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卒論のテーマを、デジタル時代における人間の知覚・認識・意識・無意識の変化とその在り様について、アートを通して論じていきたいと思っているのですが、文字数が英語で4000文字までと少なく、これだけ幅広いテーマをどの点に絞ればいいのか悩んでいます。フロイトやマルクス・ベンヤミンといった現代思想家たちを参照することが必須となっています。アドバイスがありましたら、よろしくお願いいたします。

A 回答 (2件)

人間の生活する情報環境は、本来、五感の相関した総合的なもので、


かつそこに盛られた情報も、物理的な階層現象性(量子>クォーク>
素粒子>原子>分子>細胞>個体(認識))に基づいた、階層的
情報であり、そうした「相関性」において、五感からのインパルスは
脳内にニューロネットを形成します(生後の刺激によってニューロンが
伸長することは臨床的に確認されています)。

ところが、学校教育による座学での点取り競争、核家族化&共働き
による家庭教育の崩壊などにより、そうした“生育環境”が、人間が
処理した人工情報に依存するようになっています。
「人間が処理」することにより、情報の階層現象性は表層的な事実や
数値に置き換えられ、「人工情報」で提供されることにより五感の複合
ではなく単線的な記号に置き換えられます。

かつて戦争で大量に孤児が増えた時に、その収容施設において、
「ホスピタリズム(施設病)」という症例が問題になりました。
プレーンな室内に閉じ込められ、人間関係も限定されて成長した子供に、
知能の発達の遅れや無気力、短気で応用力がない、といった特徴が
見られたのです。
ある意味、“自己チュー化”が一般化し、親が子を殺し、子が親を殺し、
コミュニケーション能力や社会性の低下によるフリーターやニートの
増加する現代社会は、“丸ごとホスピタリズム”と言えます。
(過去の思想家の直面していない課題ですので参照しても大した引用
はできないでしょう)

デジタル機器の発達により、これまでの視覚・聴覚だけでなく、立体視
や触覚、動作まで伴って、五感のかなりの部分を刺激するようになった
(しかしそこに盛られた情報は階層性を失った刺激)テレビやゲームは、
ますます人間の成育環境として支配的になります。
それが商業主義的に、短絡的欲望にアジャストするならば、さらに人の
意識は自己中心的になり、社会性が劣化するでしょう。
そして、そうした社会性の低下した人間をして社会行動をとらせる為の
矯正システムである「お金=拝金主義」や「権力=権威主義」が深まり、
本体、助け合うために集まっている社会の本質たる“愛”による自律的
社会行動は失われていく(お金をもらうためにイヤイヤ働く)。

生物の進化において、複合的な環境情報を総合的に判断(環境認識)
して、自律的に適応する「ヒト型進化」と、すでに処理された単線的な
情報に対して条件反射的に反応することで、他律的に社会行動をとる
「アリ型進化」の2つの方向性があるが、その2つのパターンの1つの
代表であるヒト自身が、アリ型の進化へと移行しつつあるのです。
(意志の充足による自律的生(生きる喜び)から、苦痛から逃げる事に
よる他律的生(±0の生))

そこにおいてアートが、総合的環境における快的な要因の平均化の
産物である美を応用した、感覚的誘引を意味するならば、五感の相関
性に代わって脳のニューロンのネットワークの発達(総合的認識力)を
導く、エデュケーション(教育+リクリエーション・コミュニケーション)で
あり得るでしょう。
リアルの持つ階層現象性や社会性を反映した、ゲームやテレビへの
応用、あるいはオンラインによるバーチャルアートの提供がそれでしょう。
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人間社会にとって、潜在欲望がなくてははじまりません。



それこそが経済の血流の源泉なのです。

しかし、デジタル時代又は近代化社会では、規格化された生活を
余儀なくします。そこではあたかも人間の欲望は邪魔者であるか
に錯覚をしていかに秩序のある社会生活をするかに軸足がいって
しまいます。
その為、肝心の源泉を忘れてしまい、欲望から発生している、マー
ケットへの洞察が鈍感になってしまいます。
そこで、回帰する為に、カタルシスとしてのアートが必要となるの
です。また、アートを創造することこそが近代化社会の生産の原点
であり、マーケットの源泉でもあると気づくのです。
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