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戦国時代に火縄銃が伝来するまでは、日本人は銃のみならず火薬の存在自体知らなかったのでしょうか?
また銃よりも原始的な火薬兵器、炸裂弾とかロケット弾とかハンドカノン等は、それ以前の時代に伝来していなかったのでしょうか?

A 回答 (4件)

火薬の存在自体を知らなかったとは思えません。


断続的とはいえ、中国とも朝鮮とも交流があったわけだし。

火薬兵器の普及が遅かった原因として考えられるのは、

●火薬が貴重品
(原料の硝石は国内では殆ど産しないので、当初は輸入しないと無かった)

●火薬兵器を使って、うんと得することがない
(中国や欧州のような石の城壁が少ない、火薬無しで十分スピーディーな戦闘が可能、など)

というとこでしょうか。

なお、三山並立時代の沖縄では三眼銃という原始的な銃が坊城用に使われています。
朝鮮経由で伝わったようです。
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>戦国時代に火縄銃が伝来するまでは、日本人は銃のみならず火薬の存在自体知らなかったのでしょうか?



鎌倉時代に、既に「火薬」は理解しています。
1274年・1281年の「蒙古襲来」がありましたよね。
(蒙古襲来となっていますが、多くは高麗軍の侵略です)
この時に、元軍の先陣として侵略してきた高麗軍が火薬を用いた武器を使っています。
(絵が残っていますが、この軍は元でなく高麗兵士です)
韓国の国定教科書には一切記載がありませんが、対馬・壱岐では「非常に残忍な行為」を行っていますよ。
女性の掌に穴を開け、数珠繋ぎにして奴隷として高麗に連れ帰ってもいます。
約50人の子供も、高麗国王への献上品として誘拐しています。その他、色々と残虐行為を行なっています。
まぁ、1895年まで「歴代中国の属国・植民地」でしたからね。中国軍が行動を起せば、自動的に朝鮮・高麗軍も参戦します。
※日清講和(下関)条約第一条。「清国は、朝鮮の独立を承認する」

>銃よりも原始的な火薬兵器、炸裂弾とかロケット弾とかハンドカノン等は、それ以前の時代に伝来していなかったのでしょうか?

ここで書くと長くなりますので、記載しません。
が、全国各地の神社・集落で行なわれている「火祭り」を調べて下さい。
面白い結果が、得られますよ。
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 日本人が火薬を使用した兵器を初めて目にしたのは、13世紀の元寇の時だとされていますが、この時火薬を使用したのは元軍だけであり、その際に、日本人が火薬というものの存在を理解出来たのかどうかは判りません。


 以下の参考URLのページに掲載されている情報に拠りますと、その後、14世紀になると、倭寇による襲撃が活発化してくるのですが、それに対抗するために、朝鮮半島でも火薬が製造されるようになった際に、朝鮮と交易していた日本にも、同時期に黒色火薬の製法に関する知識が伝来したと考えられている様です。
 そして、1468年の応仁の乱の頃には、日本でも原始的な銃が、武器として使用された様です。

【参考URL】
 擲弾兵 - Wikipedia > 2 擲弾の出現
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%93%B2%E5%BC%BE% …
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元寇のときに元の兵器に「てつはう」というものがあったと記録にあります。

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