた「有機物でできた体」という拘束から解き放たれ、無限の宇宙へと旅立つことでしょう。そして、いつの日か故郷である地球の歴史を、他の星系の「電気のひと」と交換することになるのではないかと想像しています。ホモサピエンスは、地球生命進化の一通過点なのではないでしょうか?
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500年、ですかね。


とりあえず、50年以内に、人類の一部は自らの遺伝子を書き換える道を選ぶでしょう。(多数の反対はあるでしょうけど。)
んで、100年から200年後には遺伝子の改変がファッションとして流行し、500年も経てば、オリジナルの遺伝子を持ってる人間は、一部の偏屈物に限られるようになる、と。

たしかにそのようになるまでに、エネルギー問題、環境問題、食糧問題、貧富の格差などによって、人類が終わっちゃう可能性もあるんですが、私としては、人類の闘争本能よりも、自己保存本能の方が大きいと思いたいですね。
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例えば僕は旧世代のホモサピエンスの末席位にはいると思いますが、僕はまだ生きていたいと思います。


多分大部分の人類が同じように願っているでしょう。
従ってまだまだもっと、長い間ホモサピエンスは存続するべきでしょう。いずれ自然に、もっと良い形に進化するでしょう。

若い頃には絶望が友達だった頃もありますが、
ま、それも良い栄養です。
社会の醜い部分については今も憎んでいますが、
それも含めて良い方向に動きうる感触があります。
森さんたちには想像もできないでしょうが。

「値打ち」と言いますが、それを決めるのは貴方ではないし、値打ちという尺度で測る物ではありません。
理由だの値打ちだの、そんな事は判断基準になり得ません。
俺は生きていたいし、みんなと生きていきたい。
原始的な衝動です。

何をたくらんでいるか知りませんが、
いずれにしても、よけいなお世話です。
人類は放っとけば勝手に進化していきますよ。
そのためにも「生きていくこと」が必要な訳です。
遠くから見守ることも愛の一つですよ。

あ、そうそう。坂本龍馬の本を読みなさい。
「龍馬が行く」か、コミックなら「おーい!龍馬」。僕はコミックを読みました。
彼が正しいとは言いませんが、この国のあの時代に置いては、もっとも正解に近かった人物です。
ただ、彼の精神は大切だと思います。
多くの志士が人を斬って戦っていた時代に、
彼は人を斬らないことで戦っていたのです。
そしてそれが最も成果を上げたのです。

「生きて、変えていく。」彼の場合は無血革命だったわけですが、僕たちの時代では更に可能性が高いのです。
知識によって進化していくことが可能であることに気づきませんか?
もっと本を読んで下さい。心をニュートラルにして。
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あなたが今、生きていてこの質問を


発している理由が、誰にも又あなたにも解らないように
ホモサピエンスが存在している理由及び、その未来について解る人は誰もいません。
これは、質問そのものに解が得られない問題の典型的な例です。
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人は、人として生きるために、人として生まれた。

この回答への補足

それはそれで結構なことかも知れませんが、では我々が存在を開始しないことで一体どこの誰にどんな不都合があるというのでしょうか。

補足日時:2000/10/01 14:23
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人類には雛型がないなーとか思うnag3と申します。


普通たいていの生物には雛型が存在します。
一例として、虎を取り上げますと、その前にサーベルタイガーという虎とはまったく別のしかし良く似た生物がいます。そしてかならず絶滅しております。
生態系において、サーベルタイガーの長所を生かし悪い所を改善したものがいわゆる虎という生物です。
ここで書ききれないのが残念ですが、ほとんどすべての動物には、前段階の試作品の様な生物が存在しました。
そして、それに替わる改良型があらわれて、試作生物を絶滅させます。
ここで問題なのは、同じ哺乳類どうしではこの様な事は起こらないという事です。同じ種では単に進化するだけです。
つまり哺乳類である虎の雛型たるサーベルタイガーとは、有袋類(だったと思う)だというのが問題なのです。
哺乳類である人類には哺乳類以外の雛型が今の所確認されておりません。という事は、現人類は、今後登場するヒューマノイド型で哺乳類以外の生物の雛型であり、その生物の台頭により絶滅すると考えるのが、現段階では妥当な推理だと思います。かなり極論で突拍子もない話ですが。
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別にホモサピエンスに限らず、あらゆる生命にそこに在るべき理由なんてないですけどね(^^;


ただそこに在るだけです。

で人類の寿命が残りなんぼかということになれば
丁度石油の残りと同じ感覚で
あと50年分しか残ってないと思っていても
開発や技術革新なんかでさらに30年伸びたとか
そんな感覚で尽きることは分かっていても
何とか先に先に延ばしているってところでは
ないですかね。
どれぐらいまで存続するかは頑張り次第でしょう
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参考URLをちらっと覗いてみました。



この地球上に人間が多すぎる、地球のために減らすべきだ、という考え方は僕も以前から持っています。現状では人類は地球におけるガン細胞みたいなものだとも思います。

じゃあ、人類に価値はないかというと、それは飛ばし過ぎだと思います。

植物(熱帯雨林など)の存在は地球の環境保全の重要なファクターです。植物なしに今の地球環境を維持することはできません。しかし、植物が発生した当時はどうかというと違います。そのころの「自然環境」は大気の成分の多くが二酸化炭素で、それに合わせた生物が暮らしていたはずです。しかし植物がやたら酸素をつくって大気の成分まで変えちゃったので、今度はその環境に合わせた生物が生まれてきたわけです。

現在の環境に対して負荷を与えるから、即、存在価値がないというのはおかしく思えます。
コンピュータやバイオ、その他の技術が新たな多様性を生み出す可能性もあります。

その他の多くの生物が生存競争や食物連鎖など、環境的な力によって個体数を安定させるのに対して、人間の場合、理性でそれを行える能力があります(実行できるかが問題ですが)。
それができるようになれば、皆さんの予想よりはるかにながく、人類は存続することもできるはずでしょう。

存続してどうーするの?
他の方も書かれているように、人類が存在する事の本当の理由(もしあるなら)を知ることは不可能でしょう。けど、人類の目的なんて人類自身で設定してもいいんじゃないすか。
僕ら一人一人が生きていくために目的を設定するように。

たとえば、「宇宙に生命圏を広げる」とか「宇宙の真理を追求する」とか。

またしても脱線しすぎましたか?

もちろん僕自身、環境汚染や公害を容認しているわけではありません。よろしく!
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もし、地球がなくなるまで存続できるのならば、残り時間は45億年?或いは、太陽の直径が大きくなり、地球上から水がなくなるのはその10億年位前かもしれませんね。


私は無宗教の人間なので、唯一絶対の神がいて、人類を作り出し、そして、その意思によって絶滅させるという風には考えていません。科学者の端くれとしての意見を述べさせていただきます;
地球の歴史の上で非常に長い期間に渡って繁栄した生物としては、昆虫類や魚類を挙げることができると思います。これらの生物群は3億年以上に渡って地球上に存在し、繁栄しています。人類は地球上に現われてから、わずかに100万年の歴史しか持ち合わせていませんネ。地球上を我が物とし、劇的な消滅を遂げた恐竜でも1~3億年の間、地球上の王者として君臨していました。
これらのことから考えると、ホモサピエンスもあと2億年程度は存続するのかも知れません。ただし、現在と同じ種であるかどうかはわかりません。地球環境が変化しているため、変種や亜種が出てくる可能性は否定できません。そういう意味では、現在の人類と同一種の生物は数千万年レベルの存続なのかも知れません。
現在の地球上には人類の天敵となる生物は存在しません(ペストのような病原菌は別として)。したがって、天敵による滅亡は考えにくいものです。
最もよく言われる人類滅亡の原因は食料難ですが、例えば、オキアミは地球上の全人類に配ってもあまる程の資源量ですし、緑藻類やプランクトンなど、現在はほとんど食用とされていないものの積極的な利用によって、食料面ではかなり改善されるのではないかと思われます。

あらゆる生物(生命体)は、存続しようという本能を持ち、それに従って生存しています。人類も同じことであり、「何故存在するのか」という哲学以前に、DNAレベルでの本能である。としかいえないのではないでしょうか?
先カンブリア紀の生命爆発では、ありとあらゆる想像できないような形の生物が多数発生し、短期間で淘汰されました。これもDNAが実験をしたのではないかと思われるようなことです。
場合によれば、地球上のすべての生命体は、地球を実験室とした、地球レベルの壮大なDNAによる実験対象なのかもしれません。剥き出しのRNA生物であるマイコプラズマから複雑至極な構造を持った人類まで、様々な生物が地球上に存在し、それぞれが同じDNAを残そうと頑張っているのです。これってDNA自身が存在したいために、いろいろな生物の形態をとっているのではないかと思ってしまうのです。
これが回答になっているのかどうか知りませんが、思うところについて述べてみました。
なお、参考ページを見ましたが、なんというか、こういう意見ばかりを毎日見つづけると人間として生きていくことがイヤになってくるヒトも出てきそうな内容ですネ。
表現の自由ですが‥。
kawakawaでした。
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「その答を出すために「ホモ・・」は生まれた。


つまり「生物」として「やり抜くまで」だと思いますよ。
「人生」「さる生」=可能性だと
私は思います。「我ゆえに・・」哲学し、
「我ゆえの価値を決め」
「我なりの答と希望」だと思います。
すべての「生き物に「我なり=可能性」
でもね「考えると」=>「悩みも」生まれた。
キリ・・教ではないけど「知恵の林檎の解釈です。」
僕なりの。(笑顔笑)
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