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宗門改帳は毎年村ごとに提出するそうですが、具体的に誰がまとめて、
どこへ提出するのでしょうか。
天領の場合、寺の代表者か名主が宗門奉行に提出していたのでしょうか。
宗門奉行が寛政期に廃止になってからはどの機関が管理していたのでしょうか。

A 回答 (3件)

手元に近くの市町村史に掲載されていた宗門改帳が4点ありました。


いずれも3月か4月の日付で庄屋(名主)から領主の役所に出されています。
4点の宛先は代官が2点、奉行が1点(何奉行か不明)、あとの1点は個人名で役職は不明です。領主によって担当部署の名称は違ったようですね。幕府領の村からは代官宛になっており、近くにあった代官所に出したと思われます。
一般に2部作成され1部は領主役所に提出、もう1部は控えとして村が保管しました(これが現在まで残っている)。出生や結婚などがあるとこれを訂正して翌年の宗門改めに使用したようです。これを見ると5~6才以下の子供が殆ど記載されていない宗門帳があります。子供の死亡率が高かったので7才くらいにならないと書かなかったのかもしれません。

様式は御存知と思いますが、組頭の下に各家があって家族全員の名前、年令、続柄が書いてあり、主人が押印しています。末尾に「右之分何れも代々○○宗当寺の檀那ににて御座候・・・」と寺の証明・押印がありますが、村人の中には村外のかなり遠い所の寺を檀那寺にしていることもあります。そういう寺の証明もきちんと取っています。庄屋さんは大変だったと思いますね。さらに村役人が連署・押印しているものもあります。

以上、ご参考になればと思い投稿しました。
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地方(じかた、村方)の標準的方法は、


寺または、名主の役宅に住民を集め、藩の係役人の
立ち会いのもと行う。
キリスト教徒でないことの調査が主目的、宗派などは
いい加減な調査であったとのこと。
村ごとに集め、郡奉行から藩の宗門改役に提出し、
藩から幕府の宗門奉行(大目付の配下)へ提出する。
控えは寺または名主宅に保管する。
(名主宅から永年にわたる、宗門帳が見つかった例が
ある)

天領へは幕府から宗門改役人が来て、代官役人と
ともに同様の調べをする。

町方は町奉行のもとで、寺または庄屋で同様行う。
(名主、庄屋は同じ意味で使いますが、ここでは仮に
農村は名主、町屋は庄屋としました)

武士は藩の宗門改役(藩の目付)に調べられた。

皇族、公卿、大名、神官、僧侶等も同様調べられた。

これら統制のとれる人達は良いが、流れ者の多い
江戸、大坂等の庶民について、調べは大変だった
でしょう。

キリスト教徒弾圧の必要性が薄れ、宗門奉行が廃止
され、宗門人別改という実質的には人口調査になって
からは大目付支配ではなくったものと思います。
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宗門改帳の管理は基本的に寺ですよ。


幕府や藩が必要に応じて使う形です。

寺が寺請証文を出してくれないと無宿人になりますので、幕府権力を背景に寺は住民に対する支配力をもつことになります。
目的は仏教以外の勢力を排他するわけですから、この点でも利害が一致するわけです。
だから寺も幕府にきちんと協力します。

実際役人が全住民の管理など事務作業が膨大でやってられないでしょう。
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