その服、もしくは髪型が
「似合っているのか」「似合っていないのか」というのが、
よく分からないんです。
僕は単に、見慣れているか、いないかだけの違いだと思うんです。

たとえば、街角で制服姿の女子高生を見たとします。
これが彼女を見たのは生まれて初めてです。
こんな場合、似合ってるも何も無いと思いませんか?
その格好しか見たこと無いんですから。

スポーツ選手のユニフォーム。
ユニフォームの似合っていない野球選手とかっていないですよね。
細い人も太った人もいるのに。
監督、コーチなんかはどう見ても、
鍛えられていない体系ですけど、変だって事は無いですよね。
通勤電車で、スーツ姿のサラリーマンを見て、
「あの人スーツ似合ってないなぁ」なんて
思うことありますか?
学校の制服なんてクラス全員同じ服なのに、
「あの子は似合ってない」なんてこと無いですよね。

「東洋系の顔立ちに金髪はおかしい」なんて昔言ってましたが、
今、金髪に染めてる日本人を見ても、どうって事ないですよね。

「似合う」「似合わない」って言う感覚ってなんなんだろう?

A 回答 (13件中1~10件)

回答の追加です。

 心理学的に、という部分が抜けてました。

C・G・ユングという方の著書を読まれることを、お勧めします。
個人的には「夢の分析」に関する入門書や、簡単な実践書等が
初めの一冊として読みやすいかと思います。
キーワードは「ペルソナ」です。
それと合わせて、社会心理学の本を読まれると良いと思いました。

もし既にご存知でしたらごめんなさい…。
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この回答へのお礼

このあたりで締め切りたいと思います。

スタイリストさんの意見が聞きたい、と言うことで、
ファッションのカテゴリーの方にこの質問の続きとして
「スタイリストさんに質問」というのを出しました。
もしまだ何かありましたら、そちらの方にお願いします。

皆さん、ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/28 18:17

>そもそも、髪形整えたり、いい服を着たりするのって、


結局、人に見せるためだと思うんですよ。

そうですね。
「人にどう見られたいか」あるいは「自分をどう見せたいか」
という思いを反映したものがファッションだと思っています。
もう少し比喩的な言い方をすれば「どういう自分になりたいか」と言ってもいいかもしれません。
ただ、何を着ているか以前にその人に対して周りが抱いてるイメージってのがあると思うんです。
そのイメージと、「表現しようとしている自分」があまりにもかけ離れていたりすると
そこにまた違和感が生じてくるんではないでしょうか。
青ッ白いヒョロヒョロのもやしみたいな虚弱体質の青年が
シュワちゃんに憧れてターミネーターばりのライダースとサングラスで決めたって
世間の評価は間違いなく「似合わない」でしょう。
つまり自分自身というものをしっかりと認識する事と同時に、
他人の自分に対する見方ということについてもある程度的確に把握する必要がありますよね。
それ以外にも例えば時代背景であったりとか生活環境であったりとか、
TPOなども含めていろいろな要素をバランスよく加味して
人それぞれ独自の価値観てものが確立されるんだと思います。無意識のうちにね。
その価値観で選ぶもの、つまりは着たいと思うもの=その人に似合うものだと思ってます。

でも確かに「似合う」「似合わない」を一言でこうだ、とはなかなか言い表せないですね。
マジでいないですかね、スタイリストの方。
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この回答へのお礼

>青ッ白いヒョロヒョロのもやしみたいな虚弱体質の青年が
>シュワちゃんに憧れてターミネーターばりのライダースとサングラスで決め>たって
>世間の評価は間違いなく「似合わない」でしょう。

それも結局、見慣れてるかどうかなんじゃないですか?
シュワちゃんのほうが見慣れていて、
そのイメージと違うから「似合わない」なんだとおもいます。
だから逆に、
もともと「青ッ白いヒョロヒョロのもやしみたいな虚弱体質の青年」
がみんな着ていれば、それが見慣れているから、
そっちの方が「似合っている」になると思いますよ。

「セーラー服」ってありますけど、
日本では女子高生の制服として定着してるじゃないですか。
でも本来は「セーラー(水兵)の服」だから、
スカートとあわせるのはおかしいと思うんですよ。
だけど見慣れてしまっているから、
「似合っていない」にはなっていませんよね。

お礼日時:2001/05/26 09:55

洋服や髪型のスタイルには、


「自分の好きなスタイル」
「自分に似合うスタイル」という2つの基準があり、
自分の好きなスタイルは自分の主観で決められるが、
自分に似合うスタイルは自分一人では判断するのは難しい。

…というのが、私のごく私的な考えです。

「似合う似合わない」の基準は主観プラス客観であり、
着こなしのセオリーというか、そういうものがあると思うのです。

こんな私ですが、過去に洋服屋店員のバイトをしておりました。
お客さまから「似合いますか?」と聞かれることもしばしばでした。
バイトをし始めた時は、私もtomikou0000さんと同じく良く分からなかった
ので、その質問には答えらず、四苦八苦していました。
その後、経験や知識を蓄えていき、それなりに対応出来る様になりましたが、
最後は「お客さまのお好みで」と話を向けて接客していました。
#9のonamomiさんの書かれたような、いわゆる「売上げ」を出さなくて
良い立場だったのが、本当に幸いでした。

私からのアドバイスなのですが、
人から「似合う・似合わない」の指摘を受けたら、「どうして?」って
聞いてみるのが良いと思いますが、いかがですか?
そして、その答えを聞いてから、また色々思案されてみてはいかがでしょう。

何だか本当に私のつまらない主観ばかりの目立つ回答ですが、
気になる点ありましたら、遠慮なく補足質問入れて下さい。

(追伸:補足の使い方、これで良いでしょうか?(汗))
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下の回答(#9)を書き込んでから少し考えたんですが、


「この人にこの服は似合うでしょうか?」という問には正解も誤答もない。と、
#4で自分で書いたんですが、なんかそうでもないのかなって気がしてきました。
全部が全部ではないけれど、中には絶対値も存在するのかなぁと。

服とか髪型とか、身なりの事について語ってるんでちょっと論点はズレますが、
「似合う」「似合わない」って、いろんな場面で使われるじゃないですか。
例えば和室の床の間にツタンカーメンのマスクが飾ってあったら、
これはもう明らかに「似合わない」ですよね。
仮に誰かが「似合う」と主張しても、それは絶対に「正解」ではありえないと思うんですよ。
これと同じような事が、服装や髪型の場合でも当てはまる事ってあるんじゃないだろうか?
具体例を思いつかないんですけどね。

それと、違和感=「似合わない」ってのは絶対に自信はあるんですが、
見慣れてないから必ずしも違和感を覚える、つまり「似合わない」かって言うと、
それも全てには当てはまらないですね。
女友達がお店で商品の帽子を何気なくかぶってみた。
それを見てすごく「似合う」と思った事があるんですよ。
彼女が帽子をかぶったのを見たのはそのときが初めて。
つまり見慣れてないわけですが「似合う」と思ったんです。
成人式で女の子がみんな振袖を着てくる。
たぶん彼女たちの振袖姿を見るのってほとんどそのときが初めてですよね。
でも似合うコはやっぱり「似合う」なんですよ。
髪形変えて「似合ってるよ」って言われるんですよね?
それだって見慣れてないはずのものに「似合う」という評価をしてますよね。
最初に書いたスポーツ選手のスーツ姿にしたって、全員が似合わないわけじゃない。
「あ、こいつはスーツも似合うんだね」と思うことだってあるんですよ。

となるとやっぱりcivilさんやhidamariさんが書かれてるようなことも含めて、
いかにこなしてるか、自分のものに出来てるか、って事のほうが
ファクターとしては大きいのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

>髪形変えて「似合ってるよ」って言われるんですよね?
「似合っていない」も言われます(笑)。
>それだって見慣れてないはずのものに「似合う」という評価をしてますよね。
そう、それなんです!
言ってる人がどういうつもりで言ってるのかが知りたくて、
「ファッション」のカテゴリーじゃなくて「心理学」にしたんです。

振袖の例を見て、
ひとつ、気がつきました!

それは
「見慣れている」というのは「服自体」の方なんじゃないか?
ということです。

「その人」がその服を着たのを見たのは初めてかも知れませんが、
「その服自体」は別の誰かが着ている状態を見たことありますよね。
その状態と比べているんじゃないですかね。

>最初に書いたスポーツ選手のスーツ姿にしたって、全員が似合わないわけじゃない。
>「あ、こいつはスーツも似合うんだね」と思うことだってあるんですよ。

これも、スーツを着ている人自体は見たことあるわけだから、
それと違っていれば、「似合っていない」になるし、
近ければ「似合っている」になるんじゃないですか?

お礼の順序が逆になってしまいましたが、
#12のシュワちゃんの例もそう考えられますよね。

世の中に出ていない、
まだ誰も着たことのない「超斬新な服」が作られたとしたら、
この世で最初に着た人は「似合っている」になるんだと思いますよ。

お礼日時:2001/05/26 10:30

>では、洋服店の店員はどういうつもりで言っているのでしょうか?



店のレベルにもよりますが、デパートの催事場なんかの「婦人服○○大祭典」などで聞かれる
「お似合いになります」はほとんど適当言ってますね。
それを真に受ける客がいるから商売として成り立ってるような部分はありますよ。
「お客様のイメージでしたらこちらなんか・・・」なんて言いますが、
この場合の‘イメージ’も店員が勝手に抱いてる‘イメージ’ですよね。

>「こっちより、こっちのほうが似合いますよ」

これも程度はいろいろですが、ひどいのは本音では
「あんた(客)が何着ようが知っちゃいないけど、ウチはこれを売りたいの」
ってのも実際ありますよ。在庫とか、販売計画の都合でね。これは極端な例ですが。
あと、「あんたの体型じゃそのデザインは無理だよ」って思っても、そうハッキリ口に出しては言えないから
「こちらのほうがお似合いになるんじゃ」って言い方になりますよね。

だいたい自分の着るものを人のアドバイス受けなきゃ決められない、その感覚が理解できません。
蕎麦屋でメニュー見て、自分が食べたいのがきつねかたぬきか、わからないってのと同じだと思うんですが。
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この回答へのお礼

>だいたい自分の着るものを人のアドバイス受けなきゃ決められない、
その感覚が理解できません。

ごめんなさい!僕がそうです。
決めれないって事はないけど意見は求めます。
やっぱり、人から
「似合ってる」とか「オシャレ」とか思われたいじゃないですか?
少なくとも「変だよぉ」とか言われたくないですよね。
自分の中では良いと思っても、
周りのみんなが、「変だ!」といえば、
僕は多分、もうその格好はしませんよ。
(なんと言われようと貫き通す人もいるだろうけど)

だから、

>蕎麦屋でメニュー見て、自分が食べたいのがきつねかたぬきか、
わからないってのと同じだと思うんですが。

これとは違いますよ。
これは別に食べたいものを食べればいいわけだけど、
着たいものを着たからといって、
「似合ってる」かどうか
(正確には「似合ってるって言われる」かどうか)
分からないですよね。

そもそも、髪形整えたり、いい服を着たりするのって、
結局、人に見せるためだと思うんですよ。
だから逆に、
「誰にも会わないや」って家にいる時は、
寝癖頭でパジャマだったりしませんか。
女性だったらすっぴんとか。

あ、そういえば、
「スタイリスト」っていう人たちはなんなんだろう?
タレントさんとかに「似合う服」選んでるんですよね。
スタイリストさんの意見聞きたいですね。
(この質問、見てくれないかなぁ…)

お礼日時:2001/05/25 14:21

見慣れていないとか、ユニフォーム、制服とかの


似合う似合わない以外にも
やっぱり、似合う似合わないはあると思いますぅ~

造形美とかカラーコーディネートのように・・・
例えば首が太くて短い人が
タートルネックを着てるのと、クビ周りが大きく開いた服を着てるのと、どちらが似合うか?って聞かれたら~
首がスッキリと見える方が似合ってる!って思いますぅ
着る服の色によっても
顔色が悪く見えたり健康的な色に見えたりしますぅ~
髪型だって顔が小さく見えたり大きく見えたりするしぃ

そう言う風に、自分の体型や気になる個所を
カバーするようなデザインやスタイルも
似合ってる、似合わないを決定付ける重要な要素だと
思いますよぉ~

それの殆どが目の錯覚を利用するようなものだけどぉ
これって、大事だと思いますよぉ~
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見慣れていない、はひとつの正解でしょう。



他にもこんなことが考えられると思いました。
>通勤電車で、スーツ姿のサラリーマンを見て
 「あの人スーツ似合ってないなぁ」
っていうのはサイズがあっていない、または
全身のコーディネーションに統一感がない
と、いうことだと思います。

>学校の制服なんてクラス全員同じ服なのに
 「あの子は似合ってない」
>洋服店の店員はどういうつもりで言っているか?
 「お似合いになりますよ」
っていうのは、自分の好み、というイメージへの
押し込みみたいなもんじゃないですか。
教師や親は、子供らしい子供でいて欲しい。
店員は、うちのスタイル、私のタイプ、に近づいて欲しい。

あと、センスがいい、というのはTPOに対する
距離感のとり方が上手い、といったことだと思います。
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ユニクロのカタログより、一人のバレリーナの言葉。


 
「同じ物を着ていても、どう見えるかは、その人がどういう意識で身に付け、どう生きているかということに関わってしまうから、ファッションだけを追っても表現できなくて、自分が何をしたいのかを見つけて、どうしてやりたいのか、なんでやっているのかを分かっていくしかないんじゃないかと思う。そういう意思を持った人が着たい服を選ぶから、着こなしと言うものが生まれてくるんだと思うんですよね。」

「主体的に洋服を選ぶ」ということが本人の中でできているかどうかで、似合う似合わないという感覚は生まれてくるのではないかと思います。例えばサッカーの中田英寿が世間に注目され始めたころ、彼のファッションセンスに注目が集まった。カジュアルなものにしろスーツにしろ彼が見事に服を着こなしていることを多くの人が認めたわけです。これは彼の選ぶファッションに確かに彼の生き方が象徴されていたからではないでしょうか。したがって高校生であってもサラリーマンであっても、納得して今の自分を肯定できている人に、そのファッションは「似合っている」のではないか、私はこう考えます。
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その感覚は、美味しい・美味しくないみたいなもので、


とても主観的な部分だと思う。
よく、あの店のラーメンは札幌で一番美味しい、なんてこと、言う人いますけど、一番がつくからには、数字であらわせるとか、客観的、具体的な材料がいりますよね。

なので、自分に何かが似合うかどうかは、気になる人だけ気にすればいいことだし、
人の何かが似合うかどうかは、気になったとしても、その人が他人なら、しらんふりするしかなかろうし、彼女さんとかだったら、「よく似合うよ」と言ってあげたら、その日も楽しく過ごせるしね。

論点は、あってましたでしょうか?
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この回答へのお礼

>自分に何かが似合うかどうかは、気になる人だけ気にすればいいことだし

だからその「気にする」って言うのがどういうことかって事なんですよ。
別に僕が似合ってるかどうかを答えなくちゃならない状況に置かれて、
答えに困ってるってわけじゃなくて、
単に、「似合ってる」「似合ってない」って思う感覚は何?
って事です。

ちょっと論点ずれてますよ(笑)。

お礼日時:2001/05/28 18:35

>それはまさに、見慣れていないってだけじゃないですか?



そうですよ、その通りです。
見慣れていないから違和感を覚える。
その違和感を日本語で「似合わない」と表現しているんです。
同僚と友達の感覚の相違もまさにそれで、それぞれを見慣れていないから「似合わない」というし、
見慣れてるカッコは似合うといいます。

つまり真理なんかないんですよ。
「この人にこの服は似合うでしょうか?」という問には正解も誤答もない。
見る人各自がどう感じるか。それ以上でも以下でもないと思います。

この回答への補足

>「この人にこの服は似合うでしょうか?」という問には正解も誤答もない。

では、洋服店の店員はどういうつもりで言っているのでしょうか?
「お似合いになりますよ」とかって言いますよね。
適当言ってるてことですか?
でも、何種類か服を持ってきて、
「こっちより、こっちのほうが似合いますよ」
なんて比べること、よくありますよね。

補足日時:2001/05/24 08:55
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