古文の「候ふ」の訳語 「仕える」と「伺候する」
教えて頂きたいことがあります。
古文単語で「候ふ」の訳語に「仕える」と「伺候する」があると思いますが、
これらの文脈による使い分けはあるのでしょうか。
あと「伺候する」とは「仕える」とどのような点がちがうのでしょうか。
よろしくお願いします。
回答(3件)
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No.2です。
説明不足の点がありましたので、補足します。
「伺候する」は「お仕えする」ことの一部ですので、
「その日は主人の部屋で伺候していた。」と訳しても
「その日は主人の部屋でお仕えしていた。」と訳してもよいのです(ただし、前者がより具体的でよい訳だと思います)が、
「わたしはこの主人に一年間お仕えした。」と訳すべき所を
「わたしはこの主人に一年間伺候した。」とは訳せません。
一年間もじっと主人のそばで控えっぱなしということはあり得ませんから。
この回答へのお礼
otasuke009さん
再度のご登場ありがとうございました。
参考になりました。
No.2ベストアンサー20pt
この二つの訳語には使い分けがあります。
「伺候する」は難しい言葉ですが、これを言い換えた「おそばに控える」という訳し方もあるように、主人のそばに「いる」ことです。
つまり、ある特定の場面で主人に奉仕するために主人の部屋(または、部屋のすぐそば)にいることで、具体的に「ある日ある時おそばに控えている」場合に使えばよいのです。
(わたしは「伺候する」は言葉が難しいので普通は「おそばに控える」という訳を使っています。)
これに対して「お仕えする」は、主人に奉仕する「立場にある」ということです。
だから、「だれかのお世話をする仕事をしている」場合に使います。
つまり、「ある日ある時」という特定の場面でなく、「継続的な期間」のことをまとめて述べる場合に使えばよいということです。
この回答へのお礼
otasuke009さん
ご回答いただきありがとうございました。
とても参考になりました。
こんにちは。
単刀直入に言うと、文脈による使い分けは存在しません。
長年古典をやっていますが、使い分けなどみたことないです^^
仕えるも伺候するも、表す意味は、高貴な人の側で奉仕すること、です。
どちらを使っても全く問題ないですよ。
ただ、厳密に言うならば、伺候するは、常時その人の側にいて、時に話し相手になるような場合、仕えるは例えば神社だったり、その時々だったり、伺候するよりは頻度などは少し下がりますね。
しかし、これは相当読み込めないと掴めないかと思いますし、訳す分には普通に仕えるでいいと思いますよ^^
この回答へのお礼
alice0202さん
ご回答頂きありがとうございました。
参考になりました。
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