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西ローマ帝国滅亡後の直接的な原因としてゲルマン人の大移動があったとよく聞きますが、国が滅亡するということと直接結びつきません。
移動が滅亡ということはそこに住んでいた西ローマ帝国の人よりも多い人が移動してきたわけでもないだろうし・・・。
その後、キリスト教に帰依してるのも不思議です。
詳しい方、ご教授お願いします。

A 回答 (2件)

国の概念の理解



ローマ帝国は最盛期で人口が 5000万人
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9010.html
ローマ時代のヨーロッパの人口を3300万人くらいとしていますが、小アジア(トルコ)とかエジプトとか北アフリカの人口をカウントしてませんので、この数字です。
ざっくり言うと、ローマ時代の人口密度は 1/20。今でもヨーロッパに行くと都心部以外は人口がまばら。(日本みたいに、狭い平野にこんなに人口があるところが不思議)
んで、今の国家はいろいろ面倒見てくれますが、面倒見のいい国家になったのは19世紀後半くらいから。それまでは、面倒見が悪いです。

当時の国家は、地方から税金を集めることが主目的。
中国の古代、秦の始皇帝が最初にやったことの一つが、全国の道路網の整備だったり、隋の煬帝が経済破綻したのも、大運河を頑張って作りすぎたため。
すべての道はローマに通ずってのは、軍隊を派遣する方法であるとともに、税金を集めてくる(当時の場合、食料の小麦を運んでくる)手段だから、頑張って道路を作った結果です。

まばらな人口のところに、道路を作っていれば、道路は簡単に切断できて、道路が切断されれば、税金がローマに来ません。

ゲルマン人が大移動してきたということは、道路という交通網の便利なところにゲルマン人が居座って、ローマに収める税金を途中でもらっちゃうことです。
イメージとして民族大移動というと、農地を求めて農民が移動な感じでしますが、数千万の人口のローマ帝国内に入ってきた各民族は10万人とか数十万人。農地をよこせではなく、農地でとれたものをよこせです。

交通網の切断=納税システムの崩壊によって、実質的な西ローマ帝国の皇帝の領域(=納税が来る場所)がイタリア半島くらいに縮小した段階で、皇帝が殺されて後継が生まれなかったというのが、西ローマ帝国の滅亡。

しかし当時の人の感覚としては、ローマ帝国内に複数の皇帝がいたり、一人の皇帝がいたりしていたので、その当時複数いた(東と西)の一人がいなくなったくらいにしか思ってなくて「ああ 西ローマ帝国が滅んだ」なんて思っていなかったらしい。

ゲルマン人がキリスト教に帰依したのは、西ローマ帝国滅亡のもっと前。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E3%82%B4% … 例えば 西ゴート族
アリウス派がゲルマンに布教しており、一般庶民である旧ローマ帝国人がカソリックだったので、民衆を効率的に支配(自分らが少数派だから)するには、宗派を変えちゃえといようなノリです。
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この回答へのお礼

とてもわかりやすかったです。ありがとうございました。

お礼日時:2012/03/08 20:36

西ローマ帝国の滅亡は、自壊です。


既に国内がバラバラになっていたため、ゲルマン人の流入を防ぐことができず、分解してしまったのです。

西ローマ帝国に入ってきたゲルマン人、特にバンダル族によって、当時の西ローマ帝国の食料基地であった北アフリカが制圧され、一挙に西ローマ帝国の求心力が失われてしまいます。
またガリア地方南部からイベリア半島にかけては、西ゴートが制圧し、西ローマ帝国の人的供給力が失われてしまいます。
さらにフン族の侵攻を自力で防ぐことができず、皇帝がフン族を前にして逃げ出す状況では、国民の支持が得られるはずがありません。
そえなれば、後は滅亡しかありません。

ただ、実際西ローマ帝国の滅亡といっているのは、オドアケルのクーデターによる乗っ取りのことで、オドアケルは乗っ取ったイタリアを維持する実力が無く、イタリアを東ローマ帝国に献上し、自分が東ローマ帝国の後ろ盾による総督の地位についたのをもつて、西ローマ帝国の滅亡としています。
しかし、現在のパリを中心とした地域では、西ローマ帝国の滅亡後も10年くらい西ローマ帝国を名乗り続けます。(シャグリア朝)

>西ローマ帝国の人よりも多い人が移動してきたわけでもないだろうし・・・。
西ゴート王国の場合、ゲルマン人の割合は5%程度、フランク王国の場合で15%だそうです。

>その後、キリスト教に帰依してるのも不思議です。
西ローマ帝国に入ってきた時には、ゲルマン人は、キリスト教を信仰していました。
フランク族はカトリックでしたが、西ゴートや東ゴート、スエヴィーなどは、アリウス派でした。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2012/03/08 20:54

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