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内閣不信任案決議と衆議院解散について

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  • 質問者:MolleyCoddle
  • 投稿日時:2010/12/12 19:33
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内閣不信任案決議の可決からの一連の流れについての質問です。公民の勉強をしていて、この部分がどうにも腑に落ちないのでよろしくお願いします。
 まず、内閣不信任案が提出され、可決される状況というのは「内閣がどうしょうもない場合」ということですよね?これが可決されるということは、国会によって作られた内閣が、国会から裏切られるほどに腐敗しているということですから(単にイデオロギーの違いで造反されることもあるでしょうが、それは特殊な場合としておいてください)。そして、内閣は「総辞職をする」か、「衆議院解散によって国民に真を問う」かを選択することができる。そこで、この選択権が意味をもつかどうかというのが質問です。
 多くの場合、内閣は衆議院の解散を選択しますよね?この選択の意味は解散後の総選挙によって「内閣が悪いのか、国会が悪かったのかの国民の真」を問い、その後国会を召集して改めて首相を決定することで、最終的に内閣を改善させるということですよね?しかし内閣の立場から見れば、よしんば国民の真を問うた結果解散前の与党が勝利したとしても、内閣不信任案が可決されるほど不評を買っている状況で、解散させた首相が再びそのイスにつける可能性は低いと思うのです。それどころか、前野党に議席数をひっくり返される可能性もあるのですから、大局的に見てもむしろ不利な選択です。それにもかかわらず、こちらの選択が多用される理由が分かりません。
 それとも、内閣が総選挙の際に彼らの正義を国民に訴えることで、国民が彼らを信じ、現内閣を支持するような候補者が当選するようになり、結果として首相のイスは安泰になる可能性があるということでしょうか?しかしながら、内閣不信任案が可決されるというのはかなりレアなケースなはずで、多くの場合国民の支持率も酷い状況だと思います。ここで彼らが正義を訴えたところで誰も聞く耳を持つはずがないでしょうし、与党全体の利益を考えても危険な賭けであることに変わりはないと思います。それならば、内閣総辞職を選んだほうが党全体としてはダメージは抑えられるはずです。
 まとめると、どのような利益をもくろんで内閣が衆議院の解散を選択するのか、あるいは現在の制度に欠陥があるのかが分からないのです。

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このQ&Aは役に立ちましたか?(役に立った:3件)
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  • 回答者:tengenseki
  • 回答日時:2010/12/14 22:18

お礼有難うございます。

>与党の議員が議員の資格を失う可能性を飲んでまで野党と
>結託した理由というのが気になります。挙げていただいた
>問題というのは国益を左右しかねない重大なものだったの
>でしょうか?それとも単に党内の派閥争いとかいったもの
>だったのでしょうか

例外とした馴れ合い解散は除きます。総選挙で与党が大勝して
いますし。

バカヤロウ解散 1953.3.14  第四次吉田内閣。
  与党の自由党から鳩山派22名が造反し内閣不信任案賛成。
      自由党結成時は鳩山が党首。しかしGHQにより公職
      追放され議員になれず。追放解除まで自由党を吉田に
      預ける(その約束の真偽不明)が解除後吉田は鳩山に
      政権を渡そうとしない怨念と、吉田と鳩山の路線の違い
      (どちらかといえば前者が保守、後者はリベラル)から
      両派が何かにつけ対立。国民の人気は鳩山が勝る。
      総選挙後第五次吉田内閣となるものの、内閣不信任案
      可決見通し大により総辞職し鳩山総理となる。従って
      造反時の鳩山派は落選の心配は少なかったと思います。 

ハプニング解散 1980.5.19  大平内閣
  ハマコーのラスベガス問題や一連の自民党議員スキャンダルで野党
  が内閣不信任案提出。野党も自民党内反大平派も内閣不信任案が
  通ると思っていなかったが成立。大平は選挙で反大平派をつぶそうと
  思ったのだろうが選挙中急死。次は自民党の鈴木内閣。
      当時の自民党員は党より派閥の意向優先。派閥の花盛り。
      衆議院に小選挙区制導入の10年も前だから、同一選挙区で
      自民の派閥間争いも激烈だった。大平急死への国民の同情票
      もあったか、自民圧勝。

嘘付き解散   1993.6.18   宮沢内閣
  佐川急便事件の金丸逮捕、政治改革公約の先送り等で野党が内閣
  不信任案提出。自民から賛成が出て成立。新党さきがけや新生党が
  生まれ自民分裂。選挙後自民下野。細川内閣誕生。
      解散直前の内閣支持率が約11%。沈みつつある泥舟から逃れ
      んとした自民党議員が多くて当然の雰囲気だった。 

      戦後の総選挙の間隔は3年弱。代議士の任期は4年ゆえ、解散
      によって平均的には約1年選挙が早まるだけ。自民の第一党は
      まず安泰ということは自分の落選の可能性は低い。選挙後、当然
      新内閣ゆえ大臣願望者にとって早くその機会がきてほしい。等々
の思惑が絡み合っていたでしょう。

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この回答へのお礼

補足ありがとうございます。
やはり自民は選挙では強く、それが解散を選ぶリスクを帳消しにしていたということでよさそうですね。

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  • 回答者:tengenseki
  • 回答日時:2010/12/13 21:25

>まず、内閣不信任案が提出され、可決される状況というのは
>「内閣がどうしょうもない場合」ということですよね?これが
>可決されるということは、国会によって作られた内閣が、国会
>から裏切られるほどに腐敗しているということですから(単に
>イデオロギーの違いで造反されることもあるでしょうがそれは
>特殊な場合としておいてください)。

第二次大戦後、内閣不信任案が可決されたのは4回、いずれも
衆議院解散となりました。最初の「馴れ合い解散」は例外とした
ほうがいいと思います。

馴れ合い解散  1948.12.23 第二次吉田内閣。     
  少数与党のため国会運営上支障あり。解散して選挙で与党を
  増やしたい(吉田は自信あったのでしょう)が、当時は内閣不信任案
  が可決されないと解散できないとの解釈。そこで与野党馴れ合いで  
  内閣不信任案可決し解散。

バカヤロウ解散 1953.3.14  第四次吉田内閣。
  与党の自由党から鳩山派22名が造反し内閣不信任案賛成。
  自由党分裂。解散総選挙後吉田自由党は大幅に議席減となるが、
  第一党であり第五次吉田内閣誕生。

ハプニング解散 1980.5.19  大平内閣
  ハマコーのラスベガス問題や一連の自民党議員スキャンダルで野党
  が内閣不信任案提出。野党も自民党内反大平派も内閣不信任案が
  通ると思っていなかったが成立。大平は選挙で反大平派をつぶそうと
  思ったのだろうが選挙中急死。次は自民党の鈴木内閣。
  
嘘付き解散   1993.6.18   宮沢内閣
  佐川急便事件の金丸逮捕、政治改革公約の先送り等で野党が内閣
  不信任案提出。自民から賛成が出て成立。新党さきがけや新生党が
  生まれ自民分裂。選挙後自民下野。細川内閣誕生。

例外を除いた3件は、いずれも与党内に造反者が出て、野党と結託し
内閣不信任案を成立させたわけです。総辞職を選択しても首班指名
選挙に自分が出ても論理的に勝てない筈。ならば選挙で巻き返しの
淡い期待を抱き解散を選択。

回答になりましたでしょうか。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。
挙げていただいた例を見る限り、「与党が議席を減らす危険性を危惧して敢えて総辞職」と考えた総理はいないみたいですね。
むしろ3つ目などは与党も総理も単なる内ゲバでやっているようにも見えますし…
とはいえ、4つ目では実際自民が下野してしまっていますし、この結果は総理は予測していたのでしょうか?
質問を重ねてしまい恐縮ですが、与党の議員が議員の資格を失う可能性を飲んでまで野党と結託した理由というのが気になります。
挙げていただいた問題というのは国益を左右しかねない重大なものだったのでしょうか?それとも単に党内の派閥争いとかいったものだったのでしょうか?

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  • 回答者:hekiyu
  • 回答日時:2010/12/13 06:00

自由を担保するためです。

議会は内閣の不信任、信任を出せる。
それだけでは、内閣は、議会に従属する
だけの存在になってしまいます。
極端に言えば、議会の独裁に成りかねません。
それでは、権力分立原理が作用しません。

それで、議会と力の均衡を保つために
内閣に解散権を与えたのです。

解散権があるから、議会もいい加減なことは
できない。
不信任を出すなら、それだけの覚悟が必要だ、と
言うわけです。

ちなみに、権力分立が自由主義的原理である、と
いうことは解ると想いますが。

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この回答へのお礼

つまり、内閣不信任案と解散権というのは、私が前提としたように単に内閣改正だけを目的としたものではない、
立法府(国会)と行政府(内閣)の独立が原則上必要で、そのため互いに牽制する意味をもつ制度なのですね。
頭の中が整理されました。ありがとうございます。

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  • 回答者:wwr
  • 回答日時:2010/12/12 23:16

簡単に言えば、『伝家のご宝刀』ですね。
決定的力を持つが、抜いたら終わりだ… と。
衆院解散権こそが、総理大臣の権力の源の一つです。(もう一つの権力の源が、閣僚の任免権)


まず、
天皇が国事行為として衆議院を解散するのであり、その根拠が内閣の助言と承認です。
衆議院はチョクチョク解散され、その解散手法の一つとして内閣不信任案の可決によって行うものがある。
その他、総理大臣の意志によって衆議院はその任期中にはいつでも解散させることができる。

衆議院の解散は衆議院議員の身分を抹消させる事ですから、衆議院議員個人にとっては迷惑であり、この解散をちらつかせる事が総理大臣の優位性を保つ一つの手段となってる。
(閣僚は全て総理大臣に任命・罷免権があるので解散は総理大臣一人の意志で出来る)

分かりやすく言えば、自分の身分を抹消できる公的権力を持っている人(総理大臣)に対しては『オセジ』や『オジキ』や『ゴマスリ』をしながら、自分はいい目を見ていこうとの意志が働く。← これが総理の力の源。
この総理の力の源は、「ヤル!ヤル!」と言ってるだけで効果が発揮されるが、しかしたまには実際にそれを断行しておかなければ効能が薄れる。
だから時には実際に解散をする。と。(解散するにしても都合の良い時にしてくれたら、助かる。。。というのも総理の権力の源になる)


それで、
総理大臣は衆議院優先の原則の下で国会の議決によって指名されます。
その総理大臣によって組閣が行われる訳ですが、総理大臣選出は一度きりの決定ではなくて、その後も引き続いてアフターケアがあって、職務遂行中の総理大臣に対しても衆議院の内閣不信任案の可決によって不信任する事が出来ます。

不信任案の可決は、国会の過去に行なった総理大臣指名行為を無効とする意味を持つ。
これによって総理大臣の有効性が否定されますので、総理大臣とそれによって組閣された内閣が辞職する義務が発生しますが、そもそも総理大臣を選出したのは国会によってであり、その選出行為が無効化されたのですから国会の責任ともなる。
国会は過去の自分を否定する事になるからです。

国会は総理大臣を指名するだけが仕事ではありませんから、総理大臣の『罷免』によって即解散する義務はありませんが、総理大臣が必要と判断した場合には解散されます。
国会の指名責任の軽重を総理大臣が判断して国会に責任を取らせる… といったところでしょか。


分かりやすく言えば、衆議院に対しいつでも解散できる権力を持っている総理を、衆院が不信任案可決によって罷免すれば、総理の側は権力の源である解散権を行使して、国会を制裁する事もある…  だから、衆院は気軽に不信任案を出せず、よって政局が安定する。
政局が不安定化しても総理を辞めさせる意義があるのなら、自決覚悟で一か八かで衆院は総理を不信任する。

であるから当初の総理大臣を指名する時に、熟慮の上で行なえよ、と。
バカ菅、バカ鳩を選ぶほど、民主党には人材が居ないのかね? 今度は小沢君かね?

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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>その他、総理大臣の意志によって衆議院はその任期中にはいつでも解散させることができる。
恥ずかしながら、この部分は初耳でした。てっきり馴れ合い解散のように不信任案に対するカウンターによってしか解散されないものかと思ってしまっていました。

結局、個々の議員にとっての失職の危険性が総理大臣選出や不信任案提出に伴う責任感を担保している、ということですね。
ただ、与党が完全なピラミッド社会のようなものであった場合、この制度が有効に働くのかどうか少し気になります。
今の制度では与党の人間が自決覚悟で不信任案を可決する覚悟を前提としているので、例えば
「内閣が何をしようが従っている限り自分の身は安泰」というような人間が国会にいた場合、不信任案の可決まで行くのが非常に難しくなるような…

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No.1ベストアンサー20pt

  • 回答者:EFA15EL
  • 回答日時:2010/12/12 20:48

そうですね、ポイントがあるとすれば、
>多くの場合国民の支持率も酷い状況だと思います
これがそうとは限らない、という事です。

ほとんどの場合には、解散総選挙するとほとんど与党が勝っちゃってるのです。
不信任案が実際に可決されたのは戦後4回しかありませんが、その他(議案提出時点で解散)を入れても与党が負けた(政権交代)のは確か1回だけです。

それほどまでに自民党は選挙に強かった、というのもあります。
マスコミは常に野党よりの姿勢を示しますので、一見反対派が多いようにも見えるのですが、
実際の選挙となれば、選挙民は実利で考えると自民党に投票しておくと「いいこと」がある事を知っているので、地方を中心に票が伸び、最終的に自民党が勝ってきたのです。
逆に言えば、解散総選挙を上手く使えたのは自民党だから、ということでもあります。

実際、非自民政権だった羽田内閣は総選挙を選ぶ事すら出来ずに総辞職した上に政権を奪い返されました。(選挙しても金を無駄にするだけだった)
一方、唯一解散総選挙に失敗した宮沢内閣の敗因は、自民党からの離党者を大量に出してしまった事です(これが後に民主党へつながっています)。
※それでも自民党は最大政党の座は譲ってません。

まとめると、自民党にとっては解散総選挙は総辞職よりメリットが大きかったということです。
民主党がどうなるかは分かりませんね。今なら解散総選挙より総辞職の方を選ぶかもしれません。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。
なるほど、内閣の支持率が悪いように見えても党としての選挙では勝算があったということですね。
総辞職に対するメリットというのは自分らの党の議席を増やせるとか、そういったものでしょうか?

菅内閣が不信任案を突きつけられたときに総辞職を選ぶ可能性の理由というのは「選挙で勝てる見込みは薄いが、トップの交代でイメージ回復を図る」といったものでしょうか?
順当に行くと小沢さんか、しかしそれでイメージアップが図れるかというと微妙な気もしますね。

  
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