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私は、科学かどうかによって心理学の価値が変わるとは思いません。それを断ったうえで質問です。心理学は科学なのでしょうか。確かに、心理学と一口にいっても、様々な分野があり、一概にはいえず、多くの人が科学だと認める分野もあるとは思います。ですが、その一方で、探求過程で恣意的な解釈の余地が大きかったり、再現性に乏しかったりする分野もあると思います。心は測れないと言われたりもします。それでもそのような傾向は、「社会科学」といわれる分野、しいては、実験が追い付いていない理論物理などの分野でも程度の差こそあれ、あることだと思います。 このような、一般人からするとある種の漠然とした位置づけの中で、科学として心理学を研究/勉強されている方がたは、神経心理学などの科学としてのポジションを確固としていそうな関連する分野をどうとらえていらっしゃるのでしょうか。極端にいえば、オカルト的な不当な扱いをされていると感じることはないのでしょうか。もしくは、そんな細かいこと考えたって真理には近づけない、と否定的に考えていたりする人が多いのでしょうか。

A 回答 (3件)

 ・結論から書きます。



 (1)心理学の基礎は 「科学」

 (2)神経科学を「夫」とすると 「妻」は「神経心理学」

 (3)心理学で生計を立てたい人の中に、心理クイズ

   占い、オカルトなど、マスコミ関連分野に流れる人もいる

 (4)真理に近づこうとするなら、あらゆる理論、

   あらゆる思考、あらゆる対象を深化させる。

   有能な心理学者・科学者は肯定論者。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・心理学の前提にある最小限度の性格が「科学」です。

  要するに、心理学の基礎は科学です。

  これは、古くに確立されている事実です。

  でも、いまだに繰り返されて問われるのは、

  心理学を(名称だけしか知らないで)論じる人たちが多いから

  ということでしょう。少し学ぶだけで、「心理学の基礎は科学」と

  わかるのですが。『計量心理学』などは、難解な高等数学を駆使します。

  ・・・付け加えると、

  科学の基礎は数学、あるいは「数学的観察実証理論」。

  数学の基礎は「哲学」。哲学の基礎は「探究心」。


 ・あなたがどんな思いからこの問いを出されたかはよくわかりませんが、

  オーソドックスな考え方から想像すると、『「心の科学」は成立可能か』という

  古代からの基本的な問いにも通じるものがあります。

  実体を欠く「心」を実証科学の対象にすることは可能か・・・ということですが、

  これは、現実的な問題に対処することを例に挙げると理解できます。

  現代心理学は、心理学だけですべてを解決しようなどとしません。

  これは科学も同じです。それぞれの分野での独自な研究は当然ですが。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・片思いの人に告白するタイミングはいつがベストか。

 ・重度自閉症児の他動、奇声発生、無言語を回復させる方法は?

 ・原子力発電所対策の政府発表はどこまで信頼できるか。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  これには(科学、神経心理学、政治学、認知・行動心理学)など

  いろいろな理論の深化が必要です。プロファイリングも。

  真剣に眼前の問題に取り組むとき、数学的に判断し、

  即断する人はいません。

  片思いを数学の確率から論じて笑い飛ばしたり、

  自閉症児にしても、原因を「脳内微細胞変異」と告げて

  あきらめるように両親に断言する人は、珍しいでしょう。

  科学理論を駆使しても、原発の安全性への不安は解決できません。

  ただ論じるだけならなんとでも言えます。そして、科学や心理学を

  現実問題に役立てられない、使えない人が、批判します。

  これは、「数学(学校の学習)なんて、社会に出たら何の役にも立たない」

  と言う人の多くが、役立てる力を持っていなかっただけのことだったりします。

 ・私は「重度自閉症児」を育ててきました。結果、他動も、奇声発生も

  言語能力の欠如もすべて解決させました。

  悩み、絶望し、泣きながら眠る夜もありました。

  救うためにすべてを用い、すべてを深化させました。 

  科学も、心理学も、現実問題を解決するためには、

  強力なタッグを組みます。何だって用います。

 
 ・最後に「英語のスペル」からの判断材料を書いておきます。

  認知・行動神経科学 Cognitive and Behavioral Neuroscience

   神経心理学                      Neuropsychology

 ・どんなものも、どんなことも、それらを駆使する力があれば、

  単純に批判したり、バカにすることもなくなります。

  力とするには、好奇心を発展させて探究心にする必要があり、

  学びを深化させたあとには、瞑想力・ひらめき力がつきます。

  どうぞ、問いを深化させ、問いの原点をさかのぼることを学んでください。

  この人生を生きやすくできます。

  あなたの明日にステキなことがありますように。
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この回答へのお礼

 深い見識をお持ちの方の、真正面からのご回答、大変参考になりました。

 心理学の手法は疑いなく科学であって、神経科学をはじめとした他の学問分野とは、車輪の両輪のような関係で、一体となって問題解決に役立てられているというこどですね。
 
 最近テレビや雑誌などのマスコミで、あたかもかつてのスピリチュアルブームの焼き直しかのような形で、心理学の専門家と称する方々が出られている(マスコミという媒体の性質からくるバイアスも当然あるとは思うのですが)ので
、心理学に携わる方々が肩身の狭い思いをされているのではないかと思い質問させていただいた次第です。

お礼日時:2012/04/28 15:53

 こんばんは。

これは個人的な見解ですのでお気に召さなければ読み飛ばしてください。
基本的に「社会科学」の範疇に「心理学」も含まれると僕は考えています。
 その最大の理由として「社会科学」が「実際に今現在生きている人間」を対象としながら検証し、それを現在あるいは将来にわたる「グラウンドデザイン」を提示することを目的とした学問領域だからです。
 「場当たり的」との批判がなされていますが、近代ヨーロッパそして戦後日本の社会科学が私達の社会に与えた数知れない影響を念頭に置くなら、こうした批判は正鵠を射ていないともいえるでしょう。
 臨床的に即効性のある対処法はそれぞれの政策課題を一つ一つクリアしていくことで答に辿り着きますが、そのためのベースとなるものが社会科学であり心理学に課せられた本質的な課題であり責任でもあると考えます。
 哲学的認識の一部でもある「科学」にとっての「真理」が「ここまでがわかったこと」「これがそこから派生した新たな課題」として境界線を引く作業であるともいえます。「絶対的真理(この様な存在はありませんが)」があると仮定して、「現在の我々が認識できている部分はこの部分に相当する」と認識できた部分から新たな視点と課題を見出しうる。
 心理学といっても「臨床医学」のように病例や症例から治療法を考究する分野もあれば、政治社会学での「集団心理」「社会心理」のように動態観察をベースとして社会問題や歴史像の構築を模索する分野もあります。
 なお「科学」に対峙する学問領域は「人文学」であり、「」科学」を支える根っこの部分は「哲学」です。このため東洋や前近代の日本には「科学」は存在しなかったともいえます、いささか過激ですが。
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この回答へのお礼

心理学は社会科学の中に位置づけられるものであって、既知の部分と未知の部分を区別しそこから新たな視界を切り開いていく心理学の手法は科学そのものである、ということですね。大変参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2012/04/28 16:09

心理学や神経科学の法が現代では社会科学より確かでしょう。


社会学系統の場当たり主義はその評価を決定的の低下させたことによります
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

お礼日時:2012/04/28 15:53

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