いつもお世話になっています。
A.WaleyのTALE OF GENJI(KIRITSUBO)から
わからないところを教えていただければと思います。

1)

『 Here too were shown the horses from the Royal Stables and the hawks from the Royal Falconry, that had been decreed as presents for Genji. At the foot of the stairs the Princes and Courtiers were lined up to receive their bounties, and gifts of every kind were showered upon them. 』

●ここにも王室の馬小屋から馬たちと王室の鷹狩りから鷹が示された。それは源氏への贈り物として命じられていた。階段の最下部で皇子たちと従臣たちは彼らの恵み物を受けるために一列に並べられた。そしてあらゆる種類の贈り物は彼らにどっさり与えられた。・・・・・?

Here too・・・・ここにも?

the foot of the stairs・・・・階段の最下部?

2)

『 That day the hampers and fruit baskets were distributed in accordance with the the Emperor's directions by the learned Secretary of the Right, and boxes of cake and presents lay about so thick that one could scarcely move. Such profusion had not been seen even at the Heir Apparent's Initiation. 』

●その日、食物の詰まったかごと果物のかごは学問のある右大臣によって帝の指示に叶って分配された。そしてケーキと贈り物の箱たちはとても厚みがあったので人はほとんど動かすことができず無造作に置いてあった。そんな多量は後継者の儀式でさえ見られなかった。・・・・・?

cake・・・・・「ケーキ」ではないですね。。。。辞書には「平たく薄いパン」とありましたが、ケーキよりはパンでしょうか?(でもあの当時のパンというのは・・・・??)

3)

『 That night Genji went to the Minister's house, where his betrothal was celebrated with great splendor. It was thought that the little Prince looked somewhat childish and delicate, but his beauty astonished everyone. Only the bride, who was four years older, regarded him as mere baby and was rather ashamed of him. 』

●その夜源氏は大臣の家に行った。そこで彼の婚約者は立派な豪華さをもって祝われた。若い皇子はいくぶん子供らしく、繊細に見えると思われた。しかし彼の美しさはすべての人を驚かせた。花嫁だけ、彼女は4歳年上で、(彼女は)彼をほんの赤ちゃんとして見なし、そして相当に彼を恥じた。・・・・・?


類い稀な美しさを持ち、まわりから愛されているように思われた光源氏でしたが、幸せな結婚はできなかったようですね。

よろしくお願い致します。

A 回答 (2件)

#1です。



 説明文中の、『虞美人草』の糸子というのは、『虞美人草』の小夜子の間違いでした。

 糸子も『虞美人草』に出て来ますが、少し活発なところもある女性ですね。失礼しました。
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この回答へのお礼

わざわざ訂正してくださってありがとうございます。
(全然間違いに気がつきませんでした)

糸子は藤尾と張り合うような少し活発なところもある女性で、小夜子は作者も気の毒に思うほどのいじらしい女性ですね。

お礼日時:2012/11/14 22:24

今晩は。

穏やかな晩秋の1日でしたね。

1)『 Here too were shown the horses from the Royal Stables and the hawks from the Royal Falconry, that had been decreed as presents for Genji. At the foot of the stairs the Princes and Courtiers were lined up to receive their bounties, and gifts of every kind were showered upon them. 』

>ここにも王室の馬小屋から馬たちと王室の鷹狩りから鷹が示された。それは源氏への贈り物として命じられていた。階段の最下部で皇子たちと従臣たちは彼らの恵み物を受けるために一列に並べられた。そしてあらゆる種類の贈り物は彼らにどっさり与えられた。・・・・・?

● here 以外は完璧です。

>Here too・・・・ここにも?

● here は「ここで」という日本語同様、時間に転用されることがあります。前回の最後は左大臣が舞いを舞うところでしたが、それにつなげて、「ここで、また、源氏への贈りものとして帝が決めていた鷹と馬がお披露目された」ということだと思います。

>the foot of the stairs・・・・階段の最下部?

●階段を降りたところですね。

2)『 That day the hampers and fruit baskets were distributed in accordance with the Emperor's directions by the learned Secretary of the Right, and boxes of cake and presents lay about so thick that one could scarcely move. Such profusion had not been seen even at the Heir Apparent's Initiation. 』

>その日、食物の詰まったかごと果物のかごは学問のある右大臣によって帝の指示に叶って分配された。そしてケーキと贈り物の箱たちはとても厚みがあったので人はほとんど動かすことができず無造作に置いてあった。そんな多量は後継者の儀式でさえ見られなかった。・・・・・?

●boxes of cake and presents lay about so thick that one could scarcely moveのところですが、thick は密度が大きいということ、びっしりと置かれていたということです。lay about の about は、あちらこちらに、という感じを添えています。したがって訳は「ケーキや贈り物がつまった箱があたり一面、びっしりと置かれていたので、ほとんど動けないほどだった」となります。

>cake・・・・・「ケーキ」ではないですね。。。。辞書には「平たく薄いパン」とありましたが、ケーキよりはパンでしょうか?(でもあの当時のパンというのは・・・・??)

●原文は「その日の御前の折櫃物、籠物など、右大弁なむ承りて仕うまつらせける。屯食、禄の唐櫃どもなど、ところせきまで、春宮の御元服の折にも数まされり。」
 折櫃物=(肴などの)食べ物、籠物=果物、屯食(とんじき)=強飯(こわいい)、唐櫃=下賜品、ということですので、おにぎりのことを rice cake とか rice ball といいますので、善意で解釈すると、強飯を cake と訳したのかもしれません。しかし20世紀のイギリスの読者は、誰しも「ケーキ」を思ったことでしょう。強飯も考えようによってはケーキですものね。


3)『 That night Genji went to the Minister's house, where his betrothal was celebrated with great splendor. It was thought that the little Prince looked somewhat childish and delicate, but his beauty astonished everyone. Only the bride, who was four years older, regarded him as mere baby and was rather ashamed of him. 』

>その夜源氏は大臣の家に行った。そこで彼の婚約者は立派な豪華さをもって祝われた。若い皇子はいくぶん子供らしく、繊細に見えると思われた。しかし彼の美しさはすべての人を驚かせた。花嫁だけ、彼女は4歳年上で、(彼女は)彼をほんの赤ちゃんとして見なし、そして相当に彼を恥じた。・・・・・?

●完璧です。

>類い稀な美しさを持ち、まわりから愛されているように思われた光源氏でしたが、幸せな結婚はできなかったようですね。

●ここで葵上が、『虞美人草』の糸子みたいに楚々とした女性で、源氏に一目ぼれとなりますと、以後のアバンチュールによって、葵上が可哀想になりすぎですね。必要な布置なのかもしれません。

*********************
《余談》『月に吠える』をお読みとか、もう一度萩原朔太郎について書きます。
 
 今でこそ大岡信だとか田村隆一(ちなみに「荒地同人」の1人)だとか谷川俊太郎だとか、名士扱いがされ、リッチでもありますが、明治時代と言いますと、(いい家の)男子は須く政治家になるか軍人になるかのプレッシャーがかかっていました。文学者などは、河原乞食扱いです。まして詩人など、とんでもない話でした。永井荷風や萩原朔太郎は、親からすると嘆きの種だったことでしょう。

 朔太郎の父親は東京帝大出の医者でしたから、当然長男の朔太郎に継いでもらいたかったでしょうが、どこに行かせても学業が長続きせず(この点、永井荷風に似ています)、結局、自宅で何もせずぶらぶらするようになったわけで、本人の劣等感も相当だったのではないでしょうか。周囲の見る目も厳しかったに違いありません。

 しかしこうした社会の冷眼によって、social outcast である詩人同士は、ほとんど同性愛的な親密さで結びつけられることになりました。萩原朔太郎と室生犀星、萩原朔太郎と北原白秋の間には、普通の友情というのでは括りきれない親密さがあります。『月に吠える』の中の「さびしい人格」など、通常は異性に向って発せられる感情でしょうが、そこでは同性に向って語りかけられています。

 さて、この『月に吠える』ですが、朔太郎が多くを負っているのが、フランスの象徴主義の詩人達でした。朔太郎自身も、詩は、象徴主義の前後で大きく分かれると述べています。象徴主義というのはいったいどういうものなのでしょうか?(つづく)
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この回答へのお礼

今晩は。もう晩秋ですね。

hereは場所だけでなく、時間に転用されることがあるのですね。
「boxes of cake and presents lay about so thick that one could scarcely move」のところは大分意味が違っていました。
「cake」のところの解説ありがとうございました。Waleyも困ったかもしれませんね。
結婚がうまくいかなかったから後のアバンチュールも多少大目に見てもいいだろう、ということかもしれませんね。

****************************

昨日『月に吠える』を読みました。口語詩で読みやすかったです。

詩人というと貧しい生活を送っているというイメージがありますが、朔太郎の実家はちゃんとした家だったようですね。それでもそれが逆に朔太郎の現実の姿を否定し、孤独の中に追い込まれていったようですね。(永井荷風もそのような人だったのですか?)

ちょうど印象に残った詩で「さびしい人格」のところに付箋をはさんでおいていました。
「しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合って居よう、」というところは異性に対しての感情のようですが、この詩は同性に向かって語りかけられているのですね。
北原白秋が詩集『月に吠える』の序文を贈っていますね。

「詩は、象徴主義の前後で大きく分かれる」ということですがまた「つづき」を是非お聞かせください。
(明日また投稿します)

お礼日時:2012/11/14 22:16

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