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言い換えれば、悩み事というのはすべて贅沢な
ものはないのか?

例えば「彼女にふられた」と悩んでいる人をみると、
それくらいのことで・・と思う人はかなりいると思う。
つまり世の中にはもっともっと大きい悩みをかかえて
いる人がいるわけだ。

阪神、淡路大震災のときでさえ、僕の知り合いの
おばあちゃんは、「まだいいよ、空襲のときはパンツの
代えさえなかった。」といっていた。

要するに悩みというのは、上には上があるわけで、
考えようによれば悩みというのは、すべて贅沢なもの
ではないのだろうか?

また逆に悩みというのは、本人の価値観によるがゆえ、
贅沢な悩みというのは何一なく、悩みのすべては、
それぞれ、たいへんに重たいものだろうか?

みなさんどーおもいます?

A 回答 (8件)

>要するに悩みというのは、上には上があるわけで、


考えようによれば悩みというのは、すべて贅沢なもの
ではないのだろうか?

そういうことです。
長年生きていると、若いころはつまらないことで悩んでいたと思います。
今考えれば贅沢な悩みでした。
年取って、いろいろな悩みごとを克服し、少々のことでは悩まなくなりました。
一人の人でも、悩みの重さは時代によって違ってきます。


>贅沢な悩みというのは何一なく、悩みのすべては、
それぞれ、たいへんに重たいものだろうか?

そういうことです。
長年生きていると、若いころはつまらないことで悩んでいたと思います。
年取って、いろいろな悩みごとを克服し、少々のことでは悩まなくなりました。
一人の人でも、悩みの重さは時代によって違ってきます。
それぞれその時点では大変重たいものです。
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 ある人にとってはその悩み、或いはあの悩みも贅沢であると思われる。


 では贅沢ではない悩みというのはあるか?
 それは思いつかないですね。大切なことですね。

 本人の価値観によるがゆえ、悩みのすべてはそれぞれ、たいへんに重たいものだろうか?
 いえ、課題や自己の義務ならば重たいでしょうが、悩みってなると、個人のわがままやegoが機能・起動しているんだと存じます。つまり無用なものだと存じます
 だからberryz100さんの質問文の最初のフレーズで一切だと思います。
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ベスト質問賞というのが有りましたら、差し上げたいと思います。



悩みの心的状況は杞憂から始まって、目前の危機に対して判断に迷うなどの状況が考えられますが、その時点では悩んでいる人は安全な場所にいるように思います。この時点を超えますとその後の心的状況は「恐怖」なんだと思います。

従いまして、恐怖に陥るまいとして対処する状況が「悩み」なのだと思います。

例えばバンジージャンプで飛び降りようとしている時の心境が「悩み」であり、飛び降りている最中は「恐怖」だと思います。これにはゴムの紐が付いていますので、架空の悩みであり、恐怖ですが、実社会ではゴム紐はついてないので、どちらにせよ大変なことなのですが、ゴムひももなくいま地面に向かって落下している人からみれば(そのような心的余裕はないと思いますが、)悩みはすべて贅沢に見えると思います。

3月11日の地震に続く、津波に巻き込まれた人たちの心的状況から眺めましたら、悩んでいることは「なんとさいわいなこと」と思えるでしょうし、現今の政治状況を眺めたら「浮き世離れした政治家の対応」になんと述べたでしょうか。
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>本人の価値観によるがゆえ、


贅沢な悩みというのは何一なく、悩みのすべては、
それぞれ、たいへんに重たいものだろうか?

悩みのレベルを評価すること自体が難しいと思いますますが、客観的に無理矢理それを評価し決めたとしても、
やはり、悩みを、背負った本人や、人それぞれの性格により、感じかたが異なると思います、
ある人から見ればどうってことない悩みに見えても、その人はその悩みのために自殺してしまうかも知れません、
また、ある人から見たら、自分なら自殺する、というくらいの悩みに見えても、強く生きている人もいると思います。

客観的に悩みのレベルを評価は可能かもしれません、しかし、人それぞれの受け取りかたは、評価できないし、強制することもできない。
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>悩みというのは、上には上があるわけで、


考えようによれば悩みというのは、すべて贅沢なものではないのだろうか?

例えば、仮に、目が見えなくなった人の不幸レベルが10で、五体不満足になった人が不幸レベル9だとして、目が見えなくなった人が、五体不満足になった人のことを、君の方が贅沢だよと誉めるとは思えません、
つまり、不幸レベルがある一定に達すると、不幸レベルの高い人と、不幸レベルの低い人の間に、贅沢の競争というものは存在しないのではないでしょうか?

ある一定の悩みレベルに達すれば、不幸のレベルの差は存在したとしても、贅沢というものは無くなる。
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悩みというのは、他人から見ればどうってことないようでも、本人にとっては大問題なんです。


悩みは言い換えれば、こうありたいという欲求です。向上心です。贅沢なんかじゃないです。より良くなりたいという思いは人として当然のものだと思います。
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贅沢な悩みと言うのは、例えばある学生が数社から内定をもらい何処に行こうか迷うと言う悩みだと思います。

一方、数十社の面接を受けても1社も内定がもらえない人は、何故もらえないか悩むでしょう。これを贅沢とは言いません。
要するに、悩みと言うのは個人個人によって内容もレベルも大きさも違うと言うことです。悩んでいる人にとって重たいも軽いもありません。それが全てです。
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悩みは 人間の特権でしょう 人を成長させる


今回の津波は空襲以上だと言う方が多いですよ
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