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20代・専門学校生・女です。
いい歳をしてとても恥ずかしい悩みですが、聞いてくださると嬉しいです。

私は人と仲良くなりたいという思いは人一倍強いにも関わらず、なぜかいつも上手くいきません。

私は小さい頃から人見知りが激しく、人と仲良くなることがとても苦手でした。
中高生の頃までは、そういった人間関係を築くのが苦手な子など、クラス内で孤立してしまう存在の子はどこのクラスにも1人は居た気がするのですが、そういった子達も歳を重ねるにつれて人と関わり合うことが上手くなり、いつの間にか友達や仲間ができたり恋人ができたりしています。
そうではない子も居るとは思いますが、私の周りに居た過去に孤立してしまっていた人達は皆、今では人間関係も上手く築けるようになり、友達や仲間に囲まれていたり、自分の居場所のような物を持っています。

ですが、私は年齢を重ねるにつれて人と関わり合うことが確実に下手になっています。
中高生の頃はとても少ないながらも友達が居て、クラス内では目立たない存在でしたが孤立はしていませんでした。
今となっては、あの頃なぜ自分に少ないながらも友達が居たのか、どうやって仲間を作ったのかがよく分かりません。
友達とは作るものではなくいつの間にかなるものだとよく言われていますが、黙って突っ立っているだけでは友達はできないし、多少なりとも「仲良くなろう!友達を作ろう!」という意識の元で他人に話しかけるなり何なりをしなければ友達はできないと思います。

私はかなり口下手で、思った事がぽんぽん口から出てくるタイプではなく、「何をどんな風に発言すればいいんだろう?」とかそういった事を頭の中で考えているうちに、何も話さないまま時間が過ぎてしまった、という事がよくあります。
ですが人と話すことは決して嫌いではなく、むしろ心の中では「もっといろんな人と関わって仲良くなりたい、楽しくお喋りがしたい」と人一倍強く思っています。
しかし、人見知りと口下手のせいで人の輪にうまく入っていくことができず、いつの間にか自分の心とは裏腹に孤立してしまうことがとても多いです。
また、元気のいい活発そうな人や派手なタイプの人には昔からとても苦手意識があり、遠目からその人を見ている分には「いつも明るくていいなぁ、羨ましいなぁ」と思うのですが、いざその人と対面で話すとなると「私みたいに無口で陰気そうな人間と関わるの嫌だろうなぁ」とかいろいろ考えてしまっていつも以上に上手く話せません。
逆に自分に近いというか、パッと見が地味な感じの人とは比較的深く考えずに話せるのですが、だからといって性格が明るくなるわけでもお喋りが上手くなるわけでもないので仲良くはなれません。
頑張って会話をしようとしても、どこか外しているような気がしてなりません。
場の空気を読もう読もうと思っていると最終的には黙ってしまいます。

また、もし少しでも一緒に居てくれそうな兆しが見えると、すぐにその人に甘えてしまう癖もあります。
口下手で楽しいお喋りができるわけでもないのに1人で居るのが不安だからという理由だけでその人にくっついていって、口下手な私が隣に居るせいでその人が人間関係を広げるきっかけがあってもダメにしてしまったり…
はっきり口に出されたことはありませんが、「私がこの人にくっついてるときっと迷惑だな」と感じることも今まで多々あったので、なるべく人にしがみつくような事はしないでおこうと思っているのですが、そうして自分から離れていくと今度は孤立してしまったり…
こんな私を鬱陶しがって離れていった人も居ます。
私がその人から離れると急にその人に沢山友達ができて楽しそうになる、というのもいつものパターンです。
いつもの事すぎて、自分が疫病神か何かなのではないか、と思えてしまいます。

こんな事の繰り返しで、1人で居ることには慣れてしまいました。
人と会話すると緊張して何を話せばいいのか分からなくなって疲れるし、明るい性格ではないし、自分には1人が向いているのかもしれない、とも思います。
もう歳も歳なので誰かとつるまないと何もできないという事はないし、自分1人で居る時間も楽で好きです。
でもその反面、誰かと関わり合いたい、楽しく仲良くしたい、という気持ちも非常に大きいです。いつもはその気持ちから目を逸らしていますが…
"1人で居ることを選ぶ"ことと"どうしてもいつも孤立してしまう"ことは違います。
私は完全に後者です。

人は、いろんな人と関わり合っていろんな経験をすることで成長していくものだと思います。
私は歳をとるごとに人との関わり合い方が下手になり、今まで新しいことを始めようとする度に嫌なことがあったせいで新しいことに飛びこんでいくことも怖くて逃げてしまい、未だにこんな幼稚な悩みを抱えてしまっています。
心の中ではきっと誰よりも人と上手く関わり合って楽しく毎日を過ごしたいと思っているはずなのに、なぜか現実には望んでいる方とは逆の方向へ行ってしまいます。
年齢だけどんどん重ねていって、そのくせ人間関係の築き方も分からず、気軽に遊びに誘える友達も居ない、恋愛経験は皆無…
対人スキルや人生経験など、歳相応なことがまるで身に付かないまま年齢だけ大人になってしまっていることが辛いです。
中高生の頃に仲が良かった友人達とは数ヶ月に1度ぐらいの頻度で会って近況報告をするのですが、私以外の人達は友達も大勢居て恋人も居て、趣味もあるので話題も豊富です。
しかし、私は友達も居なければ恋人が居たこともなく、自分から他人に発信できるようなことが1つもありません。
人の話を聞く役にまわるのは別に嫌ではないのですが、同い年の友人と自分の人生経験や精神年齢の差を改めて感じて落ち込みます。
毎日毎日1人でもやもやしています。

対人スキルってどこでどうすれば身に付くものなのでしょうか…
精神的にももっと大人になりたいのに…

本当に、どこへ行っても何をしても上手くやれない、不器用で性格も暗い自分が嫌になります。

A 回答 (11件中1~10件)

はじめまして。

ご相談内容を拝読しました。なんとか、いまの状態から抜け出したいと言うお気持ちが伝わってきました。

あまりお役にたてるかはわかりませんが、コミュニケーション技法の一つであるコーチングの専門家として、少しでもご参考になればと思い、書かせて頂きたいと思います。

相手のお話をお聞きになるだけで、その方とうまく会話をお取りになれないとお悩みの様ですが。聞き上手なのは、とても素晴らしいことだと思います。

もしかしたら、聞き方をコーチング式の聴き方にちょっと変えてご覧になるだけでも、会話の糸口が見えてくるのではないかと思いました。

つまり、コーチングでは人の話を聞く時には、""聞く""と""聴く""では、大きな違いがあると言われています。

一般的に使われる漢字の""聞く""は、字の通りに門の中に耳を閉じ込めている聞き方です。この聞き方をしている時には、たまたま自身の興味があることや、知りたかったことを相手が話したら、耳のフィルターを開けて聞き入ります。でも、それ以外は、聞いてるつもりでいても、実は、門のなかに耳を閉じ込めたままなので、あまり深くは聞けていません。時には聞いてる時に、違うことを考えたりしてしまうことで、相手の話を聞き逃してしまったりしてしまうかもしれません。

一方で、""聴く""の聴き方は、まるで違う聴き方となります。人の話を聴く時に、相手の話の内容だけを聴くのではなく、対面で会話をする場合は、全神経集中させ五感を使う様な感じで、相手の話に耳を傾けます。そして、漢字で耳へんに十四の心と書くことから、自身の中にも十四の様な広い心を持ち、話手がその話をどんな思いや気持ちで話しているのかまで深く聴きいる聴き方が本当の""聴く""とコーチングでは考えています。

なかなか、普段、後者の""聴く""の聴き方で話を聴いて貰えることは、実は、あまり多くないと言われています。


いまから17年位前に、私がコーチングを学びだした時に体験から学んだことがありました。実は、私は父の転勤に同行し、3~7歳と、17~22歳の間に海外生活をしていた帰国子女であるために、日本語にコンプレックスを持ってもいました。そして、コーチングの講習の中で、""効果的な質問をする""練習をする演習の中で、こんな体験をしてしまいました。その演習では、二人組になり、私とペアになった'クライアント'役の方が5分程お話をなさり、'コーチ'役となった私が""効果的な質問""をして、その方の視点を広げたり、その方が抱えている課題や目標に対して、自ら考え、自ら決断し、自ら行動につなげられる様に促すと言うものでした。日本語にコンプレックスが
あった私は、ただでさえ、""質問""を相手にするのが大変なのに、まして、""効果的な質問""をとなるともう大変!何とか、""効果的な質問""をしようと言う気持ちが先にたってしまい、私が取ってしまった行動は無意識のうちに、お相手が一生懸命にお話をして下さっている最中に、頭の片隅で、どんな質問が効果的な質問に繋がるのかと考えてしまっていました。この状態では、なかなか、""効果的な質問""には至らず苦戦。演習なので、'クライアント'役の方から、本当に""効果的な質問""に繋がったかをフィード・バックして頂き、質問力を高めていくのですが、私が受けたフィード・バックは話をちゃんと聴いて貰えていない印象を受けたと言う散々なものでした。そのフ
ィード・バックをされて、初めて私も自分の聴き方が、実は、聞き方になっていたことに気がついたのです。つまり、聴いているつもりではいましたが、頭の片隅で質問を考えていたと言うことは、100%お相手の会話に集中して耳を傾けてもいず、まして、その方の心の中にまで注意を傾ける本当の聴くではなかったのです。演習は相手を変えて、何度も何度も続きましたので、これに気がついた私は、""効果的質問""をする前に、気持ちの中で100%以上にお相手の話に耳を傾けることに徹してみました。もちろん、頭の片隅で""効果的な質問""も考えずに。全神経を集中し聴きいりました。そうすると、不思議なことに、""聞く""の聞き方では味わえなかった感覚のお相手の話

共感しながら、耳を傾けることもでき、そして、最大のメリットとして肩の力を抜いて聴くことができたので、私の中から自然とこれをぜひ尋ねてみようといままで以上に自然と質問ができました。中には、本当に単純な質問であっても、実は、その単純な質問がお相手の視点を広げられる""効果的な質問""に繋がったりもしました。

私のこの体験と同じ様に、肩の力を抜いてお話をお聞きになる時に、100%集中し耳を傾けてご覧になるのは如何でしょう。この聴き方をなさると、本当にお話を聴いて頂けたとお相手は心地よくなる筈です。そして、もっともっと話を聴いて頂きたいと、お相手の方から寄っていらっしゃる様になる気がします。

私も、何度も何度も練習を積み重ね、数々の失敗わ繰り返しながら、ようやく本当の聴き方ができたりする様になりました。プロのコーチングのコーチとなったいまでも、常に四六時中、""聴く""を心がけている訳ではありません。仕事モードの時には、100%以上にクライアントの方のお話に耳を傾けられる様に、プライベートの時は、無意識のうちに""聞く""モードに入っている時もあります。四六時中、肩に力をいれていては、ここぞと言う時に意識を最大限にお相手に傾けられなくなる気がするからです。

ですので、ご自身がこの方とは相性が合いそうだなと思われた方がいらしたら、試しに、意識して""聴く""に全神経を傾けてご覧になるのも良いかもですね。
私は""聴く""名人は、尊敬に値する方で貴重な存在の方になると思います!話しベタでも、全然、大丈夫と思います。きっとお相手は、お話を本当に聴いて頂けてると感じると、あなたのことを口数が少ないとか口ベタとは思ったりしない筈です。ぜひ、お話に耳を傾けてる時には、そのお相手があなたにもっとお話をしたいと思える様に、努めて意識して明るい笑顔を心がけてみてね。そうするだけで、安心して人はお話をできますから!

実は、私は四十歳にして、コーチングを学び、聴く力を身に付けました。まだまだ、お若いから、ぜんぜん遅くもありません!
人生、まだこれからよ。これから、きっといろんな方と出会う中で、本当の心が通う方にも巡り会える筈。応援しています‼
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話し声のトーンがもしかして普段低いですか?



だとしたらそこを直すだけでも少し変わると思います。

意識して少し高い声で普段いるだけでも気分が明るくなって人が寄ってきますよ。

まずは小さな変化からでいいんではないでしょうか?

頑張って!
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自分を見ているようです。


私もまったく同じようなことで小さい頃から悩み続けていました。

こういう悩みに年は関係ないと思います。
育った環境や、性格によって、ずっと悩み続ける人もいれば、悩んだことがない人もいるでしょう。

私もそうなのですが、質問者さんは、何度も誰かと仲良くなろうと頑張って、挫折してを繰り返し、結果、人付き合いがどんどん怖くなってしまったようですが、
何度やってもダメだったということは、根本的にやり方が間違っているんだと思います。

まず、考えられる原因は自信のなさだと思います。
<「私みたいに無口で陰気そうな人間と関わるの嫌だろうなぁ」
とありますが、これは質問者さんが相手の気持ちを考えたのではなく、
勝手な想像で卑屈になり、結果自分で自分を傷つけています。
相手の気持ちを思いやるのは大事ですが、勝手に想像するのは違います。
人の気持ちが読めることなんて絶対にありませんから、マイナス方向に想像しても
疲れてしまうだけです。
「友達になりたい」というのに、「自分がどう思われているか」というのが
重要でしょうか?
まずは「友達になりたい」「仲良くなりたい」という気持ちが大事だと思います。
私も同じようなことを考えてしまうので思ったことですが、
「友達になりたい」という気持ちが強い、というより「誰かに嫌われたくない」とか
「自分はどう思われているのか」という気持ちが強いように感じます。

また、派手な人は苦手で、地味で自分に近い人とは話しやすい、というのも気持ちわかります。
しかし、人と仲良くなりたい、と思っているのにこの考えは少しおかしいような気もします。
結局相手を区別して「この人なら私を傷つけない」と思っているではないでしょうか。
「友達になりたい」じゃなく、「自分を傷つけない人」を選んでいる…
それは結局相手を区別して、自分より弱い人を見下していることになります。
失礼なことを言ってすみませんが、私は最近自分を分析してそうゆうところがあったな、と思ったので、
参考程度に聞いてください。
誰の前でも同じように自分を語っていいんです。
例えば傍若無人な態度をとれば相手は必然離れていきますが、友好的な態度でいれば相手も笑いかけてくれるものです。質問者さんは人と仲良くなりたいのですから、相手だってそうと分かれば嫌な気はしないと思います。いつも自分のままでいれば、合わないこともありますが、合わなければ知り合い程度で終わっても、気が合えば親友になれるかもしれません。


私は質問者さんと同じで人と仲良くなりたい気持ちは強かったけれど、対人恐怖症でもあったので、
とにかく強い人は怖かったんです。いつもビクビクしてて、絶対に傷つきたくないとガードを固めていました。だから質問者さん同様「この人は私のことが嫌いだ」と決めつけ、結果人を遠ざけていました。
仲良くなりたいなら、そんな気持ちはいらないんです。
私が自分を嫌いだとか、そういうことは相手には関係ないし、相手と仲良くなりたい気持ちとも関係ありません。
「その人が好きだ」という気持ちだけでいいだと思うんです。

あと質問者さんが書いているように、自分から行動することが大事だと思います。
自分から話しかける、そうすると相手も話しかけやすくなるでしょう。
「あの人は話しかけていいんだな」と。

まず自分を肯定するところから始めてみてはどうでしょうか?
質問者さんがどんな質問者さんでもいいんです。明るい時もあれば暗い時もある。
活発なことをしてもいいし、大人しくしててもいいです。


うまくやる、というところに質問者さんの理想があるのでしょうが、
それを実行するためにどうしたらいいか…
もしそこに他人の行動も含められているのなら、絶対にうまくいかないので、
その理想は捨てたほうがいいです。
他人の行動は予想できないし、気持ちも読めません。
自分が変わるしかないです。

憶測でいろいろと書いてしまいましたが、気持ちがわかるので、あきらめないでほしいと思いました。
まとまりがない文章ですが、少しでも質問者さんの気が楽になるといいです。
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まるで自分が書いているのかと思うほど、同じです。



上手くコミュニケーションできない、発信できない、経験がない、ということに負い目を感じそれ自体が人を避ける理由になってしまい心を開けない状態です。

表面的な対人スキルは社会にでて無理にでも経験を積めば磨かれていきますけど、心の部分は難しいですよね。

そんな自分自身でいることは苦しいかもしれませんが、人と比べたり羨んだりするよりこれが自分なんだと受け入れるのはどうでしょう。

自分じゃない誰かを演じ続けたら確実に一生孤独です。
でも素の自分のままでい続けてたら、いつか分かり合える誰かと巡り合う確率はゼロではない。

ま、保証はないですが覚悟してみるのもどうでしょうか。
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結局、質問者様が色々と考えた結果で、相手を選別しておいて『人と関われない』と言ってるように見えます。




私は、人見知りしません。ある顔見知りの方と仲良くなれたら良いなぁと何度か話し掛けましたが、「~?」で聞いても、聞いてる内容とは違う返事をされ。単語で返事されて会話が続かない…5回目ぐらいで、やっと『迷惑なんだ』と気付き、挨拶以上に関わるのを辞めました。
今は、すれ違った時に挨拶はしますが『立ち止まる』は絶対にしません。
時々、相手が『話し掛けてオーラ』を出して近くにいますが、私は話し掛ける度に『追い払われた』と感じたので、もう追い払われたくないので、話し掛けてオーラに気付かない振りをして立ち去ります。


質問者様が『私なんて…』と思っての行動って、相手には『質問者様に、わけもわからず避けられた』になっていませんか?
依存してるのも『質問者様は、本当は私とは合わないと思ってるけど仕方なく一緒にいる』と相手が思ってたかも?
何だか自分ばかりが傷付いてるような文章なんで、質問者様の態度で相手が傷付いてる可能性って想像してないのかな?と思いました。


私は、上記の方には『人見知りしない』のが、『デリカシーがなく踏み込む人間』とイメージされて、避けられてるのに気付いてますし、多分、誤解されたままだろうし、仲良くなるのは無理なんだろうと諦めてますが、やっぱり傷付きますよ。
質問者様も、あれこれ考えて避けるのは辞めた方が良いと思います。
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ジョハリの窓 で検索して、


読みながら考えれば、
良好な人間関係を築くヒントが
得られるでしょう。

受け取り上手、与え上手に
なることをお勧めします。
受け取り上手は、人の気持ちを
快くする与え上手なのです。
とりあえず、
負のオーラを消滅させて、
聞き上手(=相槌上手・引き出し上手)になることから
始めてみませんか。
美しい毛筆の書体で手紙が書けるのであれば
e-mail などは止めて、手紙や絵手紙を
活かしませんか。

ダンス・合気道・料理の達人になりませんか。
なお、
屋外のスポーツは、紫外線の影響が強いので
お勧めしません。インドアで楽しんでください。

質問者さまと時間と空間を共有することで、
その人に、どんないいことが起きつづけるか
ですね。

Have a nice time!
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スポーツが簡単ですよ。

ジョギングにしろ、テニスにしろ、それなりに好きな人はいるので、一緒の時間ふえますし。
どうしたら、うまくなるのか?フォームはどうなのか?過去の大会などの出場の話、どこでスポーツしたなどなど話す内容も色々ありますし。
僕なんか、友人以外にも仕事のお客様とジョギングしてますよ^^。

あとそれなりにうまくなり教えたりできるようになると、人もよってくるようになります。
まずはスキルうんぬんより、何かに熱中してみはいかがでしょうか?
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私の友人の中にも過去そのような子がいましたよ。

だけど私自身はただの深くない会話や挨拶に空気を読んだりしないので積極的に誰とでも話しかけるんです。今となってはその子も和気あいあいと話してくれる良き友人になりました。jajajapan_2004さんに限らず周りが人を選別しすぎて孤立しているようにも見受けられました。海外から見れば日本はそういった面では世界一孤独な人種かと。だから気休めですけど仕方のない環境におられますので根気よく失敗にめげず自信を持ってください。日本にも友人がいますし彼らもまた積極派、そして少なからず似たもの同士も必ずいます。だけど指を咥えたままではダメだとも思いますので怖がらず諦めずにね。
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一人でいる時も同じように居場所がないような落ち着かない状態ではありませんか。

まず自分が自分と落ち着いた関係でいられるようになれば、他の人のことはあまり気にならなくなると思います。ほかの人があまり気にならないときにその人たちと自然に付き合えるようになるのではないでしょうか。
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>ですが、私は年齢を重ねるにつれて人と関わり合うことが確実に下手になっています。



それは、そうでしょうね。
子供の頃はみなさん話し下手・聞き下手ですから、下手同士なのであまり問題がなかったわけです。
極論すれば図々しさだけで話していたようなものですから、「こんなこと言って良いのかな」みたいな遠慮のある人は話す機会を失ってしまうだけでなく、話し方の訓練も失ってしまうわけです。

「話し上手は聞き上手」と云う言葉が有りますが、私がそれを教わったのは小学生のときでした。
でも教えてくれた先生が間違った解釈をしていたようで、「話し上手な人とは聞き上手な人のことなのですよ」と解説していました。
これ、大不正解です。
これを真に受けた人は、聞き役に徹することで話し上手になりたいと思ってしまったわけなのですが、誰かが話しかけると「ハイ、そうですね」とか「ウフフッ」と言って、「自分は相手の話を良く聞いている」などと勘違いしてしまうのです。
話しかけた人から見ると反応が無い・・・すなわち「暖簾に腕押しの人だなぁ。つまらないから相手にするの止めておこう」となってしまうのです。

「会話とは話しかけと受応えの連続だ」とも言われますが、「受け応え」であって「受答え」ではないことに留意してください。
しかしながら、多くの口下手な人は「受答え」だと勘違いしていますので、会話とは誰かが質問して、それに対して答えること・・だと思っています。
「○○さんは、いくつなの?」、「23歳です」。・・・・・これで話が終わってしまいます。
警察の尋問ならこれで良いのですが、雑談のような話の場合はマズイですね。
例えば、公園で話しかけてくれた可愛い女の子が居たのですが、「美保ちゃんはいくつなの?」と尋ねたら「はい、2週間前の○月○日で7歳になりました」と答えてくれました。
見事な受答え兼受け応えです。
これならば「それじゃ、○月○日はお誕生日のお祝いをしてもらった?」とか、「どんなプレゼントをもらったの?」とか、「お友だちも呼んだのかい?」など、次の会話につながる取っ掛かりがいくらでも有りますよね。

しかし、会話において話かける人が質問ばかりしているわけではありません。
「この前家族とディズニーランドに行ってきたんだ」と話しかけられると口下手な人は質問ではないので、どのように受け応えして良いか分からなくて押し黙ってしまったり、(相手からはシカトだと思われますね)「あぁそうですか」とだけ応えます。
「あぁそうですか」だけですと、ずいぶん素っ気無いですよね。
「つまらんこと言うな」みたいな雰囲気が醸し出されてしまいます。
会話をキャッチボールに喩えると、この人はボールを受けただけで終わりにしてしまう身勝手な人と言えます。

でも聞き上手の人ですと、「へぇー、ディズニーランドかぁ、いいね。俺も遊園地好きだけど、ディズニーは行ったことが無いんだ。どんな感じだった?」と云う風に相手にボールを投げ返します。
すると「一日乗り放題のパスポートってのを7千円で買ったんだけどさぁ、いや参ったよ。凄い混雑でさ、どこもかしこも3時間待ちとか4時間待ちだから結局一つも
乗れなくて、ただ見ただけだったよ。ありゃ詐欺みたいなものだな。あそこは駄目だ」。
「それなら俺がたまに行く遊園地のほうが良いかもね。入場料は無料で、一つ乗るたびに150円とか300円とかかかるシステムだから無駄が無いんだ。それに適度な混み具合だしな」。
「その適度な混み具合ってのは良いよな。超混雑でもガラガラでも、どっちも面白くないもんな」。
「そこよ、それ。だからデパートガールなんか可哀想なんだぜ。定休日が水曜日だろ。水曜日に同僚と遊園地に行ってもガラガラでクソ面白くもないし人生の悲哀を感じるって言ってたぜ」。
「なるほど、そりゃ穴場だな。水曜日に有給取って遊園地に行ってみるか。女同士で来てるのは大抵それだろ。彼女を作るには水曜日の遊園地ってことで合意しようぜ」。
・・・まだまだ話が発展して続いて行くのですが、二人とも話し上手でもあるし聞き上手でもありますよね。

そして、最初の話からいつの間にか自然に彼女を作るには・・・の話に移行しています。
会話と云うものは、ある程度話したところで連想ゲームのように次々と話題が移って行くものです。
こういう人たちですと、「話に花が咲く」こともあるでしょう。

しかし、もう一度見てください。
「あぁそうですか」と応えられてしまったら、話しを振った人は困ってしまいますよね。
次に何を話したら良いかも分からなくなってしまいます。
結局、「あぁそうですか」、「そうなんです」で終わってしまうわけです。
もちろん、「あぁそうですか」で話しを終わらせてしまう人は嫌われますから段々と話しかける人が減ってきて、やがて居なくなります。
もう一度言いますが、聞き上手でない人は、質問でないことには応えられないのです。
これが非常に大きな欠点ですね。
そして、「根暗な奴」、「俺とは話もしたくないらしい」、「おちょくってんのか」、「自己中だな、嫌な奴」のように、かなり悪いほうに誤解されてしまいます。

誤解されたら誤解を解けば良いじゃん・・みたいなことを言う人も居ますが、誤解されて話しかけられなくなったら誤解を解く機会も無いということなのです。
誤解を解きたかったら自分から話しかければ良いのですが、それは話し上手の人にしか出来ません。
話し上手の人は、最初から誤解などされないわけなので大いなるジレンマがここに有るわけです。

私の知り合いや過去の友人で嫌な奴の思い出は、こんなところです。
・挨拶しても挨拶を返さない。
・何を話してもうなづくだけ。・・・この人は車に乗せると全くの無言になります。
あるとき、助手席に乗っている彼のほうをみたら、一応うなづいていました。
しかし、車を運転している人は前を見ているわけですから助手席でうなづいても、それは無言・・つまりシカトと同じことなのです。
ですから、この人はそこまで気が廻らない頭の悪い人、気遣いの出来ない人でもありますね。
・何を話しても作り笑いで「ウフフッ」としか言わない。・・・この人は、何を言って良いのか分からないときは、とりあえず笑っておけば無難だと思い込んでしまったようで、この人なりのテクニックなのでしょうが、「遅くなりまして申し訳ありません。昨日の晩に父が亡くなったものでとりこんでおりました」、「ウフフッ」。
これを実際にやってしまいました。とりあえず笑っておけば無難・・・と云うのは大間違いですね。

私がアメリカにホームステイに行ったときに強く感じたことがあります。
多くの日本人が、話している途中で知らない単語に当たると、そこで押し黙ってしまうことでした。
つまり知っているつもりで話していて、いざその場になって知らない単語に当たると押し黙ってしまうわけです。
相手のアメリカ人は困惑して、「どうしたのか?」などと尋ねますが、それでも押し黙ったままなので、何と失礼な奴かと思いました。

でも単語を知らなかったら相手に尋ねれば良いのです。
例えば、アメリカ人の男と湖に釣りに行ったときに「日本では餌は何を使うのかい?」と尋ねられました。
私はこう答えました。
「その単語を知らないのだが、蛇のような形をしていて地面の下に住んでいるものだよ」と。
そうしたら「あぁ、それはアースウォームだ。それを使うのかい?」と言ってくれたので、
「ありがとう。それだ。他にも色々使うけどね。例えば・・・うーん、蝶に良く似た虫の卵が孵化したものとか」。
「あぁ、そりゃ○○だ。では海では何を使うのかい?」
「海釣りの餌も色々使うけど、蛸を釣るときは適当だな。蛸は何でも食うから。そう言えばアメリカ人はなんで蛸を食わないのか。美味いぞー」。
・・・という感じでいくらでも会話が続いていくのです。
でも、ミミズと云う単語を知らないことに気づいて押し黙ってしまったら何も会話にならないところですよね。

貴女は人嫌いではないし、人と仲良くしたいと願っているわけですから、
『知識として』話し方を勉強すると良いでしょう。
具体的には「話し方入門」などで検索して勉強するわけです。

多くの人は自然に身に付くのでしょうが、身に付かなかった貴女は『知識』を頭で勉強するしかないと思います。
知識とは、話し方と聞き方のテクニックですね。
分からないことを尋ねられたら「分かりません」とだけ答えるのではなく、「知識がないので答えられないのですが、それってどんな風に面白いんですか?」のように返すと良い・・というのも一つのテクニックです。
それと先ほども言いましたが「質問ではない話しかけ」にも応えられるようにしましょう。
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