プロが教えるわが家の防犯対策術!

こんにちは。

家内が絵画好きでして私も普通のオッサンよりは美術館など行くことは多いです。
私としては絵画を見ると言うよりのんびり雰囲気を味わえれば良いのです。
ですから混んでてチケットの高い企画展は大嫌いで常設で十分なのです。

絵画を見るとは一体どう言うことなんでしょうか?
私はまず、絵の大きさを認知し、次に絵全体の明るい暗いを感じて、
そのあと人物、風景に目がいって、そのあと画家名・タイトル・説明書きを読み、
次に又絵の全体を見回します。もちろん気になるところがあれば細部も見ます。
(でもこれは最初だけで飽きてくると絵の前を通り過ぎるぐらいになってしまいます)

これって絵を見たことになりますか?
やはり何かを感じるのが鑑賞と言うものでしょうか?

例えば聖書モノの絵画を見て、
あっこの画家はこの場面をこのように描いたか、ふーーん。となります。
でもこんな感想だとマンガなどでも良くあることです。

写実的な風景画。
きれいとか、自然がすごいとか、日差しがいいとか、となります。
でもこんな感想だと写真でも良くあることです。

人物像。
すごい綺麗な人だなー、とか可愛いなー、Hだなー、とか。
でもこれだと絵の感想ではなくモデルさんに気持ちが入ってます。

人気のフェルメール行きましたが、
やはり女の子が可愛いとか、得意の構図だ、とかその程度の感想。
唯一フェルメールの風景画と言うか建物を書いた作品。
これは光の捉え方が独特ですごく平面的ですごく立体的で、こう言う感性は感じます。

何かを感じているのは確かなのですがこんなので良いのでしょうか?
一体絵画を見るとはどう言うことなんでしょうか?


では宜しくお願い致します。

A 回答 (8件)

こんにちは。



私も時どき、美術館で思うんですよね。
他の皆さんは、どういったところを重点的に見ているのだろう?って。
特に一枚の絵画の前で、時間をかけて難しい顔をしながら「じぃ~っ」と
観ている人って気になります。コッソリ頭の中を覗いてみたくなっちゃいます(笑)

あはは。実は私も時間をかけて観るタイプなんですけどね。
私の場合は、画家の生い立ちや作風の移り変わりを楽しんだり
画派や時代背景や同時代の画家と比較したりしながら観ています。
一枚の絵を前にして、感情表現の有無、1つの絵が仕上がるまでの過程、
絵の主題、技法、画法、色ののせ方、写実と幻想の融合、などなどなど、
わかる範囲で確認したり、他にもいろいろ難しい言葉もありますが、
何がなんだかわかりにくい事まで考えたりしながら観ることも多いです。
あと、額縁にも興味があるので、額の装飾や額装の仕方なども観ています。
堅苦しいですが美学生出身というのが大きいのだと思います。

同系列の<絵>の展示会にもよく行きます。
リトグラフ(版画等)、グラフィックアート(デザイン系アート等)、
イラストレーション(挿絵やカリカチュア等)などなど、
その作品によって鑑賞する観点が違うようにも思います。

私は個人的に「観る」と「見る」は違う事だと思っていますで、
興味のある作品は時間をかけてじっくりと観ますが、
それ以外は表面だけをサラっと見るだけでスルーします(笑)

上記あくまで「私の場合は」ですので、他の皆さんがどのような
鑑賞方法をなさっているのかは全くわかりません。
ほかの回答者様も仰っているように、
<美術館を楽しむ>ということにおいては、
PAPATIN329様は 充分に満喫されているように思いますし。
<絵画の楽しみ方>というのは、人それぞれのように思います。
例えば、実際に絵を描く人とそうでない人は、着眼点が違います。
カメラを趣味にしている人は、構図には拘るけど色彩には無頓着かもしれません。
人それぞれ自分に合った鑑賞方法で良いのではないでしょうか。
<絵の正しい見方>があったとして、強要されたらつまらないですしね。


絵画も漫画も写真も、基本は平面アートです。
同じような感想を抱く事はまったくおかしくないと思います。
「綺麗だな、なるほど、明るい色、服装がおもしろいな。」
などなど、むしろ自然な感想なのだと思います。
絵画だから こういう感想はおかしいとか、
絵画に対して 的確な思考を持たなければならないとか、
もし、そういった考えをお持ちなのでしたら、
あまり難しく考えすぎなくても良いのではないかなって私は思います。

立派な美術館でに展示される絵画というのは、
どうしても厳粛で格式高い感じがしてしまいますよね。
その雰囲気もまた優雅な感じで素敵なのですが、
頭の中まで厳格に他と格分けすると疲れちゃいそうです。


あ、難しい事はさておき、画家の遊び心を見つけるのも楽しいですよね。
たいていは説明文に表記されていますが、民衆の中に画家本人を紛れ込ませたり、
サインを面白い場所に書いてみたり、メッセージや秘密の暗号があったり。
その絵に関する面白いエピソードも楽しみの一つだったりします。

既出の「真珠の耳飾りの少女」はそういう楽しみが多いですよね。
修復家がシミだと勘違いして誤って塗りつぶした耳飾りと唇のハイライト。
現在は2ヶ所とも本来の絵の姿に戻されていますね。
他の作品は室内風景なのに、なぜ少女の背景は黒なのか?
モデルは誰? 空想の少女だとか、家の使用人の少女だとか言われてます。
使用人だとしたら、身分の低い少女が高価な耳飾りは不自然。
フェルメールのゆかりある地にターバンの習慣はない。
衣服もアジアの衣服(特に日本の着物)ではないかといわれている。
瞳や肌の描き方が他の作品と異なっている?…などなどなど。
(間違った知識があったらすみません)

そういった事を考えながら観ると楽しいですよね。
事前に知っていると絵に親しみが湧いてより感動します。

何でもそうですが、鑑賞するものってその人の好みですものね。
そこから何を感じようがその人の自由だと思う。
色が好きなら色を。形が好きなら形を。物語が好きなら物語を。

絵画って、読み取ろうと思えば何でも読み取れると思いますよ。
そこから空想だってできるし、音楽だって聞こえてくる。
画家の性格、拘り、愛情、怒りなどの感情。やすらぎ。

これはちょっと突飛すぎますが、どこかの偉い?美術家さんが
美術館に絵画を観に行く事を「画家と時を超えた対話をしに行くんだ。」
な~んてキザな台詞を、言っていました。対話だなんて無理無理。(笑)
だけど、そういう気持ちになるくらい熱狂する人もいるのでしょうね。

なんてことない表情の肖像画があって、その絵を見て、
「笑っている絵」と感じる人もいれば
「悲しんでいる絵」と捉える人もいます。
鑑賞者のその時の心のコンディションでも変わってくると思う。

美しい夕陽を眺めるかのように<見る>のも自由。
そこから何かを学ぼう掴もうと<観る>のも自由。
ほんと、美術鑑賞って自由でいいと思う。
自分なりの楽しみ方を見つけるのが一番だと思います。

PAPATIN329様はとっても奥さま想いのお優しい方なのですね。
絵画の鑑賞の仕方をもっと理解したいというお考えは、きっと
心の根底に、奥様とご一緒により一層絵画を楽しみたいという願い
があるのだろうなぁ。って思いました。
仲むつまじく鑑賞なさっているお姿を勝手に想像しています♪
素敵なご夫婦だなぁって思いました。

鑑賞している頭の中なんて一言では言いきれないしメルヘンな感性だってあるかも。
自分の感受性やセンスを親しい人に話すのはとっても照れるコトだと思います。
奥様は恥ずかしいだけなのでは?、バカにされているようには思いたくないんです。

だけど願わくば、遠慮せずに感想を言い合ったほうが楽しいと思います。
奥様はきっと嬉しいと思いますよ。自分の興味がある絵画について
旦那様も興味をもってくれて、一緒に話が出来るだなんて素晴らしいです。
うちなんて主人は絵に興味がないから館内でいつのまにか別行動なんですよ。
主人がいつも出口で待ってます(笑) … あはは。ただの願望ですね。
長々と私の独りよがりな意見にお付き合いいただき有難う御座いました。

追伸
次回の神戸でフェルメールを観に行く予定です。
PAPATIN329様を見習って建築物にも興味を注いでみようと思いました。
うちのオッサンも建築物には興味があるかもしれません。
もしかしたら会話が弾むかも?。。。本当に有難うございました。


.
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この回答へのお礼

絵画を見てどう感じようがそれは自由だー!と言うことですかね。
確かに人物の表情などは受け止め方が人それぞれのような気がします。

私の経験上女性は最後までちゃんと見てるような気がします。
男はダメですね、これが男女の違いなのかどうか?

最初に家内に聞いた時は斜に受け止められたようです。
後にこのQ&Aを見られてしまい私が真面目に素朴な疑問を投げ掛けたとする理解を得、
「これはスゲェー!」と思いたいから絵画を見るのだ、と申してました。
(これでは解らない、でもlilangelh様の回答もベースはそうなのかもしれません)

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/15 20:30

 私は素人のクラシック音楽好きで、普段は家でCDで音楽を楽しんでいます。

でも、CDで聴く音楽はあくまで代用品で、本当はコンサート・ホールで生の音楽を聴くのが何と言っても最高です。CDで聴く世界の一流演奏家よりも、生で聴く無名の演奏家、アマチュアの演奏に感動することが多いです。やはり、一期一会とか、その場の空気感とか、同じ時間と空間を共有する喜び、というのが、何よりも大きいと思います。

 絵画も、似たようなところがありますよね。
 日本でも、海外から有名な絵がくると時々見に行きますが、先日の「青いターバンの少女」もそうですが、日本での有名な美術展は、人が多くて絵画と一対一に向き合えず、どうも満足感がいまいちです(確か、数年前のフェルメール「牛乳を注ぐ女」のときも同じような行列方式でした)。でも、画集やパソコン画面で見るのに比べれば、「色合い」とか「大きさ」とか「素材感」という空気感があって、それなりに喜びを感じます。

 仕事やプライベートで海外に行った時に、いくつか海外の美術館に行きましたが、海外の美術館では人も少なく、絵との距離も近く、それに建物や部屋自体が絵画と一体となった「空間」を構成していますので、日本の美術館よりも一層満足感、幸福感が大きいですね。普通、展示室の中央にソファがあり、ソファに座ってその絵と空間を独占することができるので、「同じ時間と空間を共有する喜び」という点で、コンサートで聴く生の音楽と通じるものを感じます。パリのオランジュリー美術館の「モネの睡蓮の部屋」などは最高でした。
 その絵が有名なものか、名画かということと関係なく、「ああ、いい絵だな」と思える絵と一緒に過ごす時間が喜びなのでしょう。(好きな人、尊敬する人と、一緒にいるだけで幸せ、という感じに近いでしょうか)

 つまるところ、「ああ、いい絵だな」と思う絵と、時間と空間をともにしているという自分の存在感、幸福感が、絵画を見るということの根本にあるような気がします。
 ちっとも論理的な答えでなくすみません。
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この回答へのお礼

あっ私も無料のランチタイムコンサートとか卒演会とか、行きますよ。
若手とかタマゴですがやはり生音は違うと想います。
(でもこれも半分は雰囲気を味わいに)

日本の美術館しか知りませんがやはり企画展は混んでます。
一つの絵に10人は固まっている。やはり女性は真面目に見ているかな。がしかし、
足元をスルリと入ってくる子供、順路を逆から来る人、手を離そうとしないカップル、
後ろの方でボケーとしているオッサン。
(私も後半はこのオッサンになってしまいます)

>「ああ、いい絵だな」と思う絵と、時間と空間をともにしている・・・・
仰られる「幸福感」は中々得られないと思います、日本では。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/15 20:00

例えば美術史が専門で、大学で講義をするような人と、画廊の経営者で、新しい才能を発掘しようとしている人、自ら苦しんで創作をしている人、質問者さんのように、楽しみに絵を見に行く人とでは、絵の見方が違うのは、全く当たり前のことです。



商売でなく、純粋に鑑賞の立場から絵や彫刻を見ていらっしゃるのなら、心に適わないものの前は素通りで、気に入ったものの前では十分でも二十分でも粘ってみる、というのが、私は良いと思います。ただ、気に入った、ではなくて、おっしゃるとおり、光の捉え方や、色の使い方、画面の肌理の細かさなど、言葉になさってみると、奥様と意思の疎通ができて面白いかもしれませんね。

もし本当に気に入った絵画が見つかったなら、その画家の美術史上の位置や、他の作品の有無、先生や生徒や仲間たち、画家の生涯、など、そこから広がってゆく世界がありますが、そういうのは、いわゆる薀蓄であって、最初に絵画をみて、心惹かれたときの感動が、”絵を見る”ということで、良いと思うのです。

フェルメールがお好きなら、レンブラント~ハルス~ミレー~ヴァンゴッホを繋ぐ線をたどっていかれるのも楽しいかもしれません。構図がお得意であるのなら、パウル・クレーやカンディンスキーらの抽象画をぜひ、ごらんになる機会をお持ちになってみてください。お好きかも知れません。

私は、宗教画から入って、今も勉強中です。フラ・アンジェリコとレンブラントを一生懸命見ていますが、これは純粋に”真似をするため”です。心に響くものだけ受け入れていけばよい、というわけではないので、不純な感が免れません。
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この回答へのお礼

無理に見て廻ってもしょうがない、ですかね。
何か気持ちの惹かれた1枚、そう言うのが増えていけば。

実は今興味のある絵が青木さん?(日本人で比較的最近の人?)の「大国主の復活」?
(本の中の引用でしか見たことがありませんが)
大国主が何回か死んでその都度復活するのですが神様達が完全な人間として描かれて、
生々しく、女神も美人でそこそこHです、これは見てみたい。

>フェルメールがお好きなら
みんながフェルメール、フェルメールって言ってるから見てるだけかも知れません。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/15 19:38

N03です。


銀座でやっている「フェルメール光の王国展」(偽の全作品展)
も行きました。
行かなくてよかったですよ。
本当にただの原寸大ゼロックスコピーが並べてあるだけで、
薄っぺらくて光の反射とかが印刷だなあと感じます。
あれを1000円も取るって信じられませんね。
行って後悔した展覧会NO1です。
福岡伸一は「生物と無生物の間」は面白かったけど、
絵画に手を出しちゃいけなかったんじゃないかなと思います。
(今ってただのコピーじゃなくてフィギアの技術で絵具の盛り上がりまで
再現するコピーがあったと思うけどなんであっちにしなかったんだろう。)

質問者様は建築家なんですね。
国立西洋美術館は建築として有名ですよね。
フランスが主体で一括して世界遺産にするとかしないとかやってますし。
国立西洋美術館は第二・第四土曜の常設はただなんでいいですよね。
たまにタダ日にボーっとしにいってます。
今展示しているモネは結構いいのが多いですね。

ところで三菱一号館美術館て建築家からすると美しいんですかね。
私はあの機能として使うことができないただの飾りの暖炉が
悪趣味に感じていやなんですが、
実は使えるんですかね(煙突がつながっているように見えない…)。
やっている美術展自体は結構好きな画家を持ってくるのでたまに行くのですが…。
あの暖炉は作った人間は美しいと思って作っているのか、
ただの張りぼてに見えないのか
ちょっと不思議です。

では駄文失礼しました。
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この回答へのお礼

先に全作品をザクっと見て後は本物が来る度に少しずつ、と考えてました。

上野公園は実家から近く名建築も多いので私のホームと言えます。
三菱一号館は元々あった古い建物を再現したとのことです。
ジョサイア・コンドル氏の設計を活かしたらしいです。(国博の表慶館もコンドルさん)
恐らくその暖炉は昔あった物を移築したのではないですかな?
使えないと想いますが。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/15 19:17

 「何かを感じている」「何かを感じているのは確か」ならば、充分だと思います。



 確かに、言語化すると、陳腐化するということはよくあります。

 しかし、美術評論家だって、美術系大学の教授たちにだって、臆病で、歴史的な知識を中心にしか語らない人がたくさんいますよ。

 今は平板でも、あなたは自分の言葉で語ろうとしているだけで、立派です。

 もし興味が持続し、お時間もあれば、銀座界隈や赤坂六本木新宿日本橋などなどの、現代作家の個展を覗いて、作家たちやその周辺の人々と話し合ってみるのも、一興でしょう。

 絵画に限らない、素晴らしい表現が、あなたを待っているような気がします。
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この回答へのお礼

あっこの海の碧さがいいですねこれ。手前の樹木は必要だったのかな?
(こう言う感想は出るのです、ちょっと生意気です)

どうもギャラリーとか画廊とか、そう言う所は敷居が高くて(高そうで)
入る勇気がありません、話しかけられても困るし。
以前現代アートが解らん、と言う質問を立てた事もあります。

まっ今の見方は間違ってはないとのことなので後は経験でしょうか。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/15 18:57

そんな感じでも全然かまわないと思います。


が、もっと深く絵を感じるとはどういうことかというと、
小林秀雄の「近代絵画」という本があります。
出てくる画家はゴッホ・セザンヌ・モネ・ピカソといった超有名どころばかりです。
これを読むと超一級の絵画を見る専門家がいったいどんな感じを絵から受けるのか
よくわかると思うのでお勧めです。
これに出てくる絵画を一度見たいと思っちゃいます。
ただ出てきた絵画を見て小林氏と同じ感覚が味わえるかは別なんですが。
(モネのオランジェリー美術館の睡蓮を小林氏は「モネの目の中にいる」とか書いてますが、
いったけど味わえませんでした。)

私もフェルメールの「青いターバンの少女」を見てきましたよ。
(マウリッツハイス美術館展です。今フェルメールがいっぱいやっているので、
質問者様がいったのと同じ展覧会かわかりませんが。)
まさか絵画の前でロープ張って列をうねうね作っているとは思わず、
こんな展覧会初めてだと別の意味でびっくりしました。

絵画の見方なのですが、
動かないで見回したり細部を確認するより、
離れてみたほうがいい絵画があります。
代表的なのはモネです。
モネの絵はものすごい嫌な言い方をすると視覚トリックが使われていて、
加法混色効果を狙っているのです。(モネ本人は無意識でやっていると思います。)
色の違う光が合わさっていくと白になっていくという効果です。
なので近すぎると光が合わさる空間がなくてモネ特有の光が感じられないと思います。
まず近くで見て少しずつ後ずさりしていくとここがいいという場所が出てきたりします。
5Mくらい後ろに気をつけながらやってみてください。
モネに関してはモネの光を感じられると思います。

モネに関して多くなってしまってすみません。
大好きなもので。最初に絵画を見て絵画ってすごいと思ったのはモネです。
もし、あまり見たことがなければ一度見てやってください。
上記したようにわかりやすく感じやすいと思うので。
常設だと千葉の川村記念美術館の所蔵の睡蓮がよいです。
都内だとブリジストン美術館のがいいです。
国立西洋美術館のはものによって違うのですが、
モネらしいモネもあります。

ではでは。
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この回答へのお礼

あっ都美ですね、私もうねうねやりましたが結局遠めでゆっくり見れば良かった。
実はですねー、これ見に行く前私はフェルメール全作品展に行きたかったのですが、
家内に本物でなくてどうする、と言われまして。
青いターバンはかなり精巧な複写版が13万だったかな。

私建築やってまして名建築の西洋美術館は家内と知り合う前から行ってました。
確かかなり大きい睡蓮は記憶にあります。

そのなんて言いますか近代絵画の場合タッチが皆さん個性的で点描みたいなものもあって
仰るようにその絵との距離で見え方がだいぶ違う感じがします。
ともかく写真じゃないですから見えるモノと言うより画家が自分の頭ン中を書いているわけで、
うん、でもこの質問して今度は見え方が違ってくるかもしれません。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/10 22:21

見るとは、どう言う事かなのかは、はっきりいって分かりませんです。



必要に駆り立てられてる時もありますし、時間潰しにって事も多そうですし、興味を持つことはあまり無くても、例えば美術館の空気が臭いとか、湿度が人の感覚に合わないとか、照明が暗いとかって、行く先々で思ってみる事も、出向く理由だったりする事があります。・・会場の雰囲気が良いところは何処がどう異なるのだろうとか考えますから。

後、どんな方々が来ているのかとか、いわゆる人間ウォッチング的な事でしたり・・

絵画などに、何らかの興味が持てた時の喜びは、それは宝物を拾ったような気持ちになるのでしょうし・・、帰宅後も、いろいろ情報探してみたりします。

絵に興味がおありならば、いづれ自分でも油絵など描いてみようと思う時期が訪れるやも知れませんし・・、親近感があるのと無いのとでは、取り掛かりや上達の仕方にも随分差も出てくるものだと思います。

良かった事も、つまらなかった事も、話にしてしまえば、話題性は着きませんし、まっ、ちわの事ですけどね。


時々、行く方向で、何かイベントとかしてないかなぁ~なんて目を向けてみるのは、私の場合は、そういった些細な事ですけど、あなた様のように、絵の良し悪しを感じるものは、まだまだ少ないのですけど、百貨辞典とかで記憶にあるものが多い為ですか、しかし良い事だとは思いますよね。
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この回答へのお礼

私もですよ、実は美術館は単に絵を見るだけに行こうとはしない方です。
もちろん絵も見ますが建築と言うか空間と言うか、
そう言うのを体験する意味もあります。だから混んでる美術館は大っ嫌いです。

家内の画集が沢山有りますが家でそれを見るまでの興味は湧かないです。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/10 21:55

いやー十分積極的に鑑賞されてると思います。



絵画を鑑賞するってまずそういう事で良いと思いますし
自分自身の感想を持ってらっしゃるので十分「感じながら見てる」と私は思います。

私は美術系の学校にいたのですが
入学当初は色々な展覧会行った時まさしくそんな感じでした

ぱっと見て「あ これ好き」 「これ嫌い」 「これ何が良いの?」 「変だけど面白い」

大きい展示会に行っても興味が無いと飽きてしまって
誰よりも早く出口に着いた事も何度もありました

特に抽象画なんかは何描いてるのか意味が分からず
説明を読んでも「ふーん・・・?」と言う感じでした


ところが不思議な事に何枚も見ていくうちに
「あれ、これなんだか気になるぞ」と言う一枚に出会えたりします。
(逆もあります。なんだか腹が立つぐらい不愉快になったり・・・)

それまでだったら通り過ぎてる様な作品なのに
何か引っかかる。それをずっと見ていたい気分になる
現実的に無理だけど、部屋にこの作品があったらちょっと良いかもなんて思ったりする。

その作家の事を調べたり、作品の説明を見たりして
またちょっと見え方が変わってくる

同じフェルメールの作品も、久しぶりに見たら印象が変わったなんて事もあります。


多分今は「こんなんで良いのか?」と言う気持ちの方が強いかもしれませんが
本当に興味が無かったらなんの感想も出てこないと思うので
今はその鑑賞法で問題ないと思いますよ。

多分色々見て行くうちに鑑賞の眼もかわってくると思います。
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この回答へのお礼

家内にもポツっと聞いたのですがロクな答えが返って来なくて。
バカにされているのでしょう。

仰るように何か好きな一枚、好きな画家が出来ると変るのかも知れませんね。
今のところ最初の2,3のブースはちゃんと見ますが半分は集中力が続かないです。
でも美術館に行くこと自体は好きなんですよ、ホームは上野です。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/08/10 21:50

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