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早速質問なのですが、何故宗教自体を取り扱った作品は少ないのでしょうか。
よく、聖書や聖典に出てくる単語を使っている作品は見たことありますが、その宗教自体を描いている作品はあまり見たことがありません。
宗教同士のバトルとかすごく作りやすそうなのに。
やはり、タブーなのですか?
もし、宗教バトルとかのはっちゃけた作品があれば紹介してほしいです。

A 回答 (9件)

>何故宗教自体を取り扱った作品は少ない


面白そうなので回答します。
ただ、下記に記載している事は、一般論ではなくて私の個人的考察に当たりますのでご注意下さい。

確かに文章になっているストーリーでは一般的に見受けられません。
しかし、その他の媒体、ゲームやマンガなどでは取り上げられていたりします。

「火の鳥 太陽編」では、壬申の乱の描写の際、「世俗での権力闘争であると同時に、外来宗教である仏教と日本土着の神々との霊的な戦いでもあった」(Wikipediaより)ので、対立する宗教に属する人間同士の戦いの他、一つの宗教における神ともう一方の宗教における神との戦いがあります。

また「女神転生」では古今東西、あらゆる神、悪魔、妖精などが出てきて、それらが敵になったり、味方になったりと渾然とした様相を見せています。

これらは日本でしかできないと思うのですが、宗教がタブーだから一般的にできません、という回答では説明上の浅さから不満が残るのではないでしょうか。よって、少し推論しましたので、下記一読下さい。

アメリカの心理学者・スキナーはスキナーボックスという実験装置を使って、ある実験を行いました。

http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20100201
より
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アメリカの心理学者スキナーの開発したスキナーボックスは、動物の学習を研究できる装置である。通常は、スイッチをつつくと餌(報酬)をもらえるような仕組みにしておく。このスキナーボックスに入れられたハトは、スイッチをつつくことを学習する。「虹の解体」では、特殊なスキナーボックスによる研究を紹介している。
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実験室に話を戻すと、スキナーは、それぞれ異なった目的をもつありとあらゆる種類のスキナーボックスを作り出して、膨大な研究集団を組織し研究を進めた。そして一九四八年、スキナーボックスの基本は踏襲しつつも、ある天才的な仕組みを考案した。彼は、行為と報酬の因果関係を完全に切断してみたのである。彼は、鳩が何もしていなくとも、時々「報酬を与える」ように装置を設定した。こうなると実際に鳩に必要なことは、くつろいで報酬を待つことだけである。しかし実際には鳩はこのようにはしなかった。そのかわり、八例中六例で、鳩は、まるで自分たちが報酬を受けられる動作を身に付けているかのように、スキナーが「迷信行動」と呼ぶものを作りあげたのである。正確に言うと、こうした行動の内容は鳩によって異なっていた。次に「報酬」がもらえるまで、一羽は独楽のように回転し、二、三羽は反時計回りに回った。別の鳩は箱の特定の上方の角に向かって繰り返し頭を突き出した。また別の鳩は頭で見えないカーテンを持ち上げるかのように、「ぐいと持ち上げる」行動を示した。二羽は別々に、頭や体を周期的に左右に「振子を揺らす」ような動作を開発した。この最後の動作は、たまたまではあるが、何羽かのゴクラクチョウの求愛ダンスにかなり類似したものに見えたに違いない。スキナーが迷信という言葉を使ったのは、鳩が、本当はそうでないのに、まるで自らの一定の動作が原因となって、報酬のからくりに影響を及ぼしていると考えているかのように行動したからである。(P221)
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この実験から分かる通り、人間においてもその主観から完全に逃れる事はできません。自分がおこなった事はよく分からないけれども、外界に影響を及ぼせたんだ、という事例はあまたに昇ります。雨乞いやゲンかつぎ、ジンクスを守ったり、あるいは七五三や初詣に行ったりなどなど・・・。こうした、理解を伴わない信仰が体系的に集合したのが宗教なのだと私は理解しています。

そして、人間とは自らが正しいと認識する事で、心理的な自己強化が行われ、更なる自信を持って事にあたる事で社会的な総合力を発揮する事が可能になります。

これを上手く履行できたのが、キリスト教であり、イスラム教であり、ユダヤ教なのだと思います。
そして、前述の通り、人というのは自らの主観から逃れる事ができません。
キリスト教からイスラム教へ改宗した事例などはありますし、それぞれの戒律などを比較する事もできるようですが、第三者視点に立った上で2項対立させるという事はできないようです。タブー(倫理観があってできない)というより、単に人間の能力として難しいように思われるのです。仮にそれを超えて作品が成立した際に、初めて批判ができてきて、タブーが問われるのだと私は考えます。宗教の枠組みから抜け出せず、客観視がなかなかできないのが人間なのだとも言えます。スポーツの試合で応援する時、必ずどちらかのチームを応援してしまう状態に似ています。あまり、「どっちも頑張れ」などという応援が無いのが実状なのかもしれません。

そもそも歴史そのものが、土着宗教の神様を悪魔としてストーリーに組み込んで行って吸収したものがキリスト教になると思いますので、この歴史を上述の火の鳥のように叙事詩的に描いて行った作品があれば、不足は無いように思われます。
ただ、申し訳ないことにそうした作品は私は存じ上げません(むしろ知りたい)。

まずは上記にあげた火の鳥と女神転生がありますので、ここから見ていくのはどうでしょうか。
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宗教バトル、とは少々趣が異なりますが



「妖魔夜行」シリーズの「戦慄のミレニアム」(角川スニーカー文庫)
「世界各地の妖怪たち+悪魔+古い神話の神々」VS「唯一神と天使の軍団」というかなりはっちゃけた内容です

その中に出てくる神父さんがなかなか興味深いことを言っています
「聖書にも些細な間違いが少しはあるという事ですか?」という問いかけに対して
「いいえ、重大な間違いがたくさん、です」と答える神父さん・・・
で色々とキリスト教の成り立ちや聖書の記述について話してくれるんですが、面白かったですね


あとは「マンガ」ですが柴田昌弘の「齋女伝説クラダルマ」
「左道密教裏立川流」VS「ヒンドゥー」と言っていいのかな?


宗教を絡めて物語を作ろうとすると、生半可な知識では難しいです

まず、それが実在の宗教や実在の宗教に類似していたりすると、その宗教のイメージを損なうわけには行かない
それを精神的な拠り所として生きている信者さんがいるわけで・・・つまり「敵側」に設定できないという事
ある意味、実在の企業名を使ってバイオレンス系や経済戦略系の小説を書くようなものだ

同様にたとえ「娯楽作品」であっても、その宗教に対して間違った認識を与える訳にはいかない
となると、教義や内情を理解する必要が出てくるけれど・・・
宗教というのは研究者や実際に修行している人など、本職の方々がたくさんいるので、付け焼刃じゃ対応できない・・・
色々な意味で難しいですね
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いわゆる ヤーウェの神は全く出ませんが


宗教=武道の門派

として扱っている 武侠ものなら知っています

金庸原作の中国の娯楽小説ですが

少林寺対チベット仏教とかマニ教対全真教とかマニ教対モンゴル軍とか乞食軍団対チベット仏教

という色々な対戦カードが有ります

特にマニ教は魔教と呼ばれて最強の敵みたいな扱いだったりします

登場人物も歴史上の実在した人も多いんですが例外なくカンフーで闘ったりする 弾けっぷり

宗教は思想ではないというあたりがミソですけど
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>宗教自体を取り扱った作品


## 思っておられるのとは違うかもしれませんが。

レフ・トルストイ
「光あるうち光の中を歩め」等の後期の作品群。
長與善郎「青銅の基督」
芥川龍之介「南京の基督」「奉教人の死」

あるいは、
「日本霊異記」とかも宗教自体を取り扱った作品といえなくもないと思う。

## キリスト教ばかりになってしまいましたが。

>宗教同士のバトル
## 名目として宗教同士の名前があがるけれど、実態は領土とか富とか・・・なので
## 純粋に宗教同士の戦争となったことはあまりないので小説にしても現実味がないのでは?
塩野 七生「ロードス島攻防記」「コンスタンティノープルの陥落」「レパントの海戦」
これらは、イスラム教とキリスト教の宗教戦争の一環とも見ることができますが、
実態は、ヨーロッパのキリスト教国家群とイスラム教の国家の勢力争いにしか見えません。

フリードリッヒ・シラーの「ヴァレンシュタイン」なんかは、
三十年戦争中が舞台で、皇帝(旧教徒)側についていた主人公は、新教徒側に裏切ろうとします。
あるいは、作品中にはでてきませんが、デンマークは最初は新教側で参戦し、終わりのほうで、
旧教側の味方をします。フランスは、自国では旧教を信仰しているのに新教徒側につきます。
これも、大義名分は宗教なのにもかかわらず実態が領土獲得戦争だったことを思わせます。

十字軍に関してもいくつか小説はあったと思いますが同様かと。

しいてはっちゃけた作品といえば、
十字軍を題材にした
定金伸治「ジハード」
とか、ないこともないですが。
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編集社が対応が難しいからとも思います。



だから宗教専門の出版社があるのかなと思います。

売り上げも限られていて、流通路が限られているんだと思います。



作品として、キングダムオブヘブンがめっちゃ激しいですね。
描写が悲惨で、
もう見る気はないのですが、
オチは好きです。

(ネタばれ)

十字軍の頭「聖地エルサレムをとり合うのに何の意味が?」
イスラムの偉い人「Nothing!・・・And, everything!!」


まぁ、宗教戦争を大義名分を使ったものだと
よく表した映画だと思いました。



なんか、映画レビューになってしまった(・_・;)


ハリウッドものではけっこうあるように思いますね。

書籍はやっぱ、批判の対応が大変なのかもしれないですね。
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>やはり、タブーなのですか?


日本の戦国時代だと法華(今の日蓮宗)と一向宗(今の浄土真宗)なら
ドンパチ争いしてたので探せばそれなりにあると思いますけどね。

でも一神教では信者が冒涜されたと感じると狂信者が平気で作者を殺すので
歴史上の出来事を忠実にトレースした作品以外は作れないでしょう。

先日もアメリカで作った映画でムハマンドを好色家として描いて冒涜してると
暴動が世界各地で起こって何十人も死者まで出てるでしょ。

聖書を信じる一神教ってどれもものすごく恐ろしい宗教なんですよ。
同じ神(ヤハウエ)を信じているのに自分の宗教と違えば殺しても何しても
良いんですからね。だからキリスト教でもキリスト教徒は奴隷にしては
いけないが他宗派であれば奴隷にしても全く問題ないと解釈してますし、
イスラム教は今でも女性に対して人権侵害を続けてますしね。(トルコは除く)

日本人の漠然としたゆるい信仰心ではなく一神教では神との契約なんですよ。
だから日本では気質が合わないので幾ら一神教を布教しても信者が
一定数から増えないんだけどね。それとイスラム教は火葬禁止なので
日本で死ぬと埋葬地(土葬)が殆ど無いので在日イスラム教徒は困ってるね。
(イスラム教徒の火葬=地獄の業火で焼かれる)

今の一神教の教えはとても神様の御心に沿っているとは思えませんが
実際問題宗教(聖書を信じる一神教)同士の争いを扱った娯楽作品を
作ると人が死にますヨ。
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> やはり、タブーなのですか?



命を賭けて書く必要がある宗教がいくつかあって、そのうちのふたつが三大宗教だからじゃないかな。
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書籍・文庫だった。


映画の十戒はなしと言うことで
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十戒

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