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平氏は帝につきましたが

頼盛は裏切って上皇につこうとしていましたが
忠正に促され?
結局、忠正が上皇につきましたよね。


忠正は頼盛に
上皇について、上皇側が勝っても
棟梁を裏切ったと後ろ指を指されるだけだと

裏切ったところで、どっちが勝とうと…
というような事を言いましたが

なぜ忠正は上皇側についたのでしょうか?
平氏を守るためといっていましたが、よく分かりません。

棟梁が帝側につくといっているのであれば
裏切って上皇側についても得する事は無く、
それを忠正自身が頼盛に言っていたのに
なぜ自分は上皇側についたのでしょうか?

全然分からないので教えてください。

宗子(池禅尼)が忠正に対して
かたじけない
と言っていたので、

忠正は平氏のためを思って、上皇側についた(死にに行った)のかな~と自分的に感じましたが

それでもやっぱり、忠正が上皇側についた意味が分かりません。

分かりやすく教えてもらえると助かります。
(歴史の知識はほとんど無いので。ドラマで描かれてないところまでは)

A 回答 (2件)

 日本史を見ると、しばしば親子や兄弟が敵味方に分かれて戦っています。



 それは親子や兄弟で本当に反目しあった結果なのかもしれません(本人に聞いてみないとわからない)が、概して、一族が生き残るための方便だと後世の我々は考えています。

 後世の「真田幸村親子」が、一度は九度山に蟄居するだけで許されたのも、家康に仕えていた長男のナントカが家康に命乞いしたおかげです。

 つまり、今回で言えば上皇側と天皇側に分かれて、互いに戦うわけですが、勝った側についた者は「恩賞に代えて」負けた側についた同族の命乞いをするわけです。

 中国の元と明が戦ったとかいうのと違って、天皇側にも上皇側にも、同じ一族だという意識があります。相手側を徹底的に滅ぼす気持ちはないのです。

 自分の味方をした者の願いに応じて許してやれば、自分の「徳」を示すことになり、許すことで恩賞をけちることができ、許された者たちの感謝と今後の奉仕を期待できるわけです。

 損はない。

 今回は、清盛が味方した天皇側が勝って上皇側が負けるのですが、もし上皇側が勝っていれば、忠正(でしたっけ)は「恩賞に代えてお願い致します。長である清盛のクビをはねる程度にして他の平氏を許してください」と上皇に願い出たことでしょう。

 そして、上述の理由から、上皇はそれを許したでしょう。

 それが、平氏の一部が上皇側に付かなければならなかった理由。


 頼盛に代わって忠正が上皇側についたのは、上皇&忠正が勝てば、恩賞に代えての嘆願で頼盛の命を助けられる(敵側ボスである清盛のクビは取られる)。

 天皇&清盛が勝てば、当然、頼盛は安泰だ(敵側ボスである忠正のクビは取られる。もし頼盛がボスだったら頼盛のクビが取られる)。

 忠正が上皇側へ行くことで、結局どっちに転んでも、頼盛のクビは切られずに済むようになりますよね。

 そうするための行動でしょう。

 頼盛がクビ切られる可能性がなくなったので、母親は忠正に感謝した、ということでしょう。
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なぜなんでしょうね。


私にもよくわかりませんが、ドラマの中のことですからね。

どうするのかという平氏の会議みたいなのの後に
平頼盛と平家貞役の中村梅雀が話していたけれど、
家貞は頼盛がなにも過激なことを清盛に言わなかったのを
不思議がってましたね。
もともと頼盛は清盛が平氏の棟梁になるのを好ましく思ってなかったらしですから。
そのあたりから頼盛の心境の変化みたいなものが
あったのかなと推測できるくらいです。
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