最近殺人が簡単に行われているように思います
3月末には障害を抱えた大学生が同級生に殺された
事件がありました
新聞にも出たので記憶に新しいと思います
いつも思うのですが殺した人の刑があまりにも
軽すぎるように思います
新聞によれば、3月までは旧少年法の適用で
約1年で社会復帰の可能性があるとの事
新少年法でも約5年が目安との事
息子を殺された親はこんな短期間で社会復帰する
殺人者を見てどう感じるのでしょうか
イスラム教だと思いますが
「目には目を、歯には歯を、(命には命を)」
が人権の平等を正しく示しているように思うのですが

A 回答 (12件中1~10件)

ま、わたしは、死刑というのは、犯罪抑止に役に立たないと思います。


(「万引きしただけでも死刑」というなら、抑止力になると思うけど。)

当たり前ですが、生きている人は、今まで死んだことがないわけです。人を殺す犯人も同じです。
死ぬとどうなるとか言っても、想像に過ぎないわけです。
殺人すると死刑になって死にますよ、と頭でわかっていたとしても、別に自分に死んだ経験があっていやだと思っているわけじゃないから、
本当のところでは、死刑になって自分が死ぬことなんかなんとも思っていないでしょう。
それに、命が大切にできない人だから、人を殺せるんです。
だったら、自分の命も大切にできないのだから、死刑もなんとも思わないのではないでしょうか。普段とか、殺人した後で自分の命が大切に思うかもしれないですが、殺人の瞬間に思ってくれなくては抑止にはならないのです。

日本には死刑制度がありますが、殺人する人はいます。

ほんとうに、刑で殺人を抑止するには、何らかの方法で体に痛みを与えるしかないでしょう。(具体的に、「むち打ち」がいいかどうかはわからないですけど。)
痛みというのは、死ぬことと違ってみな経験しています。

ですから、殺人に関しては「目には目を」は抑止にはならないと考えます。

ただ、質問にあった「いつも思うのですが殺した人の刑があまりにも軽すぎるように思います」という意見はうなづけるところがあります。
また、「死刑をするのは抑止のためではない」(別な目的である)という意見の人にとっては、抑止力があろうがなかろうが関係ないでしょうけれど。
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この回答へのお礼

死を生きているうちに意識することは大変
難しいことだと思います
定義の趣旨は命の重さすなわち
「他人の命も自分の命も同じものなのだ」
という認識
「自分を相手の立場に置き換えて考えてみる」
という認識
が必要であることを主張したいと考えたからです
物品でなく「人の命」「生物の命」を感じて
欲しいと思う次第です

お礼日時:2001/05/28 19:11

 私も現行刑法は矛盾があると思います。



 バランスを取りながら何とか墜落しないでいる飛行機を連想してしまいます。

 独裁的にならない、且つ正しい判断をとれる組織があって「法で裁けぬ悪を裁く」ようになればいいのにと思っています。(注 ありえないとわかっています)

 残念なのは、現実世界でどこまで法規制をしても悪党は世の中からいなくならないということと、その悪党によって傷つけられる人がいるということです。    
 被疑者の人権ばかりが大事にされる今の状況は、すごくバランスの悪いものと思います。

 
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この回答へのお礼

心強い同意のお言葉感謝します
昔のテレビドラマに「必殺仕掛け人」
というのがあり依頼を受けても
調査の上で依頼人の申し立てが納得できないと
お断りするシーンがありました
こんな良識的な処断方法があればといつも思います

お礼日時:2001/05/28 19:17

犯罪者に対する最も厳しい「罰」は、自らその罪の重さを自覚しちゃうことだと思います(「犯罪者の教育」に偏った見方になるかな?)。


「赦し」を与える人は居ませんし、生きている限りずっとその重さを背負わなければならないわけですから、死刑よかよっぽど重いのではと。
ですから、問題は服役期間の長短ではなく、現行の「刑務行政(?)」がどれだけその実現に成功しているか、ということではないでしょうか。

で、その成否はと言うと「ほとんどダメー」なんじゃないですかねえ。極端に言えば、ただ塀の中に放りこんで規則正しい生活を強いてるだけ(体調を整えるために服役する、なんて暴力団関係者もいるそうですから)。
我々はまだ「犯罪者に罪を自覚させるための手法」を確立してないのです-「落ちこぼれ生徒を有名大学合格に至らせるための手法」を確立してないのと同じように。
ただ、絶対にその確立が不可能なわけではない。小中高と成績ズダボロだったのに見事有名大学に合格した人もいるし、とんでもねー大悪人が悔悛して「聖人」になっちゃった場合もある。
「道筋はあるはずだけど、まだ見出せていないだけ」と、私は思いたいのです-夢想ですけどね。

そもそも、犯罪者の更正と社会復帰(口先だけに終わらない)がほんとうに実現されているのなら、少年法なんていう「特別枠」は不要のはずです。
この「実情」をきちんと論じることなしに「少年法の対象年齢をいたずらに引き下げるのは問題だ」なんて言う「識者」ってのは一体何なんだ、と思います。
えー、喩え悪いですが-戸塚ヨットスクールの校長じゃないけど、
「そんだけ言うならオマエ、たった一人でいーから犯罪少年を更正させてみんかいっ!!」
って言いたくなりますね。

えー、それで最後に、死刑制度についてですが、先に記した私の「夢想」が実現されたとしても、全く悔悛しない犯罪者は必ず居る、と思います。犯罪者の大部分は「救われ」ても「取りこぼし」は必ずあるだろうし、そもそも「悪」と呼ばれるモノはそんな「一筋縄」に行くものではありませんから。
また、少なからず我々は「死刑」に対して「清め」のイメージを見出してしまう-アクション映画のラストで悪役が死なないと、何となく落ち着かない気持ちになりません?「フレンチ・コネクション」とか。
「死刑制度」は、人類が存続する限り絶対に絶ち切ることができない、一種の「悪癖」になるんじゃないでしょうか。
「わかっちゃいっるけっどやっめらっれない♪」とかね。
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
犯罪を告発された者が必ず口にする言葉
「覚えてろ」
ducksoupさんのご意見を象徴しているように感じました
「浜の真砂と盗人の種は...」
有名な白波5人男弁天小僧の言葉です
弁天小僧は犯罪哲学者だったのでしょうか

お礼日時:2001/05/27 13:06

刑法は犯罪者の行為がけしからんから、国家が処罰するもので、被害者は第三者でしかないです。

celenaさんのおっしゃるとおり傍観者でしかないです。
確かに尊属殺人(200条)違憲になった事件は重いです。14歳から強姦され実の父の子供を3人も産み、飲んだくれて仕事しない父と子供か兄弟かわからない子供を3人も養うため、高校行けずに働いて、やっと結婚したい相手が見つかれば父親に監禁され、もう親を殺すしかないですよ。それで、尊属殺違憲判決と共に懲役3年執行猶予3年だっけ、判決が出た時は、その娘さん自殺しちゃってて・・・
昭和40年だっけ44年だっけ判決が出たのは・・・涙なしでは語れません。

こんな事いうと反感かわれるかもしれませんが、今の日本じゃ、所詮、命ってそんなに重いものじゃないのかもしれませんね。命だけじゃなくって、周りの人を大切にしない人が多いです。私も困っている友人だからお金を貸したことがあるのですが、返ってきませんでした。返ってこないことを予想して貸しているので、返ってこないことは痛くないのですが、友人が相手の気持ちを考えない自己中心的な考えの持ち主だったことに悲しみを感じます。こういう自己中心的な考えが殺人等の重大事件を引き起こしやすくしていると思います。
日本国憲法はすばらしい憲法ですが、ベースはロックの思想ですし、西洋の個人主義からきているものです。個人主義が主張されればされるほど犯罪は起こりやすくなります。
犯罪大国アメリカを見てもわかるように、西欧の考え方では限界なんじゃないかなと思います。autoroさんのおっしゃるイスラム教に学ぶところは大きいと思います。ま、私は無信教だし、信念もないし、平和に普通に暮らせればいいんですけどね。

一応刑法の処罰根拠について、今は相対的応報論と言われてます。ベースが応報論(目には目を:カントが主張)+一般予防論(犯罪者以外の人に犯罪を犯したらこんな目にあうといって脅して犯罪を抑止する:フォイエルバッハが主張)+特殊予防論(犯罪者の教育:近代刑法唱えた人が言っていました。フェリーとかロンブローゾかな)これだけ足したものだそうです。

私の個人的見解ですが、一般予防を重視するべきです。故意犯で強盗や恐喝などみんな死刑にすべきなのです。(冤罪だったら恐いので終身刑がいいのかもしれませんが。)国家の立場では犯罪者でも勤労に従事すれば税金はとれるし、憲法の理念からも在監者にも人権はあるといいますが、実際に平穏な社会を作るのに犯罪者がいくら更正したとしてもそんな犯罪者は雇いたくないものです。一度やってしまっていると、我慢の歯止めがきかなくて再犯する人が多いのです。イギリスのように10歳で人殺しても本当に一生終身刑だ、という社会にしてほしいです。そしてプライバシー云々を主張するのをやめて道路財源使って全道路の上に監視カメラ設置するくらいの事をしてほしいですねぇ。
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
sein13さん弁護士希望でしたね
いつも明快なご指摘有難う御座います
犯罪の前後、人の行動思考には流れがある
社会であり,個人であり、(個人の中にある個人)であり
でも皆さんのご意見から現行の刑法ではこの表題にたいし
ある程度の満足を与える回答も出ない段階であると理解
しました
機会あるごとにこの問題を提起したいと思いますので
ご協力をお願い致します

お礼日時:2001/05/27 12:59

何度も人を殺したい衝動にかられました。


でも、それを抑制できたのは
「自分は刑務所に入ればいい。死刑でいい。なんなら一緒に死んでいい
でも、お母さんが泣くだろうな・・家族は賠償金や世間の風当たりで
大変な事になるだろうな。親父は会社を辞めざるを得ないだろうし
弟は結婚も出来なくなるだろう・・それでも私は殺したいのだろうか?」
そんな思いでありました。

もし、「目には目を」と殺したら死刑と決まっていても
残った家族に何の害も及ばないのなら、私は殺してましたね。

青少年の犯罪の全てがそうだとは思いません。
あまりにもいろいろな事例、事件の背景があります。
一概に何が正しくて何が悪いのかは正直わかりません。

でも、あまりにも先の事を考えず、親や家族に対しての感謝の念も持てず
薄っぺらな目先だけの感情で動く青少年のなんと多い事・・
また、大人もしかり。
他人は見ていなくても「自分」が見ているし、知っているはずなのに。

>約1年で社会復帰・・
出来ないと思いますよ。よっぽど親を含めてまわりの大人達がしっかり
していれば別ですが、そういう人であれば殺人なんて犯さなかったと思うし。
どちらにせよ、日陰の人生まっしぐらでしょうね。死刑になったほうが楽?

法律で何事も解決なんてしないし、平等なんて世の中には無いと思ってる
ので、話の論点ずれてるかな。。死刑反対はしないけど、スイッチ押すのは
いくらお金積まれても嫌ですね。
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
世のしがらみが邪魔をして踏みとどまった
それが普通の人間の考えることと思います
現在は普通の人間が減ってきたということでしょうか
核家族,都会の一人身生活、面白おかしく過ごす姿を
世間の標準のように錯覚させるマスコミの報道などなど
「人」の判断を狂わせる要素が多く、社会経験の少ない
人々には何が「正」で何が「不正」かが判断の出来ない部分が出来ているのではと思います
特に自分の主張主義を持たないで他人の意見を取り入れるのが「いい人」だと考えられている日本独特の社会通念
が自己の意思決定の大きな邪魔者になっているような気がします
死刑執行人の話はokaya3も申されておりますが
刑は機械的に執行できる仕組みが欲しいですね

お礼日時:2001/05/27 12:48

死刑うんぬんの前に日本の法律は被害者に対しての扱いが全然なってない。

殺された遺族の方々がその遺影を法廷に持ちこんではならないと聞いたとき、吐気がするほどでした。なぜこの国は加害者の人権ばかり擁護して被害者、遺族は守られないんだろう。と憤りを感じました。 聞いた話によると、遺族の方々って法廷ではいち傍観者でしかないそうじゃないですか。(間違ってたらすみません。)
自分がもし国会議員にでもなったら真っ先にこの議題を取りあげようといつも思います。

ほんの一握りの人間だと思いますが(願いますが)、
「俺たちゃ未成年だから死刑になることはねえ!」って言って通り掛かりの人をぼこぼこに殴ってる人がいる人達。
ただ自分の快感の為に麻薬に溺れ、挙句他人に暴力を振るう人達。
レイプされた人達はその後今まで通り生きていくことはできなくなります。生きていくことさえ否定してしまう人もいると聞きます。そんな加害者は殺人罪にあたると自分は思いますけど。okaya_3さんのいうようなケースの場合、被害者はその「娘」です。
生きることに一生懸命がんばっている被害者・または被害者を一瞬にして失った遺族の方とそんな加害者達の「命の重さ」が同じであるとは到底思えません。というかむしろ人の命を理由なく奪っておいて自分の命の重さとか語れること自体おかしいと思う。んで、愛してやまない家族が殺されたのに加害者の人権擁護だ更正のチャンスだなんだで、執行猶予がついたり、5年程度で刑期が終わってしまう判決を下された遺族の方々の悔しさ・怒りはどこにぶつけたらいいのでしょうか?

ただ、crimsonさんの申される用にやむをえずという場合もあるでしょうから、そこの所との線引きが難しくなってくるでしょうね。裁判でも、愉快犯だったのか正当防衛気味だったのかが争われそうですね。

なんか結構攻撃的な答えになってしまいましたけど、こういう論議ではどうしても熱くなってしまうんです。すいません。とにかく被害者・遺族をどうにかしてあげたいですね。
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
非常に積極的なご意見感謝します
国会議員になる予定なら是非私を私設秘書に加えて
頂きたいと思います
小泉内閣も気が付いてこの辺りを真っ先に改革してくれるようにといいのですが

お礼日時:2001/05/27 12:34

私もautoroさんと同意見です。



法律的な考え方をすると、「刑罰の犯罪抑止力」と「犯罪者の社会復帰」のバランスを考えて・・・ということになるんですけど、私見として人殺しに社会復帰を認めることを考えること自体おかしいと思っています。

「殺人=死刑」でも殺人はなくならない?
だったらアメリカで死刑を廃止した州の犯罪率の高さはどう説明するんですか?死刑に犯罪抑止力があるのは当然だと思うんですが。
学者はそもそも机上の空論を言って生活している人で、社会に出ないで物事を考えている人たちでしょう?オレンジの輸入自由化をすればみかん農家が全滅するといっていたのも学者達じゃないですか。

大人が悪い?
だからって人殺しをした未成年を少年法で過剰に保護するのはどうでしょうか。犯罪者の命も命だという考え方も分かります。ただ、それだったら「やったもん勝ち」ってことになりませんか?

個人的に被害者よりも加害者の人権を重視しすぎる現実に非常に苛立ちを感じています。
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
御賛同頂きまして心強く思います
「やったもん勝ち」が多すぎます
一度本気で「始末屋」の企画を考えたこともあります
自分の人格は落としますが人のためになることを一つ
くらいしてもいいかなと...

お礼日時:2001/05/27 12:28

命の重さですか‥



犯罪の内容にによっては確かに、殺された人より苦しい思いをして死んで欲しい。等と思うこともありますが、犯罪者の命もまた命にはかわりないとも思えます。

未成年の場合。犯罪の内容によっては罪が軽すぎるように思う気持ちはとてもわかります。が、未成年者の場合。まだ子供なだけに、本人だけをせめるのが難しく思えます。

大人が間違ってる。とも考えられないですか?
平気で子供の前で交通違反をする大人。ゴミのポイ捨て。順番を待たない人。高校生を買う大人。些細なことでも大人として恥ずかしい行為をしてる人なんて沢山います。
全ての未成年犯罪を「目には目を‥」では、あまりにも大人として無責任のような気がします。

またそれてます?
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
確かに現在の犯罪の要因の大半は過去の大人たちが
片付けられなかった問題をそのままにして現在まで
に蓄積した為と考えていいと思います
この問題も大人として無責任としていては又問題を
先送りすることになり解決に至らないと思います
小泉内閣が改革に取り組んでいるように私達も私達
で出来る改革に一つ一つ取り組んで答えを出す努力
をしていく段階ではないかと思います
結論から申しますと「自分は結論を出せないので
他の条件をつけて回避した感じがしますが?」

お礼日時:2001/05/27 12:20

確かに人を殺したのに何で1年で社会復帰するんだ!とは思います。


殺人者を擁護しようとは思いません。
ただ、刑罰というのは法律(刑法)で決められるものです。
そうすると刑事政策的にはこうしよう、という意図が働いてくると思います。

例えば、殺人罪は総て死刑としたら殺人はなくなるのでしょうか。
そうではないと考えられています。
私は人を殺したことがあるわけではないのでわかりませんが、人を殺す瞬間、その殺人者は捕まるとは思っていないそうです。
捕まるとは思っていないということは、刑罰を科せられるとも思っていないということです。
だから、死刑にしても殺人はなくならないと考えられています。

昔の事件なんですが自分の父親を殺した娘がいました。
その娘は、母親が早くに亡くなり父親に小さい頃から強姦され、しかも、何度も子供を身ごもりおろしていました。
その娘を責められますか?

法律で殺人を犯したら死刑決めてしまうとそういった事例でも死刑とされます。
そういった法律の下で、人が安心して暮らせるでしょうか。

また、刑法では犯罪者に罰を与えるとともに犯罪者の更正を願っています。
刑法の目的はあくまでも犯罪者の抹殺ではないのです。

それに、死刑を執行する人は職務としてその犯罪者を殺すのですが、それでもそのことは一生忘れられないそうです。
ずっとその重さを背負って生きていくのです。
刑務官は死刑執行人ではないのに、死刑を執行しなければならないのです。
人を殺した人は、それがどういった状況であれそれを一生背負って生きていくのだと思います。

きっと、こんな法律のことを聞いているのではないとは思いますが、法律では「命の重さ」をはかることはできないと思います。
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
刑が決まれば犯罪者がなくなるか
ご指摘のとうり犯罪が起きる瞬間罪を意識している人は
少なく瞬間的に発生している割合が高いと聞いております
しかしその一瞬前の意識については皆一様に意識があった
とも聞いています
その行動を起こさせた一瞬の動機と起こした人の人格が
刑の判定の分岐点とも聞いております
また死刑執行人の心理人間としてやりきれないものと
思います
将来ロボットシステムになり「人」の介入なしに実施
出来ることが「刑」としての「格」になるように思います

お礼日時:2001/05/27 12:09

先に「目には目を…」について少し触れておきたいのです


が、この言葉の本当の意味は「やられたらやり返す」では
なく、「自分が被った損害以上の罰を相手に求めてはなら
ない」というものなのだそうですね。
その意味で、「命には命を」というのはごく真っ当な主張
だと言えるでしょう。

ただ、無差別テロとか愉快犯、あるいは「なんとなく…」
とかほざく輩に対しては一切擁護の気持ちは持てないので
すが、中には本当に止むに止まれず命を奪うに至るケース
もあるでしょう(相手が法の隙間を突いて害を及ぼしてく
るとか)。そういう場合は計画的犯行であっても執行猶予
くらいは認める余地も出てきそうですし…。

うーん、ちょっと話がズレましたね。
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この回答へのお礼

回答有難う御座います
罪と罰の等価論、動機論有難う御座います
正当な評価は難しいでしょうが
表題のように何の因果関係も無いのに
障害を持った少年が自分の出来なかった大学入学を
果たしたから「ねたんで?」殺したとしたら
抗弁の余地がないようにに思います

お礼日時:2001/05/27 11:52

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