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なぜ小国のスイスが中立を終戦まで続けることができましたか? ドイツが問答無用でその気になれば、力の差は明らかですが、なぜ攻撃しなかったか、またできなかったのか不思議です。 

A 回答 (6件)

質問に対するストレ-トな答えにはなりませんが、スイスの永世中立はスイスが中立を宣言したから中立でいられるわけではなく、他国がスイスの中立を尊重しているから中立でいられるのです。

第二次大戦当時、スイスはドイツ占領下のフランスを含めて枢軸国に完全に包囲されていました。ドイツと戦っていたアメリカ外交官などは陸路を通ってスイスから出られず、飛行機がスイスから出国できる唯一の交通手段になったくらいです。
 枢軸国がスイス攻撃を意図したらスイスはたちどころに敗北したことは間違いありません。国民皆兵制度があっても小国に違いないのですから勝てるはずがないのです。そのスイスが中立を保てたのは枢軸側にとってスイスを占領して得る利益よりもスイスが中立でいることで得られる利益の方が遥かに大きかったからです。
 具体的に言いますと、交戦国同士は外交関係が途絶えるので、交戦相手国に自国の意志を伝えたり交渉を求める手段がなくなります。そうした時のため、各交戦国は互いに戦争に参加していない国を自国の利益代表国といういわば代理人にして、相手国が選んだ利益代表国と交渉してもらって代理人による相手交戦国との交渉を行うわけですが、代理人にってくれる国がなければ不可能ですし、代理人になる国があっても代理人という中間者を通した交渉では話が正しく伝わらなかったり時間がかかりすぎるという欠点があります。どうしても交戦国同士で直接交渉する必要も出てきます。その時、中立国があれば、例えば交戦国のドイツとアメリカは共にスイスに大使館を置いていますから、スイスを舞台にして交渉することも出来るわけです。
 以上はスイスの場合でしたが、スウェ-デンもまた中立国で、第二次大戦中中立を通しました。ドイツがスウェ-デンを侵略しなかったのはスイスに対する場合と違い、純粋に軍事上の観点からだと小生は判断しています。スウェ-デンの例も学んでみたらいかがですか。
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この回答へのお礼

スイスはどの国も干渉できない貴重なドイツの貯金箱であった事が一番の理由と推察します。干渉されない状態をキープしておきたかったのだと。

お礼日時:2012/01/25 06:41

 確か、「楡の木計画」という名でドイツ陸軍総司令部[OKH]作戦課がスイス侵攻計画を練っていますけど、



 ・奇襲作戦を実施するにしても、動員兵力が大きくなりすぎる(連合国にばれる)
 ・スイス内の親ナチ活動の確証が得られない
 ・イタリア軍との協同作戦は考えられない
 ・占領しても、アルプスを縦断する輸送路・鉄道の喪失は避けられない

 という理由から、旨みが無いと判断されたようです。

 ちなみに、スイスはドイツ軍がポーランドに侵攻した次の日に陸軍の動員令を発令。
 (国境部隊などの召集[動員令を掛ける前の予備段階]はなんと、ドイツ軍がポーランド国境に集結した段階開始している…。)

 1週間後には補助兵力を含めて60万以上の配置を完了しています。
 (国民皆兵国家の面目躍如と言った所でしょうか。)

 大戦中のスイスの状況ですが発令された空襲警報は7400回、撃墜した領空侵犯機は枢軸軍機12機(+墜落・不時着52機)、連合軍機13機(+墜落・不時着177機)、被撃墜200機、空の戦いに関する死傷者が300人以上だったそうです。

 しかも連合軍は、国境に近いシャフハウゼンやバーゼルどころかなぜか内陸部のチューリッヒまで空爆しています。
 (まあ、誤爆だと連合軍は主張してますが…。)
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確かに、スイスはWWIとWWIIで戦争に参加していません。


しかし、それ以前に中立宣言をしたあと二度も戦争に巻き込まれています。

スイスが独立したのは、1648年に終わったカトリックとプリ手スタントの30年戦争終結時です。
この年戦争の戦後処理であるウェストファリア条約で、スイスはオランダと共に独立を承認されました。
このときスイスは中立宣言をし、他国もそれを承認しました。
これは、どこかに交渉の場を確保しておく必要性を各国も認めていたからです。

イスラエルとパレスチナの戦争も、アラファト邸周辺にジャーナリストが集まっているから、非武装地帯・交渉の場となっている為に全面戦争にはなっていません。

しかし、その後1709年にオーストリア、1798年にはナポレオンに侵略されています。
この経験から、スイスは武装国家の道を進みます。
中立いう言葉は、どことも同盟しないという意味です。
これは、攻められても助けてくれる他国がいないことを意味します。

WWIIで侵略されなかったのは、軍の対応が素早かったからです。
1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵攻した日に、スイスは国家非常体制を発動し、
48時間以内に40万の大軍を国境に配備しました。
スイスには、その当時、全ての工場が爆撃されて、武器が生産が止まり、農地が荒されて食料生産ができない状態になっても、丸々一年間戦えるだけの武器弾薬と食料がありました。
スイスは、命令すれば48時間以内に国民の一割が兵士である軍事国家に変身することが可能です。
スイス人は昔からヨーロッパ最強の傭兵として有名でした。
ローマ法王のボディーガードはスイスの傭兵です。
スイスは国土に山が多く天然の要塞としての機能が充実していて、守るには有利な地形です。

これらの為に、ヒトラーはスイスを諦め、ノルウェーとデンマーク、ベルギーを落としました。
スウェーデンは鉱物資源を未然にイギリスから守る為です。
ベルギーはなまじ兵器の質が良かった為に、大戦中はドイツ軍の兵器をずっと作らされました。

ノルウエーとベルギーが侵略された理由ですが、
実は、WWI以降にノルウェーとデンマークも永世中立を宣言していましたが、スイスの実態を良く知らず、安易に当時流行っていた「武装解除」の雰囲気に流されてしまっていました。
これには以下のように考えてしまったためです。

1:武器があるから戦争が起きる。全ての国の軍事力が他国を侵略できないレベルなら戦争は起きない筈だ。
2:ドイツはベルサイユ条約で軍事力を削られ、10万の兵力しかないので、何もできないだろう。(ドイツはソ連国内で極秘に軍備拡張していました。)

1あたりは現代でも、同じ事を叫んでいる人がいそうですね。
日本でも、少し前までは、スイスを平和主義の素晴しい国で、日本も見習うべきだと言っていた教師や学者が大勢言いました。最近は実態が知られつつあるので、別の国を褒めているようですが。
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まずスイス占領は極めて困難です。


イラクではなくアフガンみたいなもので、険しい山岳戦、しかも国民皆兵で国民意識が高く、国民全員がタリバン以上のゲリラ戦力になることを覚悟しないといけません。
大量の武装をしているとはいえ武器の補給はいずれ途絶えるのでベトナムほどではないでしょうが、険しい地形に籠られた相手を掃討するとなると、何倍もの戦力が必要になります。
確実に主戦線が崩壊しますね。

そして当時のスイスの態度です。
ドイツに攻められないために、連合国に中立違反と攻められないぎりぎりの範囲でドイツには比較的好意的です。
ドイツはスイスで美術品等売れるものを換金して、戦費を調達しています。
貴重な輸出の窓口です。
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ドイツは海外からの物資/資源などを、中立を標榜するスイス経由で入手していたのです。

従って、スイスを攻めることが
出来なかったのでは? スイスはそのために、連合国からは色々と、言われていたようです。それと、前の方が書かれておられる様に、スイスの軍事力は非常に高いものですし、いざとなると、山岳地帯で氷河を爆破したりして、徹底的に戦う準備があるそうです。うっかり手は出せませんよ。
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メリットがないからです。


まずスイスの国土はほとんどが山岳地帯。資源も少ないですし占領しても使い道があまりなくお荷物になるだけです。
次にスイスは小さいけれど男子は全員徴兵で兵隊になれるし、実は軍事力が超強力なんですよ。さすがにドイツが全力でかかれば落ちたかもしれませんが、犠牲に合わない土地を占領することに意味がなかったのです。
そしてそもそもイギリス相手に手一杯の状態でした。
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