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ヤクルトの指名を求めながら拒否した選手
90年ごろ、ヤクルトのスカウトに「大学卒業しても野球が捨てられない」とドラフト指名を懇願して、実際にドラフト指名されながらも拒否した選手がいると聞きました。
その後、その大学と球団の関係が悪くなりしばらく選手の行き来がなくなってしまうほどだったと聞きました。その選手はどうして拒否したのでしょうか?
特別な理由でもあったのでしょうか?
その後、社会人野球に進んだのでしょうか?
それとも、一般の会社員として就職したのでそふか?
回答(4件)
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No.4ベストアンサー20pt
立教大の黒須ですね。黒須は今も自分でブログを立ち上げているぐらいだから、特に名前を隠さなくてもOKでしょう。
拒否したのは当初3位指名は「はずれ」後の指名だったのが不満で、内定していた銀行(確か興銀)の生涯獲得賃金が4億に魅力を感じたとか言ってましたけど。wikiによると先輩の長嶋や矢作が伸び悩んでいるから、というけど、長嶋なんて最初から客寄せパンダでしかなかったし、矢作なんてデブでパワーがあるだけ。比較する人物が間違っているようにしか思えないけどね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/1989%E5%B9%B4%E5%BA …
http://souzoku-zaimu.cocolog-nifty.com/kurosu/
立教大学のキャプテンしてた人。
ドラフト3位で指名されたが、銀行(証券だったか?)に就職。
スカウトの片岡さん(立教先輩)に頼みこんで指名してもらったのだが
本人いわく、就職にやりがいを感じた。(ドラフト後に挨拶来るのが遅かったとも言ってる)
そう言う理由で就職したみたい。その後ヤクルト側は立教を敬遠するようになった。
2010年の雑誌numberのドラフト特集号に顔写真つきで載ってる。
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