プロが教えるわが家の防犯対策術!

JR西日本の尼崎脱線事故の衝突現場マンションについて、事故痕跡が残る2階までの部分は事故のことを忘れない為にも保存すべきという被害者遺族の希望が多く、その方向で検討されているという報道がありました。

方や、東日本大震災の宮城県南三陸町の防災対策庁舎について、目にするだけで辛さを思い出すような仕打ちはやめてもらいたいという被害者遺族の希望が多く、解体撤去の方向で進めることとなったと報道されています。

この二つの大惨事における被害者・遺族の意識・希望・願い、何故どうして、このような真逆の結果になるのでしょうか?教えてください。

特にこの二つの大惨事の当事者の方またはそれに近い方から教えていただければと思います。

この二つの違いがどうしても解りませんので、よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

津波の例は、集団的惨事にあったわけですが、その土地の考え方、育ち、土地の風習などによって決まると思うんですよ。

従ってどっちが多いかの違いがでるのだと思います。
ただ何かにつけ、声の大きい人がいるとそちらに引きずられることが多いように思いますが・・・。

JR事故は大きな意味での地域性はあると思うのですが、被害者のJRに対する反省の強要と恨みで残せといっているように思えてなりません。

誰も忌まわしい思いは、本当は何時までも引きずりたくないはずですからねー。
これで答えになってますか?
自分でも疑問ですが投稿します。
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福知山


マンションそのものは事故に対して中立的な存在です。もちろんJRにはいやらしい存在ですが彼らにはどうしようもない建築物です。

南三陸防災庁舎
被害者と、対立する庁舎の管理者らの辛いせめぎあい(どうして防げない建物を作ったのか、そんなところへ追い立てたのか?、という責任問題に発展する可能性あり)の象徴になって居ると思われますので、この際なくした方がすっきりするのではないか(ある意味証拠湮滅)と建物の管理者が内心考えたこともあるのかどうか知りませんが、それも十分ありえます。
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 尼崎事故現場付近に住んでいます。


やはり人災と天災の違いでしょう。

広島の原爆ドームが残されているのと理屈は同じだとおもいます。
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