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どうしても何かお言葉をいただきたく投稿します。

私は現在親元を離れ、大学に通っています。実家から電車で一時間半くらいの場所です。


昨年末に母はがんにより、余命一年を宣告されました。

受け止められないながらも、旅行に行ったり、写真をとったりして急ぎ足で思い出をつくってきました。
私自身も、漠然と母はいなくなる、と理解しようとしてきました。

ですが先月帰省した際、母の寝顔がこれまでにみたこともない顔をしており、私は怖いと思ってしまいました。私の知る母の顔ではなかったのです。
そしてもう時間がないのかもしれないとも感じました。

そんな嬉しくもない直感があたったのか、私が大学に通い始めてから母は入院してしまいました。
入院してからはまだ会いに行っていません。今週末に会いに行きます。
側にいたいという思いはあるのですが、あの寝顔を思い出すと、私に何ができるのか、何をしてあげられるのか。私はただ母の死にゆく顔をみていることしかできないのか。
今の私は、側にいることも、離れることも中途半端でただ逃げているだけなのだと思います。

私は母のために何をすればよいのでしょうか。
私はどうしたらきちんと母と向き合えるのでしょうか。


自己満足の語りとなってしまいましたが、なにか言葉をいただけたら幸いです。

A 回答 (10件)

あまりの辛さに、心が自然と逃げ出すのでしょう。


それは、誰しも、しょうがないことですよ。

でも、あなたは、ここでどうしたら向き合えるかを
相談してらっしゃる。少しでも、逃げるのをやめようと
思ってらっしゃる。

少しずつ、あなたはスタートできそうな気がします。
向き合い始めていますよ。

私は最愛の妻が余命1ヶ月との告知で亡くなりました。
そういう経験がある人に聞いて、
当時心に留めたことがあります。

「残る日々を後悔しないようにおくること。」
これだけは絶対だということでした。

あなたのように、今何ができるかを
真剣に考え始めているだけでもスタートです。
スーパーマンでも神でもない我々にできることは
限られているかもしれません。

でも、この日々を真剣に自分の心に
後悔しないようにすべきです。

今より、前の日々で後悔することがあっても、
今、逃げ出したり、投げたりして後悔する事は、
ただでさえ深い傷が、手の施しようもなくなります。
今は、弱くなる心と決然と闘っていきましょう。
限られた時間でお母様と幸せに過ごすには、
裏ではその闘いが必要かもしれません。

後悔しないように残された日々を送るとなると、
それを心に問うと、大体において、お母様が
残された時間で喜ぶことは何だろうというところに
想いが至ると思います。

母と娘であれば、母は、自分の事より
娘の幸せを望むでしょう。何より、
自分がいなくなっても、明るくこの子は
生きて行けると確信を持ちたいはずです。

そういうところから、考えていきましょう。

病院につきっきりでも、母親は心配するでしょう。
大学にきちんと行って、明るく過ごして、そして
空いてる時間は精一杯お母さんと過ごしましょう。
話しておきたいことはすべて話しましょう。

一緒に過ごすことが大事ですよね。見舞いに来てるという
感じではなく。弱るからだや、きつい事もあるでしょうが、
その中で一緒に過ごせることを大事にしていきましょう。
一緒にいるということが大事なので、特に何かをということは
ないように思いますよ。
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昨年母を白血病で亡くしました。

私は40歳、母は67歳でした。

私も、病名がわかってから余命がだいたいわかりました。辛かったです。受け止めるのも、失うのも…

でも、母に会うときは極力普通に接しました。外の出来事や今自分がしていること、興味のあるものを話しました。とても楽しそうに聞いてました。

母は、最期まで「治る」と信じていたので、私も余命や事実は隠し通して励まし続けました。最後の3日間で、死期を悟り、最後の会話をしました。

私が母が生きているときにいつも考えていたことは
「どんな最期を迎えさせてあげようか」ということでした。

母には死にまつわることや、病状をすべて隠していたので、母に聞くことはできませんでしたが、生前絵の先生をしたり、友人がとても多い人で豊な老後を過ごしていたのを知っていたので、私が勝手に、「たくさんの家族や友人に囲まれて、逝かせてあげよう」と決めました。

もう命がいくばくもない、かろうじて会話はできる、明日はもうわからない、という日に、母の携帯電話から、記憶にある名前をたどり電話しまくりました。
電話をとった先方は皆泣き、連絡をした私に感謝してくれ、母の最期、ちょっと会話をすることができ、母なりに皆にありがとうを伝えていました。病室にはたくさんの方々がすぐにかけつけてくれ、とてもにぎやかな部屋になりました。

人の一生を終えるとき、その瞬間というのはとても大切だと思うのです。
幸せに愛情に囲まれた瞬間の中で、天国に旅立って欲しいのです。

思い出作りは、お母様のためではなく、残された生きる人たちのためです。
あなた自身が、お母様との思い出を胸に、これから起こるであろう様々な苦悩や困難を超えるためのものです。
お母様は、死の淵で様々な気持ちに葛藤していることと思います。
あなたは、お母様のお気持ちが晴れるよう、そっとそばにいて、聞いてあげるだけで良いのです。

また、私ならお母様が死に近づく顔であろうと、どんなに苦しんだ顔であろうと、会いに行きます。
電車で1時間半なら、私とだいたい同じです。私は週末できるだけ会いに行きました。

学生で勉強もお金も大変だと思います。
ですので、できる限りでいいので、会いに行ってあげてください。あなた自身の後悔が少しでも減ります。お母様の最期をできるだけ一緒に過ごした経験は、きっとあなたの心にしっかりと焼きつくはずです。

母が息を引き取り、看護士さんの提案もあり、私も看護士さんと一緒に母の身体を拭きました。病院で簡単な死に化粧もさせてもらいました。とてもありがたかったです。

人が死ぬということは避けられない。万物の生き物はすべて死を迎えます。
あなたができることを、今する、これだけでいいんですよ。

苦しみから逃れ、あの世で楽しく暮らすことを願い、旅立たせるための準備を、あなた自身、しっかりと見つめて行ってください。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

回答者様のお母様は人生の最後を幸せに過ごされたのですね。そういった最後を私も母に迎えて欲しいです。母のそばにいて私に出来ることをしてあげたいと思います。

そうですよね。ただ逃げているんだと思います。あの母の顔をまたみてしまうのが。それでも私の大切な母です。最後まで一緒にいたいです。

今、私に出来ることを後悔がないようにやり切りたいと思います。


ありがとうございました。

お礼日時:2013/04/23 21:10

二十歳の時に母を癌で亡くした者です。


お辛い気持ちよくわかります。私も最初は動揺してどんな風に接したらいいのか迷いました。
もっと一緒にいたい。思い出を作りたい。と思ってばかりで今思うと母の気持ちはどうだったのだろうと後悔している気持ちがあります。
お母様にはもう時間がありません。お母様自身が一番焦っているし恐怖を感じているはずです。
私の母はその心の葛藤を日記に記していました。それと「今日は誰が会いに来てくれた。こんな話をした」と。

私はもっと沢山会いに行って母の気持ちを聞いてあげればよかったと思いました。

今は気持ちの整理がつかないかもしれませんが、お母様に会ってあげて下さい。他愛ない話でもいいので話をしてください。
それだけでお母様も癒されます。質問者様の気持ちも少しずつ落ち着いてくるのではないでしょうか。
どうか後悔だけはしないようにお母様との時間を過ごして下さい。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

私も先月二十歳になりました。この節目にと思うとただ辛く思えますね。この先をどれだけ夢に描いていたかと思うと今から悔しくてたまりません。

気持ちは後から来るものと思って、今はただ母のそばにいたいと思います。
後悔をしないようできるかぎりのことをしたいと思います・

お言葉ありがとうございました。

お礼日時:2013/04/23 20:59

〉私は母のために何をすればよいのでしょうか。


私はどうしたらきちんと母と向き合えるのでしょうか。

特別に何もする必要はありません。普段通りにお母様に接しましょう。

私も両親をガンで亡くしました。介護生活で思った事は、死にゆく人に残された家族が出来る事は「出来るだけ普段通りに接し心配をかけないこと」です。弱っていく肉親を看るのは辛いです。私も影で随分と泣きました。でも母も娘に病気の不安を悟られないように演技してましたね。だから暗黙の了解でお互いに心配をかけないように親子で演技してました。

お母様は自分の身体の状態は言われなくてもわかってるはず。そんな時に家族がメソメソしていたら、あの世に行っても心残りで娘の事が心配でしょう。お母様に心配をかけないように、悲しい顔はせず嘘でもいいから普段通りに接して下さい。あなたの成長を見せてお母様を安心させて下さい。

私は両親が亡くなった後、「両親に天国で再会したら誉めてもらおう」と難しいけど頑張ってます。親が生きてる時は心配かけないようにし、親が亡くなった後はあの世で娘を心配しないように…と日々を過ごされてはどうでしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

人の最後というのは等しく、辛いものですね。
なんとなくですが私と母も暗黙の了解があるように思いました。私はこれまで母に心配をたくさんかけたので、こんな時まで私のことを気遣わなくていいのに、心配させてくれ、と思っていました。ですが、母は今でも私のことを考えてくれていたのですね。その気持ちに応えられるよう普段通りに、笑顔を見せたいと思います。

これからのことは想像がつきませんでした。私にとって母が、両親がすべてだといってもいいと思っていたのでそのあとのことなんかのたれ死のうがなにしようがとやけに考えたりもしました。あの世というものを信じて、私の最後までどうにか頑張りたいと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/04/23 20:55

お母様のご病気、心中御察し申し上げます。



さて、愛する者が亡くなるということは辛いものです。しかし必ず通る道でもあります。
貴方も、理解しようとしてきたと書いていますね。
それでいいと思います。

近年、医学の進歩で生かされる場面が多くなってきたと言っても過言ではないように思います。
昔は生まれて間もなく亡くなったり、何でもないような病気から亡くなることも多くあった訳です。
それはある意味で、身の回りに人の死が多く存在したともいえます。
だから子供の頃から死を漠然と受け入れてきたのでしょう。

人は後悔するように出来ているので、出来る事なら後悔はなるべく少なくしたいですね。
貴方は今学生です。母親に貴方が出来る事をする。何があるのかな
例えば、時間があればそばにいてあげる。たまにはケーキでも買って一緒に食べたり

取り留めのない事を書きましたが、貴方が落ち込んではダメですよ。
頑張ってね
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

身近で死というものをはっきりいってほとんど経験してきませんでした。いつかは、というのは分かっていても考えたくないことだったのに、まさかこんなに早く来てしまうなんて今でも理解が追いついていないように感じます。
そしてこのまま母の死を迎えるのでしょうか。やはり、まだ私には理解の及ばないことのように思います。

私に出来る限りのことを、したいと思います。

母に笑顔を見せられるよう頑張りたいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/04/23 20:43

あなたは紛れもなく目の前にいるお母様から生まれ愛情を持って育てられた。


あなたはそのお母様の喜びであり誇りであるはずです。
愛には愛を持って恩には恩を持って報いるべきです。
あなたの愛を精一杯お母様注いでください。
あなたの気持ちをあなたのやり方で伝えてください。
そして心からのお礼を、産み育ててくれたお礼を口に出してあなたの言葉で伝えてください。
向き合う必要はない、心を伝えることがあなたに出来る一番の親孝行です。
多分それは最後の親孝行かもしれませんが。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

私は母に愛されていると、なによりも自信をもって言えます。
その愛、恩に私のもてるすべてで報いたいと思います。
最後の親孝行に出来うる限り努めたいと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2013/04/23 20:33

難しいことかも知れませんが、「笑う」ことじゃないですかね?



幸せになって欲しい。
笑っていて欲しい。
その娘に、自分のことで泣かれるのは何より辛いことだと思います。

いつも通りに話しかけ、いつも通りに笑う…

笑顔が少しでも良い薬になると思います。

泣くことは後からいくらでも出来ます。

今は笑顔で「ありがとう」。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

そうですよね。
いつもふてくされていた
顔ばかり見せていたのでいっぱいいっぱい嫌というほどにこにこしていたいと思います。
それで少しでも母を安心させてあげたいと思います。

ありがとうこざいました。

お礼日時:2013/04/23 20:24

じじいです。



例え精一杯の事をしたと思っても、結局亡くなった後になって、後悔してしまうもののようです。

>私自身も、漠然と母はいなくなる、と理解しようとしてきました。

今のあなたは、ただ母の死を実感として受け入れられないだけなのです。

おそらくは、亡くなった後に深い悲しみが訪れるでしょう。

>私は母のために何をすればよいのでしょうか。

極論を言えば、死にゆく者にどんなことをしてあげても意味を成さない。

けれど、生きているあなた自信が、少しでも後悔が少ないように、

限られた時間だからこそ、一生懸命あなたが考えるべきなのです。

妹さんのように、母との思い出づくりは亡くなった後のあなたを必ず支えてくれるはずです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

母のため、というより私のためですよね。自分が後悔したくないから。
まずは自分が後悔しないよう母の側にいたいと思います。そこからまた自分のすることを考えたいと思います。

ありがとうこざいました。

お礼日時:2013/04/23 20:15

3年前に母を肺腺癌で亡くしました。



癌というのは若いほど早く進行します。
がん細胞も生きていますから、細胞分裂が元気なほど増えるのですね。
抗がん剤はその細胞分裂を阻害して絶滅させる手段だそうです。

うちは60歳という微妙な年代だったので、余命1年が2年半生き延びました。
抗がん剤治療もしましたが、最後は諦めてホスピスで終末治療を受けました。

4年前の年末、クリスマス直前に最後の自宅療養から緊急入院。
正月の見舞いが最後の会話でした。
別れ際に、もっと居て欲しい、もっと話たいことがあるって言ってたのに、
明日また来るからって、無理言って別れて帰ったのが最後の会話でした・・・。

あの時、何を言いたかったのか・・・、何を聞いて欲しかったのか、
5歳くらいの女の子みたいなわがままを言う母は、どうしたかったのか・・・。

今も心残りです。

そして伝えられなかった言葉。
言ったけど、意識昏睡状態の母には聞こえていないであろう言葉は、
「産んでくれてありがとう」という言葉です。
産んでくれたから、妻とも出会えた、妻を支えてやることも出来る、息子にも出会えた。
お母さんが私を産んでくれたからだよって。


癌がわかってから、沢山旅行いきました。
いっぱい話ししたけど、死ぬ3週間前まで居なくなる感じなんか全然しませんでした。
居なくなる怖さも感じていたのにです。
それが、意識昏睡になって二週間で一気に衰弱し、最後はガリガリです。
たった二週間でです。


何を話せばいいんだろう。
普通の事でいいと思う。
お母さんは、若い子供を残して自分だけが死んでいかなければならない悔しさと、死ぬことに対する恐怖を持っています。
死ぬのはやっぱり怖いみたいです。
どんだけ信心していても、どんだけそういうことを勉強してきていても。

貴方の中に、沢山のお母さんの言葉、考え、生き方、思い出を刻んであげてください。

あと半年なら、休学しても良いんじゃないですか?
経済的に許されるなら・・・ね・・・。

未来は取り返しが付くけど、お悔やみごとは取り返しがつきません。今しかないのです。
だから、今は【そばに居てあげる事】なんじゃないかな。

お父さんはどうしているのかな?
末期がんの看病は、看ている側も消耗します。
残される側のお手伝いもしないと共倒れしてしまいますよ。
特に男は心が弱いです。
お母さんが亡くなられた後、支えてあげないと心が折れて後を追うように亡くなってしまうケースもあります。
家族ですから、一緒に支えあって最後を看取ってあげましょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

側にいること。これが私にできる一番のことですよね。側にいて、絶対に「産んでくれてありがとう」を伝えたいです。母を、母という存在をしっかり私の中に刻みつけたいと思います。

休学のことは父や先生とも相談して検討したいと思います。私の未来よりも、母の今を大切にしたいです。私自身がこの先ずっと後悔するのが嫌でも浮かびました。

父のこと、自分に精一杯できちんとみていなかったと気づかされました。
父譲りの言葉の足りなさでお互い、口には出していませんでした。
仕事一筋だった父は、母ががんだと分かると人が変わったように甲斐甲斐しい旦那さんになりました。その変化がちょっと怖かったりもしました。
母を、その上父まで失いたくありません。
父を支えることも私に出来ることですね。頑張りたいと思います。

親身なお話ありがとうこざいました。
気づかされたこと、わかったことがありました。母に、父に、尽くしてきます。

ありがとうこざいました。

お礼日時:2013/04/23 20:09

こんばんは★



私の父も一昨年の癌で他界しました

私も質問者様と同じでした

父はお酒が大好きで、飲むと偉そうで、ガミガミと…小さい時から父が嫌いでした

だから高校卒業したら早々と家を出ていました

たまに電話かかって来てもいつも酔っ払いで、最後にはケンカになり電話を切るの繰り返しで、着信を無視したりしてました

癌と分かってから1年半で亡くなりましたが

1度入院中に妹とお見舞いに行った時に、痩せほそって弱々しい父を見て、とても辛く見てられなくなって、何を話したらいいかもわからず、私は結婚もしてて忙しいからとかなんらかの理由をつけて、それ以来ほとんど会わず、他界しました

最後まで父とは仲良しになれないまま、他界しました

妹は父と仲良しだったので、休みの度に会いに行き、旅行行ったり、ご飯食べに行ったり、小さい時の話したり、写真みたり…他愛もない事ですが、して過ごしていた様です

質問者様もお辛いとは思いますが、後悔されません様に、普段なかなか話せない事、聞けない事などを話したり、質問者様の負担にならない範囲で、可能な限り一緒に過ごしてあげたら、それだけでお母様も幸せだと思いますよ

大変だと…お辛いと思いますが、質問者様も思い詰め過ぎてお体壊されない様になさって下さいね
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お優しい言葉をいただけて嬉しいです。

やはり後悔しない最期を迎えるため、母の側にいたいと思います。

ありがとうこざいました。

お礼日時:2013/04/23 19:48

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