質問

以下の記事がありました。未だに解消されていないのでしょうか?学歴って何なのでしょうかね?こういう人たちを活用する社会の仕組みはできないのでしょうかね?

確かにうちの会社で中途採用するのは20代までがほとんどで、30代皆無です。派遣で実績積んだ人が一部採用されるだけです。意外と、偏差値の低い大学卒・専門卒の方が頑張りがすごいので中途採用されていて、5年経てばタダの人と言われて久しいですが、学校で頑張るより、社会で頑張る方が良いということですかね?

研究成果で社会貢献できない大学教授の無駄な研究費と給料に消えるだけの学費と、本当にやる気のある実力のある人材がもったいないですね。

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「一度レールを外れるとバイトにすら就けない!
高学歴ワーキングプアの抜け出せない苦しい現実」

私は、博士なのにワーキングプアの状態を隠していたので何も言えなかったのですが、「大学院はやめたほうがいい!」と止めたくてなりませんでした。正規の仕事を持っている人が、仕事上のステップアップの手段として、修士や博士をとるのはありかもしれません。ただ、中高年の求職者が学位を取っても、何の役にも立ちません。逆に、まともな職に就く機会が遠ざかるばかりです。

大卒→正規採用→定年という安定コースから外れた場合、新たに修士や博士をとったとしても、元の安定コースに戻る助けにはなりません。助かるのは、授業料を受けとる大学院だけというのが真実です。

http://diamond.jp/articles/-/28112

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回答 (15件中1~10件)

お礼欄、ありがとうございました。再度、補足させてください。

>博士課程の大学院入学はザルのような印象です。

研究科によりけりかもしれませんが、確かに、「なぜこの人が?」というような人が入学しているケースがあります。とは言え、「ザル」ではないと思います。

>極端なこと言えば、国全体で教員採用可能な数だけ博士課程の学生が合格すれば良いのかなと思っています。

似たようなことは既にあるように思います。国がやっている特別研究員の採用だとかです。それに通れば、国が必要としている研究者というお墨付きを得ることになります。

>確かに研究しない不勉強な教員から思い込みの頓珍漢な助言で学生の研究を迷走させる可能性もあり否定できないですが、短気で教え方の悪い人に教わる学生の立場が無いように思えます。

技は教えてもらうんじゃなく盗め、などと職人の世界では言われるそうですが、教官に手取り足取り教えてもらう必要は無いと思いますよ。しかし盗むべきものを相手がもっていないと、完全にお手上げです。

この回答へのお礼

特別研究員になったとしても採用される確率が上がるだけで茨の道の第一歩ということですね。

たぶん回答者様含め同僚や知人にモンスター教授などがいないから、少し印象が違うのかなと思います。

結局、社会人ドクターで箔をつける程度ならいいが、ストレート進学者がドクターコースに行くのは相当覚悟がいるということですね。

退会したのですが、お礼欄を見て、戻ってきました。

>院生の数が減るというのは意外でしたね。

大学院重点化は、もう過去のものです。むしろ引き締めに入っています。特に博士課程がそうです。

>きちんと筆記試験で合格点の取れる実力ある人だけが大学院に進学すべきと思いますので。

意図が伝わらなかったようなので補足させてください。大学院の場合、筆記試験で合否を決めるのは難しいことです。博士課程の場合、研究する力のようなものは主観的にしか分かりません。センター試験のようなマークシート式でもない限り、完璧に公平な審査はできません。何となく、この論文はまずいか否かくらいしか判定できないし、少し手直しすればOKなものになることもあります。
結局、研究の力は絶対評価でしか審査できず、相対評価は無理なのです。しかし人数削減ということが念頭にあれば、相対評価をやらざるを得なくなります。私の通った院は国立大学で名の通ったところですが、様々なジャンルの研究者が一つの名目に集まったところでしたから、ジャンルの間で不平等を感じました。

>本当に研究が好きな変人?ばかりが教授として残ってしまうことを危惧します

いえ、それなら問題ありません。最大の問題は、研究を既にしなくなった管理職が多いことです。自分が研究していないので緊張感もなく、学生の模範となる態度を示せません。また研究していないので、頓珍漢な助言を行い、学生を迷わせるということさえします。研究の鬼は、むしろ、ウェルカムです。

>韓国の話は興味深かったですね。実学重視で国が強くなるのなら、

学問は富国強兵のためではありません。国のためと言ったにせよ、より幅広い観点からものを考えるべきです。そういうことをおっしゃる方は、ゼロから勉強し直してください。

>査読付き論文の数や特許の登録の数などでインセンティブ評価し、

これは既に行われています。上に書いたように相対評価であれば、不平等が発生しやすくなりますが、そうしたことにも目をつぶってやっているわけです。しかし、日本学術振興会の研究員の審査にしても、通りやすい分野とそうではない分野があります。これ以上締め付けたら、不平等がより大きなものとなるのは明白です。

この回答へのお礼

少し印象が違いますね。博士課程の大学院入学はザルのような印象です。修士課程にしてもザルになりつつある印象です。

だからこのような質問をさせてもらいました。金儲けのため現在の教員の生活のための大学になっていると思いまして。今後変わっていくのかなと思いました。良い方向と思います。

個人的には、博士課程の入試は教員採用1次試験のようなもので、無事博士号取得の暁には教員採用となることが一番良いと思っています。そのための実力をはかる必要があり、それが院試だと思うのです。

極端なこと言えば、国全体で教員採用可能な数だけ博士課程の学生が合格すれば良いのかなと思っています。そうなれば自ずと実力をはかる試験のレベルも全国同一になっていくと思うんです。

確かに研究しない不勉強な教員から思い込みの頓珍漢な助言で学生の研究を迷走させる可能性もあり否定できないですが、短気で教え方の悪い人に教わる学生の立場が無いように思えます。

大学の教員は研究者の立場もありますが、先生として生徒に教える立場があると思うのです。

憲法にもうたわれる「学問の自由」を過剰に守った結果、学問と産業が乖離した。その成れの果てが、オーヴァードクター問題である―というような投稿があるように読めました。しかし、産学協同も悲惨です。私の友人は原子力関連に就職しました。産学協同の高校からそれが花形だと言われ、そうかそうかと、院まで行き、専門性を身につけて就職。しかし現状はご覧の通りです。国の方針が常に正しいと限りませんから、学問が独立していることには、一定の意味があると考えます。

またこうした例に加え、需要を考えすぎると、文化としての学問が貧弱になります。お隣の韓国では「役に立たない=学問として認められない」というスタンスが徹底しているそうです。その結果、国力は強くなりました。が、文学をはじめとする文化研究の基盤があまりに弱く、それを勉強しようと思えば、海外に行く他ありません。しばしば自国のことについて頓珍漢なことを言う韓国人が笑われたりしますが、それも実学重視で文化について弱いお国柄では、仕方ないのかもしれません。これでは何とも微妙な気持ちになります。

オーヴァードクター問題は、教員募集の口を増やせば、即時解決すると思います。しかし、田中大臣のように、大学数を減らそうという動きが顕著にあります。院生の数を減らすようにという、内々のお達しがあったと研究科長の先生がお話しになっていたこともありました。その結果起きたのは、院生の力を値踏みし、陰湿に振り落とすという所行です。やっている先生らも、辛いのでしょうが、院生はもっと辛いことになります。教育しているのではなく、信頼関係を破壊し、相手に引導を渡すのが指導教官のお仕事です。

確かに少子高齢化の流れがあるのですから、教員の数など増やしてしまったら、大学の取り分は減るでしょう。しかし教育産業で儲けるのも、いかがなものかと思うのです。お金はなくても心はゆたか。それで良いという開き直りの気持ちで大学の在り方を設計し直してもらいたいと思います。教員が一人、給与を一千二百万円ももらわなくてもいいと思うのです。非常勤講師でバイトもできるし、研究費がおりて、大抵のものは買えるのですから。

この回答へのお礼

院生の数が減るというのは意外でしたね。大学生の数が減るのを補う対策として院生の数を増やすと聞いていたので。国立大学でも定員割れの大学は何回も入試をして、最後は面接だけで合格というところもあると聞いたので。でも良いことと思います。きちんと筆記試験で合格点の取れる実力ある人だけが大学院に進学すべきと思いますので。

大学の教授の年収は1200万円ですか。個人的には民間企業の部長級なので、それより低いと、優秀な人材が民間企業に流出し、本当に研究が好きな変人?ばかりが教授として残ってしまうことを危惧します?

韓国の話は興味深かったですね。実学重視で国が強くなるのなら、是非「富国富民」の一政策として、メリハリをつけて欲しいなと思いました。それこそ、査読付き論文の数や特許の登録の数などでインセンティブ評価し、300万円位から1200万円位まで幅があれば、多くの人を雇用することもできるし、できる人は儲かるし、研究だけしたい人もできるのかなと思いました。

No.8 です。
No.12 のご回答に同感です。

博士号を取らせることを主目的と意識していると、社会の要求と乖離する原因になりかねません。
つまり、とくに理工系では、現在の大学の教員が、企業経験が少なく、言わば純粋培養されて今の地位に到達していることが多いのです。
研究方法や実験手段、論文の書き方には長けているでしょうが、研究テーマ設定の能力という観点から見ると、社会や企業、実業界の需要を感じ取る能力に乏しいようです。もちろん例外も少なくはありません。わき目もふらず、より求められない人材を養成し続けていることになります。
対するものとして、極端ではありますが、ノーベル賞に結び付くような研究テーマの設定があり、典型的な例です。現在や将来のビジネスに直結するテーマは歓迎されます。

ただひたすら、テーマを選ばず、論文の量産を目標にし、博士だけを最終目的にさせるような
大学教員は、昔の徒弟制度の上にあぐらをかいて、若い研究者候補をミスガイドしているのでしょう。

社会の要望や需要に対する日頃の感受性があれば、博士号取得者の将来への視野も開けるのでしょうが、社会経験もなく、学部、院、修士、博士と順調に進み、教員になったような教員は、社会での優先度の認識が不足しているので、いったん職を離れて企業経験を積むか、企業との共同研究を必須にするか、また、海外研究留学を義務化するか、制度改革が望ましいでしょう。
研究者や学生を外国から招き入れたいと考えて九月入学制度を作っても、日本の大学で博士号を取りたいと希望して日本に来る外国人は、就職難にあえぐ中国からの留学生くらいでしょう。

現在の大学教員を再評価し、場合によっては入れ替える仕組みも必要です。一般企業では、毎年の人事評価や、「昨日の上司は今日の部下」は当り前になってきています。やはり大学教員には例外なく適用すべき任期制が必要です。教員採用の基準も見直すべきです。現在は博士号所持と論文数が基準ですが、これは明らかに疑問です。
教員の採用についても、採用する側の大学の教員だけが志望者を評価していますが、外部の評価者も加えるべきです。文科省も一応はみていますが、書類上のみで大学に任せきりです。
大学には金額に差はありますが、税金が投入されており、社会の公器です。聖域ではありません。

この回答へのお礼

外部の評価は大事だと思います。大学も、教員を入れ替えたり、企業人を客員として交流したり、いろいろありそうですね。学生の育成方法を含め、変わってもらえると良いですね。

 11です。お礼ありがとうございます。

>マッチングの問題は大きいと思います

 お礼の文面を思い出したのですが、以前ポスドク業務で学生のインターン事業のお手伝いをやっていたときに、全く畑違いの専門分野の企業に学生(理系修士)を送り出して、非常に好評だった、という思い出があります。その学生の専門分野と、その企業の業務内容を合わせると、新規分野の進出の可能性がひらける事が分かり、最終的にインターン実習の中で学際融合的な実験をやる事になりました(お金がないので、実験装置はかなり簡易なものでしたが・・・)。
 この時は、半ば偶然の産物でしたし、実際雇用するとなると壁は大きいと思いますが、A産業だからAという研究を行ってきた人を紹介する、といった方法のみではなく、A産業の革新のためにはBという技術が必要、すぐには金にならないと思うので大学が研究開発に協力しながらBの分野に精通した人材を供給、というように手順を踏めば、博士(能力のある人に限られますが)の雇用の問題も解決されますし、新技術の開発も円滑に進むかも、と思ったりもします。
 実際には、同じ大学でも分野間の壁は大きいですし(理系の実験室がある建物で研究をしていて、しかも何故かその建物の管理責任者役みたいになってしまっている~研究といってもパソコンに向かっているだけなので、事務職員だと思われるらしい~ので、その立場を利用して、実験の様子を見学するのですが、他分野の人に意見を伺えばもっと円滑にできるのに・・・と思う事が結構あります、社会科学を専門としている人間が工学系の実験に意見するのは畑違い過ぎるので雑談程度にとどめていますが)、産学連携研究と雇用問題を解決する一挙両得の研究プロジェクトを思いついても、そういう事業に柔軟に使える研究費が少なかったりもします。このあたりをもう少し何とかできないのか、といつも思うのですが・・・。

この回答へのお礼

インターンシップは就職・転職のミスマッチをなくすための制度なので、ミスマッチを解決する打ち手の一つですね。

畑違いに関しては私は失敗例なので何とも言えないですが、うまくいくといいですね。^^;;
だいぶ会社の金で無駄使いだけはしました。

10年ほど前に会社の研修旅行で、「暗黙知」の野中郁次郎先生の講演を聞いたことがあります。知のサイクルや人のタイプを分類し企業改革をするコンサルタント会社が企画した講演会でした。

本当は生産性を上げる方法は無限にあり自分たちで行うへきなのでしょうが、外力を使ってきっかけを作るのも大事と、それでやったことでしたが、異業種交流を含めて、ちょっと気が付かない変革や交流のきっかけを与えるようなものがあれば、良いのかなと感じたことがあります。

 当事者(博士号取得したポスドク、社会科学系)です。
 高学歴ワーキングプアの問題ですが、

1)マッチングの問題
 ⇒企業側:どういう人材が確保できるかわからない
  学生側:どういう仕事で能力を生かせるかわからない
2)博士としての資質の問題
 ⇒調査能力や問題解決能力に欠ける博士号取得者が多い
 (問題解決能力があれば、単純労働にすら支障をきたすという
  ことはないと考えられる、院生生活で心を病み、そういった能力を
  失ったという可能性はあるが・・・)
3)制度設計の問題
 ⇒やみくもに博士号取得者を増やしすぎ
  学問の自由はあるとはいうものの、近年の院生増員枠につい
  ては、たとえば、産学連携研究を行う研究室に限定する(企
  業にとって都合の良い人材育成になるが、半面、使いやすい
  人材が生産される)、といった制度にすれば問題は起こらな
  かったかもしれない。
4)待遇の問題
 ⇒1)、2)をクリアしていても、待遇が良くない
  理系の技術者一般に共通する問題だとは思われるが

 が、ごっちゃになっているような・・・。
 最近いくつか出版されている「高学歴ワーキングプア」を題材としている本では、2)に該当する人が良く紹介されていますが、資質に欠けている人は、高齢で職務経験の少ない人間の問題として、「博士」云々を抜きにして対応せざるを得ないでしょう(「博士」としての待遇を求めるがゆえに話がややこしくなる)。

 マッチングの問題などは、解決は簡単なようで難しい問題ですが、ひとまず、問題整理をきちんとするというのが解決策へつながる糸口の問題かと思います。


※)私の場合は、該当する問題は1)、2)、残念ながら、圧倒的な研究者としての実力は持っていないので、しばらくポスドクを行って、芽が出なかったら民間でも使える分析ツールを手に就職、という方法になりますが、そういう割り切りもせず、民間で使えるツールも持たずに、大学周辺をさまよう人が多いように感じます。

この回答へのお礼

マッチングの問題は大きいと思います。企業の欲しい技術と大学の研究テーマがマッチせず、なので企業が欲しい人材が育成できず、修士までの学生で素質(偏差値)を頼りに雇用をしようとするように思えます。

なので博士課程まで行って大学で教員になれなかった人は民間企業でも求められない人になってしまっているので、採用し辛い・・・。企業と一緒にやっているところはズレにくいのでしょうが。

文科省が本気で学生にことを思い、いろいろ頑張らないと、優秀なのに努力が報われない「大学周辺をさまよう人」が増えるのかもしれませんね。きっと。

no.9です。お礼に関して一つだけ。

博士号を「とっただけ」の奴なんて原則いないんですよ。
質問者さんが博士かどうかは知りませんが

博士号はいまや4年間教室にお行儀良く座っていれば取れる学士と違って、
研究業績が一定以上のレベルに達した人が得るものです

だから最低レベルの保証しかありません。
詳しくは業績リスト見てね、というのが常識です。
(博士を取る場合主要な論文を履歴書に添付するのは常識ですが
学部卒を取る時に卒業論文を出させるところは稀でしょう?)

だから、博士はどこの国であっても
まさしく「それなりに」評価されます。

持ってるからどうこうではなく
持ってなければ始まらないのです

三つ葉葵の印籠にはならないけど
交通手形くらいの効力はあるでしょう。

この回答へのお礼

博士号は就職活動の履歴書に書かれるか、名刺に書き挨拶するときには役に立つでしょうが、社会人である企業に就職している人がとっても自己満足なだけなのです。社内の昇進時に考慮されるかもしれませんが、仇となることもあります。
いろいろ努力して取得しようとしている人は見ていますので、活用されているかどうかとみると疑問を持っていて、未だに解決されていない記事をみて、どんどんひどくなっている現実を見て、疑問を書いてみました。

私も進んでいばらの道を進んだ過去を持つ馬鹿者ですが,
日本の現状を特に問題と思ってはいませんよ.

日本企業にとって博士の価値がないのは,
日本企業の人材評価のシステムからいえば当然のことだというのは
他の回答者が示した通りだと思います.
(とりあえずここでは人材評価のシステムが妥当かどうかは
議論の対象にしませんが.)

平たく言えば博士は日本に必要とされていないんです.

でも私から見れば,
「だったら必要とされそうな国に行けばいいじゃん」
でしかないんですよね.

きちんと勉強して学位を取ったなら,
少なくとも日常会話と論文執筆を英語でできるくらいの能力はあるでしょう.
それと博士としての能力があれば,誰からも見向きもされないってことはないでしょう.

私の諸先輩のほとんどは海外(外資系含む)の企業・大学・研究機関等に
行ってしまいましたし,
東南アジアなんかでは手っ取り早く学術レベルを上げるために
だぶついている海外の博士を取ってこようとするところだって少なくありません.


要は日本人がえり好みして日本にしがみついてるだけっていうのも
問題なんじゃないかなと思いますよ.

この回答へのお礼

) だぶついている海外の博士を取ってこようとするところだって少なくありません.

日本の博士のレベルはどのくらいなのでしょうかね。それなりに評価されるのでしょうかね。

パイロットなら年齢を重ねればそれなりのベテランの力を発揮するので評価されて雇ってくれるかもしれないと理解できますが、日本の博士号を取っただけで評価されるのでしょうかね。

でもそれなりの給料もらって海外で研究できるチャンスがあるのなら、いく人はそれなりにいるでしょうね。きっと。

日本では、高学歴のシンボルが博士だとされています。しかし、ヨーロッパの歴史的産物である PHD を日本の大学システムに移植しただけで内容が伴っていないのですね。
実態は、日本の博士号は幻想であって、たとえば、平均的には、理工系では実業界の需要と乖離しています。したがって、産業界では博士号取得者への需要はあまりありません。にもかかわらず、年々、博士製造メカニズムが大量に博士号を大盤振る舞いし、ポスドクが溢れかえる背景です。

なぜこうなるのかといえば、日本の大学に本質的な問題があるのです。しかし、従来、文科省は大学(院を含む)を聖域扱いし、大ナタを振りませんでした。
現在大学にいる教授以下の教員に大きな責任があるにもかかわらず、治外法権並みに放置してきたのです。
最近、やっと日本の大学の国際比較が行われるようになり、中教審の答申を受けて文科省もグローバル化だと言い始めました。薄々弱みを感じていた大学は、やっと九月入学で代表されるような改善計画を出さざるを得なくなって来ました。刺激を受けたいくつかの大学でも右倣えをしないと乗り遅れるとの懸念から、我も我もと九月入学を言い始めたのはご存じの通りです。
しかし、九月入学だけで留学生が増えるとでも思っていると笑止です。

大学自体が変わらなければなりません。
かつて大学教員の任期制が導入されましたが、若手教員だけに留められました。教授/准教授などのテニュア保持教員には適用されません。つまり、教員の評価システムが存在しないか、機能していないのです。互いの保身に共同戦線を張り、傷を舐め合う風土が堅固です。

一つ例を挙げましょう。日本の大学教員の英語力を評価すべきです。このシステムがありません。グローバルに研究成果を発信したり、留学生の教育に英語は必須です。英語力の無い日本の大学教員は去るべきです。教員資格に英語力を含めるべきです。

また、日本の大学教員は教育より研究が大事と主張します。それをもって教育力のお粗末さを隠す傾向があります。その一方で、研究力はあるのでしょうか?
少しだけ内容を変えた論文を量産し、安定した位置を保っています。この身分保証は見直すべきです。
こうした体制から、研究技術だけを身につけさせて、テーマを自ら生み出す能力を育成しないで、自分たちの基準ののみで博士号を量産しているのは自己満足です。
あわれなのは、ただ一つの目標と教えられて苦しみながら獲得した博士号が役に立たないと知ったポスドクの人達です。博士号獲得に費やした時間だけではありません、視野が狭くなった副作用がまた大きいのです。現在の博士号は教員募集の足切りの役目しか果たしていません。一般の社会では尊敬の対象ではもはやないと言えます。

大学/院の革命的な変更が求められます。

この回答へのお礼

まだ英語の出来ない博士が量産されているのですか。。。企業でもTOEICの点数が昇進条件の会社が増え、社内公用語が英語の会社も増えてきているのに。

理工系ニーズと大学が作る博士が産業界とマッチしないのに放置し、保身のための仕組みを充実させた結果ですか。そうかもしれませんね。


)現在の博士号は教員募集の足切りの役目しか果たしていません。一般の社会では尊敬の対象ではもはやないと言えます。

同感です。ただ学歴というものは持っている人が思う以上に持っていない人にインパクトがあるのは事実と思っています。良い面だけを活かして欲しいものです。

)大学/院の革命的な変更が求められます。

これは重要ですね。今の大学教員の使命ですね。

博士って、ヘンな言い方をすると、趣味を仕事にしている人たちです。ただ、研究成果で社会貢献しない分野にどれだけ人材を割けるかに、その国の国力、未来への希望が存在しています。彼らは国にとって必要な人達です。近視的に見るのはお隣の国の人達だけで十分です。日本人がそれにつき合う必要はありません。
私は、彼らがワーキングプアでもある意味で当然だと思いますよ。ただ、その人達の収入は低くても、その人達が仕事で使う研究費は潤沢にできるだけの余裕がこの国にあるといいのですが。

学歴が高いというのと、生産性が高い人材か、というのは、違うんじゃないかなぁ。中卒でもその道一筋で技術を磨いてきた人の方が、生産性が高いかもしれませんよ。
もし、学問の道で生産性が高い人材がいるとしたら、今の日本の制度だと、研究者も技術者も、国内にはいないと思います。日本の方が世界よりも先進的な研究ができている分野が一部ですよね。残りの分野は、海外に学びに出て、国内に成果を持って帰る必要があるはずで、20年前は、そういうのはわりと普通の話だったのですが、今は、ほとんどいないようですね。
ハーバード大学に留学する日本人の数を調べてみるとおもしろいですよ。

国内に閉じこもった博士レベルの人は、研究分野での働き蟻の役割になります。
「フリー」という本に、おもしろい話が書いてあるので、機会があったらご覧になってはいかがでしょうか。

この回答へのお礼

なるほどと思う意見ですね。

確かに海外研究経験を経歴に書く人はいますが、海外の大学に入学して持ち帰る人は減ってきてますね。

しかも今の就職難で就職活動に支障を与える交換留学を希望する学生数も減ってきていると聞きます。

大学の金稼ぎのための社会人ドクター育成と、裾野を広げるための若手研究者の育成を分けて、海外の研究機関と共同研究して何本か論文出さないと准教授にしないとか、国内の働き蟻の社会人ドクターと、国内外の働き蟻の大学研究者とを大事にすることが肝要なような気がしました。

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